(6)

 ヒロミとの交際を断っていた理由。信二。受験。そしてやりたいこと。

 君子豹変す、という言葉がある。自分の過ちに気づいたら、速やかに悔い改めるという意味だ。

 悲しいかな、その頃のぼくの辞書に、その言葉はなかった。言った言葉を訂正する心の器(うつわ)がなかった。言ってしまった言葉を、取り消す度量も持ちあわせてなかった。そのまま突っ走ってしまえ、という傲慢、つまらない矜持、惚れたのはおまえの方だという優越感。それらが交じりあった思考回路が、信二という最大のネックが消滅した後でも、ぼくにヒロミの心を受け入れようとさせない感情のすべてだった。

 ぼくは後悔している。その場逃れに言い訳したことを。

 そしてそのスタンスを変えようとしなかったことを。

「おれにはやりたいことがあるんだ」

「今度会ったら、話してやるよ」

 その言葉が後(のち)に、どれほど、ぼくとヒロミの関係を捻じ曲げ、こじらせてしまったんだろう。

 



 

「夏、本栖湖に行ったんだよ。友だちのオートバイに乗せてもらって」

 ぼくはヒロミとベンチに座りながら、、心にしまっておいた大切なものをそっと見せるかのように、

心を、言葉を、あの夏の日にはばたかせた。





 

 信号で止まるたびに、シートの下から、エンジンの熱気が立ちこめてくる。照りつける太陽。その灼熱を全身で吸収し、身を溶かしながらも、そこに長々と横たわるアスファルト。

 ハンドルを握る中学時代の友人、綿貫義和も、タンデムシートに乗るぼくも、直射日光とアスファルトの輻射熱と、エンジンからの熱気で身体が火照っていた。灼けつくような陽射しに、ヘルメットの中の息があえぐ。玉のような汗が頬をつたうのだが、ヘルメットを被ったままではそれを拭うことすらできないのだ。

 夏、オートバイ、涼しそうで気持ちいいですね、というのは、オートバイを知らない人がいう言葉だ。あの灼熱を思ってほしい。涼しいはずの風さえも、大量の熱をはらんでライダーに襲いかかってる。けれどライダーは、たただ好きだから、目的があるから、それを乗りこえてまでも得るものがあるから、オートバイに乗り続けるのだ。

 信号が青になった。2ストローク250ccのマシンは、少し苦しそうな唸り声をあげてアスファルトを蹴る。するとまとわりついていた熱が、すうっと消えてしまう。あとはロードノイズと、風と、2ストロークエンジン独特の金属音がぼくたちをつつむ。

 ぼくは綿貫の肩越しに前方を見つめ、それらの入り混じった音に耳を傾けていた。

 ありきたりの風景が、ロールのようにたぐり寄せられては、ゆっくり後方に流されていく。

「このバイクさぁ、6段ミッションだから、今どこのギアに入ってるか、分かんないんだよ」

 ほとんど怒鳴る感じで綿貫が言う。

 今、オートバイは、八王子を過ぎたばかりだった。


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