17.ラドゥーの神殿 | 【作品集】蒼色で桃色の水

【作品集】蒼色で桃色の水

季節にあった短編集をアップしていきます。

長編小説「黄昏の娘たち」も…

 雅は時間になると約束通り神殿へと降りて行った。何度入っても慣れる事ができない。この地下の神殿へ足を踏み入れると自然と背筋が伸びる思いがする。

ラドウはいつものバルセロナチェアに座りヴィンテージ物のワインを飲んでいた。

「近くへ来たまえ」

雅は内心の恐怖を隠しながらラドウの側へと近寄った。

彼が珍しく椅子を勧めてきたので雅は軽く腰を下ろした。

ラドウは雅の手を取ると自分の爪で彼の指を少し傷付けると自分のグラスにそれを注いだ。そしてもう一つの空いているグラスにワインを注ぎ入れると今度は自分の指を傷つけ血を一滴グラスに垂らし雅へと渡す

「で、我が優秀なセクレテリィーの今日の行動は如何なものでしたか?」

雅はグラスから口を外すと、胸ポケットから手帳を取り出し今日の黎明の行動を話し始めた。雅は黎明の車と携帯電話に盗聴器を仕掛けて、ここしばらくずっとラドウの言葉を信じて黎明にとって変わるべく見張っていたのだ。

「………と言ったところです」

「夕方が空いていますが…」

雅はやっぱりきたかと思いながら

「言い辛い事ですが、奴はずっと貴方の言われた事をせずにパチンコに興じていました。ここ数週間黎明は貴方の事をずっと欺いています。私達に隠れて何かを企んでもいるようです。昼間尾行をしたときも彼は携帯を使わずに公衆電話を使っていますし、カーナビもここら一帯から出る時は切っていますし…相変わらず貴方の嫌いなアクセサリーを買い続けています。ですから、奴より私めを貴方の右腕にしてください。きっと立派に働いてみせます」

ラドウは雅の話を楽しげに聞きながらワインを飲み続けている

「ふふっ黎明はまだ判っていないのですね。まだ神がいるとでも思っているのでしょうか。愚かな。君はどうなのですか」

「私はラドウ様の意のままに…」

「では、親愛の証にもう一度手を…」

はすっと立ち上がりラドウの前に跪くとその白い冷たい手に自分の手を差し出した。ラドウはまるでダンスのパートナーの手を取るように雅の手を取ると女性的な優美さをもってベッドへと導いて行った。


 ラドウは真夜中になると身なりを整え女神達の像の元へと向かうとオーケストラのコンダクターの様に両手を上げ、周りにいる従者達に合図を送りだした。ラドウの手の動きに合わせて従者達は台座を動かし、ドリス式オーダーが並ぶ一番端の中央に三人の女神達を並ばせ、入口から女神達に向かって赤い絨毯がまるで生き物のようにうねりながら延びて行く。女神達の後ろにはドレープをふんだんに取り入れた純白の絹のカーテンが垂れ下がり、オーダーとオーダーの間には左右六個づつ硝子製のベースにそれぞれ「清純」を示す霞草。「美」を示すカトレア。「約束」を示す大手毬。「富」を示すチューリップ。「神秘」を示す水仙。そして「善と悪」を示す羽衣草が活けられた。そして林檎の樹を二本、一方は花が咲き、もう一方には実がたわわに実っているものが捧げられた。

ラドウは入口に立って満足そうに神殿内を見渡すと三人の女神達の足下に跪き

「我が哀しみの白き乙女達よ。神話の時代より太陽すら姿を見せない西の果てに棲み、正統なる大地から産まれた神ポントスの後裔でありながら、傲慢なるゼウス達に愚弄され、愛する姉妹達を永遠に奪われた悲劇の姉妹達よ、太陽が彙ずるこの東の果ての国に永劫の時の流れの果てに辿り着きたもうたは我が大地より出でたこの星の正統なる神にして父を復活せしめるためである。さぁ永劫の眠りより、今目覚め、我と共に歩まん事を…」

ラドウは三体の女神像に静かな鼓動が伝うのを感じ、満足気な表情を浮かべると夜の散歩へと出かけていった。