俺時間 | ショコラがパーン!

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11時に食堂の前に集合という約束だったので11時に食堂に来て見ると、クラスメートたちはすでにテーブルに着座し、食べ終わった後だった。
汚れて空になった食器が並んでいるのを見て、俺はとにかく腹が立った。

「こういうのって、ないんじゃないか」

俺は、一番華奢な早瀬の肩をむんずと掴んだ。
楽しそうに盛り上がっていた雑談はそこで止み、早瀬が無表情のままこちらを振り返った。

「何が?」

開口一番の早瀬のセリフに、俺は驚愕した。何が?だと?一緒に食事をしようと約束していた俺を待たずして、何が?だと?挙句の果てには俺抜きで盛り上がりやがって。俺は早瀬と盛り上がっていたほかのクラスメートの顔を順に眺めていく。

くそっ、俺抜きのメシはさぞや美味かったんだろうな。細川なんて見てみろよ、デザートまでペロリじゃないか。大木に関してはいつも残しているキャベツの千切りまでも食いつくしていやがる。

「何がじゃないだろう。一緒にたべるはずだったよな」

俺がそう言うと、呆れ顔をした早瀬が、掴んだ俺の手を肩から払うようにして言った。

「11時に食堂って言ったよな?今何時だ?」

「今? 11時だろうが」
俺は毅然と答える。

「11時?! おい、いいか、あそこの時計をようく見てみろよ。13時04分てのが見えないか?え?」

「他の時計の話はどうでもいいだろ。俺時間では今、11時なんだ」

はぁと短くため息を吐き、早瀬はクラスメートのほうに向き直った。俺は早瀬の背中にむかって尚も話しかけた。

「俺時間では今11時なんだよ、わかるよな?俺はこれっぽっちも遅れてなんかないんだ」

早瀬のむかいに座っていた大木が、嘲笑を浮かべながら言った。

「なぁ、俺時間てなんだよ?」

それを聞いた俺は、ほとほとあきれ返ってしまったね。冗談じゃない。まさかそんな所から説明する必要があるっていうのか?
俺時間とは、その名の通り全くそのままの意味で、俺の中の時間じゃないか。それ以外にどんな意味を持たせられるというのだ?

世界には「時」というすでに定められた概念がある。1秒や1日の長さはどうやらそれで決められているらしいが、それは大昔に誰かが勝手に決めたものだ。そう、人間が。神が創りたもうたわけでも、地球に最初から埋め込まれていたわけでもない。どこかの国の頭のいい誰かさんが作った、一つの概念に過ぎないのだ。みんなが気にしている「時」なんてもんは。俺はいやなんだよ。そういうの。
自分だけの「時」
それを俺が自分で定めたとして、それの一体何が悪いというのだろう。先にメシを喰われる道理など、あるのだろうか。いや、ないね。俺は俺時間の11時に食堂に来た。何も間違ってなどいない。

だがそれを、この一般的な概念に何の疑問も持たぬ奴隷のような子羊どもに理解させるのも一苦労なので、俺は手短に説明した。

「俺の中の時間だよ。そもそもお前らとは1秒の長さからして違うんだ」

「なんだそれ!」
「勝手だな」
「意味わかんね、そんなのお前の好き勝手にできんじゃん。ずりぃだろ」

そんなやり取りをしている間に、俺は腹が減っていた事を思い出し、食券を買いに行った。今日はカツカレーにしよう。


その日の午後、俺は授業に遅刻してしまった。
1人で食事をとった後、本を読みふけっていて、気がついたら5限目の始まる時間を20分も過ぎていた。
急いで教室に向かい駆け込むと、教授が教壇の上に資料をドサッと置き、出席とるぞー、と叫んでいる所だった。

「20分も遅くなりまして、申し訳ありません!」

俺は教授の前で深々と頭を下げた。教室内は水を打ったように静まり返っている。
頭をあげると、口の周りに白ヒゲを立派に蓄えたぼんやり顔の教授と目が合った。

「・・お、遅れてないよ。今から始めるところなんだ。さぁ君も早く席について―」

「申し訳ありませんでした!」

俺はもう一度頭を下げた。静かな教室から、少しだけ失笑が湧いた。

「いやだから、今から―」

「お言葉ですが教授、」

俺は教授の言葉をさえぎって続ける。

「お言葉ですが教授、私は俺時間の話をしているのです。20分遅れました。もうしわけございません」

あ、あぁはいわかりました、なんて、またまた教授は適当に済ませようとするものだから俺は教授に、きちんと叱ってください。遅刻をなぁなぁで済ませるということは今後の俺の為にもよくありませんし、他のクラスメートのしめしにもなりません。どうかきちんとした対処をお願いします、と願い出たおかげで、俺は教授から、こ、こら、遅刻だめだぞ、という御説教と、反省レポート2枚を課せられる事となった。

自分の席へと向かいながら俺は、さっき食堂で佐々木に言われた「そんなのずりぃだろ」という言葉を思い返していた。どこがずるいものか。俺は俺時間の中で、律儀に動いている。その中でお前たち同様、きちんと不自由に縛られているのだ。


次の日は日曜日で、この日は明智とサッカーを見に行く約束をしていた。
15時にスタジアムのある駅に集合する事になっていた。俺時間ではまだ30分もの余裕があったが、相手を待たせてはいけないと、少し早めに行くことにした。
改札を出て、出口を目指す。遠くから一目見ただけですぐに明智とわかった。明智は駅前の時計台の下をぐるぐるぐるぐるとどこか苛立った様子で回っていた。

「よぅ、ちっと早く来すぎちゃったよ」

俺が手を振ると、明智は顔を高揚させながら俺の胸元に突っかかってきた。

「おい、早すぎるとかそんなジョーク言ってる場合じゃねぇだろ!もうとっくに試合始まってんだよ!ていうかもう後半だぞ!終わっちまうよ!」

「何を言ってるんだ、試合は15時からだろ?俺時間ではまだ14時43分だ。全然間に合うさ」

「間に合わねーよ!今日姉貴も友達と見に行ってんだけど、その姉貴からさっきメールが来た、2点入れられてホンダが負けてるってよ!」

「点が入ってる?バカな。キックオフすらまださ」

「まだじゃないっつーの!何だ俺時間て?!ふざけんな!」

俺時間とは何だ、だと?やれやれまたその質問か。俺は心底うんざりした。

「少し早いけどスタジアム行こう、試合はじまっちゃうぞ」

こんな事でケンカなんかしたくない。俺は努めて明るく振舞ったつもりだ。

「オマエな、今から行ってもロスタイムしか見れねーよ・・ちきしょう!ロスタイム5分だけだよ!」

「俺時間ではロスタイムは67分だ」

「試合よりなげーよ!」

「いや、そんな事はない。試合は、俺時間では249分だ」

「知るかっ、本当にそんな事知るか!ぼけ!お前となんか一生誰とも時間あわねえわ!1人でやってろ!クソッ!」

俺はまず大きく深呼吸をしたね。気持ちの高ぶりを鎮める為にさ。そして明智の肩に、包み込むように腕をまわした。それが友情の証とでも言うように。
明智はきょとんとした顔で、それをじっと受け入れてた。
明智も徐々に落ち着きつつあったから、俺はそのタイミングを待った。完全に彼が冷静になるのをね、待ってたわけだ。彼は幾分落ち着きを取り戻し、そして何かを諦めたかのように持っていた携帯電話をポケットにしまった。
それを見て俺は、頃合だなと思った。そして明智の耳にそっと口を近づけこう言ってやったんだ。

「そのことだけどね。だいたい火曜日の朝6時、俺時間と世の中の時間が、奇跡的に1時間だけ重なることがあるんだ」