33.静かなる戦い | 【作品集】蒼色で桃色の水

【作品集】蒼色で桃色の水

季節にあった短編集をアップしていきます。

長編小説「黄昏の娘たち」も…

 黎明は叔父から教わった魔法陣を素早く地面に描くと結花子と共にその中心に立っていた。

ラドウはそれを嘲笑いながら女神像の一体に体を預けていた

「黎明。それからどうする?お前に一騎当千の力があるとは思えませんが」

黎明は視線はラドウに向けているものの意識は両耳に集中させ音で部屋の様子を探っていた

「今、君に出来ることは選ぶ事です。人間として死ぬか、それとも我らの仲間になるか…君は我が長兄の面影を持っている。特別にミルチャの名を与えてもいいのです」

結花子は黎明が何も答えようとしないので後ろで隠れながらもそっと黎明に合図を送ると黎明は結花子をチラっと見てから

「ミルチャなんて名乗るつもりはないし、お前達の仲間にはならない」

ラドウはゆっくりとした足取りで近付きながら

「ふん。そうですか…残念です。なら取引としますか?此処へ、ヘスペラレドゥサを連れてきたまえ。裏切り者のユダに頼めばいい。奴なら直ぐに連れて来るだろう」

「誰の事を言っている」

黎明はポケットを探りながらアスピリンが入っているシートを取り出すとラドウの目の前でそれを飲み込み残りを結花子も飲むようにと手渡した。

「黎明。まだそんなものに頼っているのですか?我らの仲間になれば痛みなどからは直ぐに解放されるというのに…共存共栄という道もなくもないのですよ」

黎明はラドウを相変わらず見つめながら結花子の手を取ると指で掌に文字を書き始めたが結花子はその合図をなかなか気付かず振り払おうとするので何度もそれを繰り返していた。ようやく合図を理解した結花子は手に持ったアスピリンを見つめた。

これを飲めと言っているのだ。結花子は言われるがままに薬を飲み始めた。

自分で考える力もない。飲んだ事を確かめると今度は結花子の足を態と引っかけ倒れさすと

「大丈夫か」と態とらしく声を掛けながら

「何か熱っぽいね。定期的にこれを飲んだ方がいいな」

そういいながらラドウからは見えない方のポケットから小さな液体が入っている注射器を取り出すと結花子に手渡し小声で

「今から俺がする行動を良くみておくんだ…万が一のためにこの薬も渡しておく」

結花子は小さく肯くと注射器を束ねていた髪の中にどうにか隠した。

「優しい事ですね。さあ、どうしますか?」

黎明は結花子に何かを訴えるかのようにじっと見つめてから

「判った。俺がお前の仲間になる。その変わり彼女を逃がして欲しい。彼女は何も関係ないじゃないか?」

「それは駄目だ。我が女神がご所望なんでね」

「それはどうかな?俺なりに調べさせて貰った結果。そこのギリシアから遙々来た魔女達が選んだのは遺跡に来た三姉妹だ。それは実は三姉妹ではなかった。親子だったんだ。巫女の血を引くね。彼女はその血を引いてはいない。五年前にギリシアにも行っちゃいない。そうだろ」

結花子は黎明の言うとおりだとコクリと肯いて見せた。

「だから?どうだというのですか。女神達のこの息づかいが聞こえないのですか?彼女は大切な生け贄に違いはない。我が花嫁となるのだ。そして私は全てを手に入れる全てをね」

黎明は自分が描いた魔法陣から足を一歩踏み出すと

「じゃ、全てを手に入れたら俺には何をくれるというんだ」

ラドウは手を顎に持っていくと人差し指を唇の前で伸ばし考える振りをしてから静かに首を振ると「全てだ」と答えた。

それを聞いた黎明は上着のボタンを外すと胸に下げていたネックレスを取り外すと後ろへと放り投げた。それが結花子の足下へ来たので彼女がそれを取り上げている隙に、ポケットから予備の注射器を取り出すと、ラドウは黎明を抱きしめ首に牙を食い込ませた。この一瞬が勝負だった。黎明は空かさず注射器をラドウに刺すと注入し、ラドウは黎明の血が一滴口に入った瞬間顔を背け黎明を放そうとしたが今度は黎明が彼を抱きしめ突き飛ばされる瞬間バタフライナイフで相手を傷つけた。

結花子がそれをじっと見つめていると黎明が自分の方へ倒れ込んできた。

ラドウの体は少ししか切れなかったが黎明は納得したように頷き魔法陣の方へと倒れ込んだ。

結花子は彼を円の中に引き入れると血が止まらず苦しみ始めているラドウの方を見つめていた

「この注射の中身は何なの?」

自分が想像していた以上に血を吸われて目眩を感じながらも

「それはあれだ…ウロキナーゼ。血栓溶解剤だ。さっき飲んだアスピリンと合わせると血が止まらなくなる他にも副作用であのざまだ。さぁ逃げるぞ」

結花子は入口の方に向かって歩き出す黎明を引き留めると

「そっちはこいつの仲間がいっぱいいるから、あそこから逃げて…あんた一人なら逃げ切れるでしょう。私はここにいて何とかするから…私は生け贄なんだから誰も手出しは出来ないだろうし早く逃げて」

結花子はライトの絵の側まで行くと隠し扉を開き黎明を突き飛ばすと扉を勝手に閉めてしまった。扉を閉めて深呼吸を何度か繰り返してから、恐る恐る苦しみ続けているラドウの元へと向かった。結花子は自分のドレスの裾を引きちぎると黎明に傷つけられた腕をそれ以上出血しないようにきつく縛り付けた。結花子は苦痛に歪むラドウの顔を見つめながら

「私の血を飲む?」と問いかけるとラドウはショック症状で血の汗を流しながらも首を横に振りながらも全身を小刻みに震わせている。

結花子がラドウを抱き起こそうとした時に入口から数人の男が駆け込んできた

「すいません。逃げられました…」

結花子は咄嗟の判断で

「今、黎明がラドウ様を襲って逃げたわ。あなた達と入れ違いになったのかしら…早く追いなさい。あ、待って一人は此処に残ってちょうだい」

結花子の言葉に潤がその場に残り他の者はまた慌ただしく上の階へと出て行き始めた。

結花子はラドウの腕を支えながら、こうなったらラドウの献身的な花嫁を演じきろうと心に誓っていた。そうすれば手下共は自分に手を出すことは出来ない。いざとなれば黎明が残していった薬とネックレス、それに魔法陣もある…潤はラドウを抱きかかえるとベッドへと運び始めた。結花子はその隙に持っていたネックレスを魔法陣の中央に置くと茉莉子が以前言っていた言葉を思い出していた。

『パスカルの賭け』神様どうか私をお守り下さい。そう心で呟きながらも彼女の言葉も続いて思い出していた「神様を信じるのが一番手堅い賭けなんだって、勝てばラッキー負けても損はしない。だって神様なんて本当にいるかどうかわからないじゃない?」

確かにそうだ。でもその賭が今の自分に一番必要なのだと結花子は考えていた。吸血鬼が居て、古の女神が復活するのなら神がいてもおかしくはない。結花子は何か重い物が落ちる音がしてベッドの方を振り返ると床に潤が人形のように横たわっていた。結花子はネックレスをもう一度握りしめ深呼吸をするとそれを置き、決意をもってラドウのベッドへと向かった。