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第7話 剣匠ゼンダッタ(前編)




 1

「おや、まあ。
 おめさんがたも、ゼンダッタ様の所に行かれるだかね。
 あん人ははあ、気むずかしいお人で、お大尽が頼みに来ても、なかなか刀を打たねえ」

 ひょっこり森陰から出てきた老人が、そう言った。

「ええこと教えてあげようかねえ」

 枯れ木のような老人であり、着ている物は粗末だ。
 だがこの老人のひょうひょうとしたありさまに面白みを感じたバルドは、

  ほう。
  よいことがあるのか。
  教えてもらおうか。

 と言った。
 すると、その老人は、

「ゼンダッタ様は、刀の注文に来た人の腰の物を見なさる。
 ふもとの村じゃあヴィトン
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相手の懐ぐあいをみとるとかいうとるが、そうじゃねえ。
 腰の物を見りゃあ、相手の器量が分かるんじゃと」

 この物言いにバルドは感心した。
 確かにそうだ。
 長年使い込んだ武器には、その持ち手の個性が現れる。
 騎士の剣には、その騎士の人生が刻まれているといってよい。
 その意味では、剣を見て持ち主の器量を見定めるという刀鍛冶は、人物鑑定にも優れているのだろう。
 そして、それを教えてくれたこの老人にますます面白みを感じたので、続いて老人が、

「どれ。
 あんたがたの腰の物がゼンダッタ様のお目にかなうかどうか、わしが一つ品定めをしてやろう」

 と言ったのに対して、うむ、では頼む、と答え、古代剣を|鞘《さや》ごとはずして老人に渡した。
 隣ではシャンティリオンが、あっけにとられている。
 老人はすぐには古代剣を抜かず、鞘の縫い目を指でなぞって感触を確かめた。
 バルドは、どきり、とした。
 古代剣を手にした老人の様子には、何かしら侵しがたい威厳が感じられたのだ。

  これは。
  この老翁は。

 それから老人は抜剣し、古代剣を目の前にかざした。
 ずいぶん長いこと、老人は古代剣を眺めた。
 その瞳は深山の湖のように静かで、何を考えているか見当もつかない。

 古代剣は、その価値を知るバルドにとっては宝剣であるが、そうでない人間にとっては、出来の悪い|鉈《なた》のようなものだ。
 色はくすんでおり、刃の両側にはぐねぐねした引きつりが走っており、手入れしても奇麗にならない。
 もっとも見慣れてきたせいか、ぐねぐねした模様が最近ではある種の文様のようにみえてきた。
 飾り紐を無造作に焼き付けたかのような文様に。
 そうなってくると不思議なもので、このみっともない武器が他の剣にない風格を持っているように感じられてきたのだ。
 と、古代剣を眺めていた老人の目から、涙がこぼれた。
 老人は古代剣を鞘にしまい、バルドに返してから、涙を拭き取った。

「珍しいもん、見せてもろうたなあ。
 そっちのあんたの剣も見てあげようかね」

 と言って、シャンティリオンの剣を要求した。
 シャンティリオンは迷っていたが、バルドがうなずいてみせると、鞘ごと剣を老人に渡した。
 剣は魔剣であるが、道中目立たぬようにということで、鞘はごく地味な物に替えられている。
 そう大きな剣ではないといえ、相当の重量があるのだが、意外にも老人は危なげなく剣を受け取り、今度は鞘には目もくれず、すぐに剣を抜いた。
 そしてたいして時間もかけずに剣を一渡り眺めると、

「こりゃ、なかなかじゃ。
 これならまあ、ゼンダッタ様のお眼鏡にかなうじゃろう」

 と言いながら返してよこした。
 それから二人は老人に教えられた通りに山道を登り、ほどなく名工ゼンダッタの鍛冶場に着いた。
 シャンティリオンが道々、

「結局、あの老人に剣を見せてやったことは、何の意味があったのでしょうか」

 と訊いてきたので、バルドは、

  見せてやったことが何の得になるのかと問えば、たぶん何の得にもならんという答えになる。
  見てもらったと思えば、それ自体が価値になる。

 と、いささか謎かけのような答えを返した。





 2

 コルポス砦を出発してからひと月と少しが過ぎた。
 初めシャンティリオンは野営の仕方もろくに分からず、また、夜明けの風の寒さや、所構わず襲撃してくる虫たちに閉口していたが、さすがに二十四歳という若さでほどなくなじんだ。
 バルドはわざと大きな街には寄らず、アーゴライド家の威光などが及ばない田舎じみた村を探して立ち寄った。
 最初に宿を借りたのは、小さな村の村役の家だった。
 バルドとシャンティリオンは立派な馬に乗っており、風貌も立派であるから、男は上客だと思ったのだろう。
 笑顔を浮かべて、料理や酒など、自分のできるもてなしを述べ立てた。
 だがバルドは、金がないので馬小屋に泊めてくれと頼んだ。
 それが冗談でないと知ると男は、掌を返したような態度になり、侮蔑の目つきで二人を見た。
 粗末な食事を投げつけるように渡されたとき、危うくシャンティリオンは剣を抜くところだった。

 またある村で、貧しくて子だくさんの家に温かく迎えられたときは、粗末なスープをおいしそうに飲んだ。
 来年十四歳になるという長女は、シャンティリオンの美貌にみとれながら、ずいぶん楽しそうに話をしていた。
 その長女が来年の春に売られると知ったシャンティリオンは衝撃を受けていたが、バルドの視線に封じられて、それ以上のことは言わなかった。

 ある村では、過酷な徴税の様子を知った。
 ある村では、盗賊の被害の大きさに驚いた。
 ある村では、病気にかかっても医者も薬もない恐ろしさを知った。
 しばらくすると、シャンティリオンも適度に薄汚れてきたので、村人たちにいくらかなじみやすくなっていった。

 バルドはシャンティリオンに言った。
 王太子殿下はおぬしにこの辺りの地方を広く視察せよと命じられた。
 それは民の暮らしぶりを知れ、ということじゃ。
 領主の館から見える風景と、民の家から見る風景はまるで違っておる。
 こうやって貧しい村々をめぐれば、民の暮らしぶりが少しは分かったであろう。
 それでもおぬしが民の思いを本当に知ることはできぬ。
 生まれつきの暮らしぶりや考え方があまりにも違うからのう。
 じゃが、民の苦しさ、民の幸せについて、多くのことを学ぶことはできる。

 シャンティリオンはバルドに言った。
 この前の村の代官は許せません。
 明らかに私腹を肥やし、勝手な税を取り立てていました。
 手打ちにするところをバルド殿にとめられましたが、王都に帰ったらあの者の主君を呼び出して相応の|罰《ばつ》を与えます。
 また、春に長女を売ると言っていた親は、優しそうな人だったのに見損ないました。
 村役を通じて金を与え、娘を売らなくてもよいようにするつもりです。

 バルドはシャンティリオンに言った。
 それはおぬしの好きにするがよい。
 ただし田舎貴族はアーゴライド家の威光を怖れ、おぬしの前でははいつくばって言うことを聞くかもしれん。
 しかし自分の裁量下にある代官の所業をいきなり批判されたら、その田舎貴族も愉快には思わんだろうのう。
 それが民の幸せにつながるかどうか、よくよく考えてみよ。
 また、金を贈って娘が売られるのを助けるのもよいが、それはあの家族に何をすることになるのか、考えたか。
 娘は売られた先で着る物と食べる物を与えられ、いろいろな仕事を覚える。
 しっかり働けば借金も返してゆけるし、やがては年季が明け、家に帰ることもあらためて働くこともできる。
 買い取った主人がしっかりした人間であれば、結婚相手も探してくれるかもしれん。
 弟や妹は、姉の留守に親を助けると言っておったではないか。
 それにあの父親が喜んで娘を売ると思っているなら、大間違いじゃ。
 おぬしの目は節穴か。
 あの者たちは、自分たちの人生を、まっとうに一生懸命生きているのだ。
 それをおぬしはどう思うのだ。

 黙り込んだシャンティリオンに、さらにバルドは言った。
 それに、あの家に金を贈るとして、隣の家には贈らなくてよいのか。
 あの村ではどこの家の暮らしぶりも厳しい。
 隣の家には娘がいなかったが、娘を売るにひとしい犠牲を払っているかもしれず、もう売ってしまったあとなのかもしれん。
 目についた年頃の娘のためだけに金を贈るというのなら、お前は村中の娘を慰み者にしていた領主とどう違う。
 やることは立派なようかもしれんが、自分を満足させることを先に立てておりはせんか。
 貴族として民の暮らしぶりを見守り支えるというのがどういうことなのか、よくよく考えてみよ。

 またバルドは、メイジア領のことをシャンティリオンに語った。
 |遙《はる》か辺境のメイジア領では、初代がこう言い残したという。
 誰かがむさぼれば誰かが飢える、今夜領民で最も貧しい者が何を食べたかを想像せよ、と。
 今でもザルコス家はこれを家訓としておる。
 じゃから、領主のゴドン・ザルコスは、自分の留守中に不心得な親族のために財産が食い荒らされ、|政《まつりごと》がほしいままにされていたのを知っても、留守を預かった妹夫婦を叱責しなかった。
 それどころか、家産は減じさせても領民は守りきったのだなよくやった、と心からの褒詞を与えたのだ。
 家臣たちも領民たちも、それを聞いて泣き、領主の理想を実現させるため、自分たちのささやかな力もお使いくださいと、その足元にひれ伏したのだ。
 力で人を屈服させることはたやすいが、徳で人をひれ伏させるのは難しい。
 騎士は、力がなくては駄目じゃ。
 だが、力だけあって徳がないとすれば、恐ろしいことになる。
 おぬしはそれを見てきたではないか。

 シャンティリオンはバルドの言葉をかみしめ、それから数日のあいだは黙り込んで考え事をしていた。
 無理もない。
 いったいどこで誰から聞いたのかはしらないが、シャンティリオンは、バルドが辺境で悪人退治の旅をしていたと思い込んでいた。
 だからバルドに随行する今回の視察も、いわば悪を|糾《ただ》す世直しの旅だと思っていたのだ。
 まさか自分が|糺《ただ》されるはめになるとは、夢にも思っていなかったのだろう。

 そうこうしているうちに立ち寄った村で、ゼンダッタがここの山にいる、という話を聞いた。
 それを聞いてシャンティリオンは大いに驚いた。
 ゼンダッタは王都でも有名な鍛冶匠だが、もうずいぶん前に姿を消してしまったのだという。
 自分では直しきれない刃こぼれもできたので、ぜひ魔剣を研いでもらいたいとシャンティリオンは言った。
 それで二人で山を登ってきたのである。




 3

 ゼンダッタは初老の男で、着ているのは粗末な作業着だが、何かしら威厳を感じさせる人物だった。

「まずはお腰の物を拝見できますかな。
 恐れ入りますが、わが一門の作法でしてな。
 お許しいただきたい」

 とゼンダッタが言うので、バルドは古代剣を鞘ごと渡した。
 ゼンダッタは剣を抜いて一目見たが、眉をしかめてすぐに鞘に収め、バルドに返した。
 続いてシャンティリオンが魔剣を渡した。
 鞘は質素である。
 剣を抜いたゼンダッタは目に驚きを浮かべた。
 しばらくその魔剣を眺めたあと、

「これは名工グイード師が鍛えた魔剣〈青ざめた貴婦人〉ですな。
 伝え聞く通りの特徴が出ております。
 最近なかなか激しい戦いがあったのでしょうな。
 細かな傷がかなり付いております。
 よく手入れなさっていますが、鍛冶でなければ直せぬ傷が残っております。
 しかし実に見事な魔剣です。
 よい物を見せていただきました」

 と、うやうやしいようすでシャンティリオンに返した。
 シャンティリオンの器量を認めた、ということなのだろう。
 また、この剣がかつて時の王からアーゴライド家に恩賞として下賜されたことも知っているだろう。
 ご用は何ですかと訊くゼンダッタに、シャンティリオンはこの魔剣の研ぎをお願いしたいのだ、と告げた。
 ゼンダッタはこれを快諾し、一晩剣を預けることになった。
 ふもとの村で宿を探すため、バルドとシャンティリオンは馬に乗って鍛冶場を辞した。

 山道を降りる途中、妙な一団と行き会った。
 先頭を来るのは、とげや飾りがやたらに付いた物々しい鎧を着た騎士である。
 その後を来る二人も、下品さと凶悪さでは劣らない鎧を着けている。
 さらにその後を来る二人は、鎧を着けていないが、顔つきが下品で凶悪だ。
 彼らが乗っている五頭の馬はどれも立派で、この乗り手にはもったいない。

「おい、お前ら!
 ゼンダッタの家に行ってたのかあっ?
 まさか剣を買ったんじゃあるまいな」

 そう言いながら先頭の騎士は、ぶしつけにバルドとシャンティリオンに近寄って様子をうかがった。

「なんだあ?
 若造は剣も持ってやがらねえし、じじいの腰にはちんちくりんの剣もどきが差してある。
 野郎ども!
 金がねえ騎士ってのは哀れだなあ。
 いや、剣もねえんじゃ、騎士とはいえねえか」

 先頭の騎士のあおりに乗って、後ろの四人は大きなあざけりの笑い声を立てた。

「例え金があったとしてもだ。
 ゼンダッタの剣は、この騎士テグロ・マンダ様のものだ。
 どけっ。
 騎士テグロ様の通り道をふさぐんじゃねえ!
 くそっ。
 なんてえでかぶつじじいにでかぶつ馬だ」

 悪態をつきながらも、バルドとユエイタンが大柄なため、騎士テグロは相手を見上げなくてはならない。
 最後のひと言は、そのことについての文句だ。
 バルドとシャンティリオンが道を譲ったので、五人はこっけいなほど尊大な態度でその横を通り過ぎた。
 バルドは少し道を下ってからユエイタンの足を止め、シャンティリオンに言った。

  やつらの鎧に血が付いておったのう。

 シャンティリオンは、それには気付いていなかったようで、少し驚いた顔をしたあと言った。

「ゼンダッタ殿の所でやつらがどんな無法を働くか、心配です」

 バルドはうなずくと、馬首をめぐらせた。
 そして二人は五人の騎士たちとじゅうぶんな距離を置いて、ゼンダッタの家に戻って行った。






 
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5月13日「剣匠ゼンダッタ(中編)」に続く