~彷徨う風の中で 1~
ある春の日 ほぼ40年ぶりに谷中の町を歩いた
ここはぼくが学生のころ よく歩いた町だった
その谷中周辺は お寺 墓地が多く
時間が止まったような空間は 40年たった今も
そう大きく変わってはいない
鮮明な記憶として刻まれた風景 おそらく未来永劫 何も変わらないであろう風景
ぼくが4年間通っていたキャンパスは 今もその坂を上った先にあるはずだ
懐かしいな ちょっと寄ってみようかな
そんなことを考えながら歩いていると
ぼくは 坂から下りてくるひとりの女性に気づいた
顔を見て 声を呑んだ
その女性はぼくが学生だったころ 同じゼミでマドンナ的存在だったユリさんだったのだ
40年近い歳月が流れ 彼女の顔もそれなりの齢(よわい)を感じさせるものだったけれど
彼女は間違いなく 同じゼミのユリさんだった
少しすれ違って ぼくは声をかける
ユリさん ですか?
彼女は立ち止まり すこし怪訝(けげん)な顔をしながらも
やがて声をかけた男がぼくだと気づき 破顔した
もしかして コウタロウくん? コウタロウくんなの?
そのひと言でぼくたちに 40年の時間が一気に縮まる
懐かしい微笑みが ぼくの記憶と重なる
懐かしい香りが ぼくの鼻腔をくすぐる
それはユリさんが帰省中 ぼく宛の手紙に添えてあった
淡い香水の香りだった
私 今 千駄木で『ユリ』っていうスナックをやってるの
今度遊びにきて
話したいことがいっぱいあるし
渡したいものもあるの
ユリさんはそう言って 目を輝かせ
やがて 軽く会釈してぼくの前を通り過ぎた
そんな彼女のうしろ姿を眺めながら
ぼくは胸にこみあげてくる何かを感じた
それはついぞ打ち明けることができなかった 彼女への想いだった
もう40年も経ってるから
今なら笑い話として 彼女に打ち明けることができるだろう
そうして彼女と あの噂があった人とのその後も知りたい
訊いてみたい
そうしてぼくは 心を40年前に巻き戻した
《この項 続きます》
初出 2016年8月14日
ある春の日 ほぼ40年ぶりに谷中の町を歩いた
ここはぼくが学生のころ よく歩いた町だった
その谷中周辺は お寺 墓地が多く
時間が止まったような空間は 40年たった今も
そう大きく変わってはいない
鮮明な記憶として刻まれた風景 おそらく未来永劫 何も変わらないであろう風景
ぼくが4年間通っていたキャンパスは 今もその坂を上った先にあるはずだ
懐かしいな ちょっと寄ってみようかな
そんなことを考えながら歩いていると
ぼくは 坂から下りてくるひとりの女性に気づいた
顔を見て 声を呑んだ
その女性はぼくが学生だったころ 同じゼミでマドンナ的存在だったユリさんだったのだ
40年近い歳月が流れ 彼女の顔もそれなりの齢(よわい)を感じさせるものだったけれど
彼女は間違いなく 同じゼミのユリさんだった
少しすれ違って ぼくは声をかける
ユリさん ですか?
彼女は立ち止まり すこし怪訝(けげん)な顔をしながらも
やがて声をかけた男がぼくだと気づき 破顔した
もしかして コウタロウくん? コウタロウくんなの?
そのひと言でぼくたちに 40年の時間が一気に縮まる
懐かしい微笑みが ぼくの記憶と重なる
懐かしい香りが ぼくの鼻腔をくすぐる
それはユリさんが帰省中 ぼく宛の手紙に添えてあった
淡い香水の香りだった
私 今 千駄木で『ユリ』っていうスナックをやってるの
今度遊びにきて
話したいことがいっぱいあるし
渡したいものもあるの
ユリさんはそう言って 目を輝かせ
やがて 軽く会釈してぼくの前を通り過ぎた
そんな彼女のうしろ姿を眺めながら
ぼくは胸にこみあげてくる何かを感じた
それはついぞ打ち明けることができなかった 彼女への想いだった
もう40年も経ってるから
今なら笑い話として 彼女に打ち明けることができるだろう
そうして彼女と あの噂があった人とのその後も知りたい
訊いてみたい
そうしてぼくは 心を40年前に巻き戻した
《この項 続きます》
初出 2016年8月14日