命から学ぶこと…1(はじめに結論から) | チキチキ☆トレイン

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行こうよ愛の終着点

生まれるとき

亡くなるとき

「命が動くとき」は
「心も揺さぶられる(動く)」ことが多い気がする。

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以前から告知していたように
「食」「命を頂く」ことなどについて私が感じたことを
表現していこうと思っているのですが…

この問題を表現することって
とても難しいですね;

今まで私が「命を頂いてきた」ことで感じて
学んだことは今の段階の結論は出ているのですが、
その結論までの過程から表現していこうと
思っていたのだけど、最後まで読まないと
結論とは違った解釈をさせてしまう恐れもあるので
結論から表現することにしました^^

そしてそれに行き着いた過程を
ちょこちょことなるべく短く綴り出して行こうかな。。
と思ってます^^
(なんて言いながらいつものごとく長編になるかもだけど;)

では今日は
「プロローグ」と「エピローグ(結論)」の表現をします^^


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「今 私たち人間の為に命を失ってしまう動物たち
失ってしまった動物たち
虐待を受けている動物たち全てに
創造主の光に包まれ無条件の愛で満たされるよう
コマンドします。。ありがとう。。」

私の朝は毎日この言葉から始まる。。

私が同じ哺乳類である動物のお肉(卵や魚以外のお肉)
を食べないようになって一年以上が過ぎた。
(今は家族と暮らしているので最低限の脱肉メニューにしています)

お肉を食べないようになってから
幼い頃からずっと疑問に思っていたことが
少しづつ分かって来たように思う。

今の私の心身にとって
「お肉」は必要ではないものだということも
感じてきた。

だけど今回、
様々な角度から物事を見つめて、
色々な人たちの意見を聞いて同調し、
人から見たら「無駄」なことだと思うことでも
敢えて自分が感じていた「違和感」というその問題から
逃げずに正面から挑んで悩んで泣いて感じてみた。

そしてそこから生まれた結論から表現すると。。

「私は心身が必要であれば
お肉を必要なだけ食べるだろう」

ということに至ったことを最初に伝えたいと思う。

そして…
マイナスなエネルギーのものを見たり同調すると
そこだけに引き寄せられて負が負を呼んでしまうから
残虐な現状の映像や情報などは見ない方がいいという
もっともな考え方もあるけれど、
それも case-by-case ではないかと思う…。

「見ない」「聞かない」「知らない」「無知」であることは
沢山のイジメも体験している私にとって、
それらはイジメを見て見ぬふりをしていることと
同じように感じる。。

何も出来なくてもいい。
ただ無かったこととして「無視」はしないで欲しい…
それもキツイ言い方かも知れないけれど、、
自分(の命)は存在しているのに
その存在に気づいてくれない「存在しない辛さ」を
少なくとも暴力を受けている側はそう感じるのだ。

だから私という人間は
全ては「知る」ことから始まり
そこからポジティブに(またネガティブにも)
動き出すと感じている。

今回も様々な意見を知った上で
その問題をネガティブのまま受け止めるか、
ポジティブに変容して受け入れるかを
「知ってから選択」することを私は選んだ。

人は、いつ殺されて死に至ることが決まっている
選択権の無い家畜動物と違い、
ポジティブでもネガティブでも、どのような路へでも
自分自身が自由に選択することが出来るのだから…。

ただ…あくまでもそれは私の選んだ過程と結果で、
おそらく私はへタレだけどへタレながらにも
ある意味?強い人間だと思うので^^;
ある程度の残虐な現状を直視できるのだろうと思う。
だから辛い内容を直視出来ないからと言って
冷たい人とは思わない。
辛すぎるから受け入れたくない人たちもいると思う。

様々な考えを持った色々な生命が
この世で共存していることを感じて
なんとなく。。優しい気持ちにもなれた。。

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命から学ぶこと…2へつづく)

バンバン☆