16.club ベラルナ | 【作品集】蒼色で桃色の水

【作品集】蒼色で桃色の水

季節にあった短編集をアップしていきます。

長編小説「黄昏の娘たち」も…

「お待ちしておりました。クラブベラルナへようこそ」

キリッとしたスーツで完全に身を包んだ支配人がゲストを出迎える。

入口を入るとそこは天井が高く、まずはクロークと廊下があり、すぐ横にはウェイティングルームがある。そこは英国の談話室を思わせる雰囲気になっており、葉巻を吸うお客様もそこへ通される事になっている。

その部屋と奥の百坪程のホールの間に厨房とキャッシャー、従業員用のトイレ、ホステス用のロッカールームがある。ホールには目隠しがあるヴィップルームも完備しており顔を見られたくない芸能人や政治家、特別な接待などに使われている。茉莉子は急いでロッカールームへ入ると化粧直しをして同伴で入ってきたお客様の席へ着こうと出る支度を終えた時、丁度同じく同伴だったらしい結花子と鉢合わせした

「おはよう。雨嫌だね…昨日はお疲れっ姉ちゃんしばらく休むんだって」

「茉莉ちゃんも同伴だったんだ。雨もう止んだよ…今月ノルマ達成した?」

「今日の佐々木さんの同伴でやっとかな。結花ちゃんは?」

「私はとっくに…同伴賞狙ってたんだけどどうかな」

「はいはい。無駄話はそこまで。同伴で来た子たちは早く席について、今日も予約いっぱい入っているから忙しくなるからね。はい笑顔笑顔」

茉莉子達はマネージャーに促されてそれぞれの席へと向かった。


午後十時。

「いらっしゃいませ。本日ご指名の方はどうなされますか」

黎明は入口に立つと

「近藤マネージャー呼んで頂けますか」というと入口にいたクロークの女の子が耳につけているインカムに向かって近藤という黒服を呼びだした

「おぉ黎明さん。ご無沙汰してます。今日はどうしたんですか」

「ちょっとね。こいつ俺の後輩の西川。結花子ちゃんって今日来てる?それとこいつに誰か若い子つけて上げて…あとあんまり女の子入れ替えないでよ。それとVIP空いてる?」

「かしこまりました。只今ご案内致します」

黎明は唯一を先に歩かせながら自分は何気なく手で顔を隠しながら茉莉子の姿を探したが見当たらなかったのでホッとしながらヴィップルームへと姿を消した。その頃茉莉子は同伴してきてからずっとウェイティングルームの同じ席についており、女の子が少ないせいか、それとも忙しいのかと思いながらもトイレへも立つことが出来ず苛々しながら黒服にずっと目で合図を送っていたのだった。やっとの事で席を立つとトイレへと直行した。

「ヴィップのお客さん見た?超格好良くない?若いし、金持ってそう」

「若い子の方も可愛いよね」茉莉子はトイレから出てくると女の子達が話しているのを耳にして「何々?男前」

「茉莉子さん。結花子さんのお客さん見たいですよ」

「マジ?じゃホストかなんかじゃないの?ちょっと見て来ようかな…ヴィップ?」茉莉子は自分の席とは逆方向へ歩いて行こうとすると直ぐに黒服に呼び止められた

「茉莉子さん。何処行くんですか?あっち頼みますよ、他にも場内入ってるんですから」

「否、だって…結花ちゃんのお客さんだったら私も知ってるかなぁなんてね」

「どうせ男前って聞いたからでしょう。遊びに来てるんですか?でも駄目ですよ。お客様のご用命で若い子しかつけないでって事なので」

黒服は茉莉子の両肩を掴むと回れ右をさせて歩かせた

「ちょっと、今若い子って強調しなかった?そういうのって感じ悪くない?それに結花ちゃんの方が私より年上よ。誤魔化してるけど…私だってまだ若いのに」

「はいはい。茉莉子さん頑張りましょう。今入っている場内指名全部廻ったら考えますからね」

茉莉子は渋々席へと戻っていった。


「いらっしゃいませ。結花子です。あれ」

「どうも…昨日ジャンクションに来てたよね。俺の事知ってるでしょう」

「ナンバーワンの人でしょう」

「もう辞めたけどね。こいつは弟分の唯一っていうの」

黎明はにこやかに話しながら結花子を自分の隣へと座らせると、結花子にだけ聞こえるように耳元で囁き始めた。

唯一はただじっと座ったまま隣に座っている女の子に目もくれず黎明を見つめている。唯一は黎明から何の説明も無く青山から六本木に呼び出されて、来たこともない高級クラブへと連れてこられ目的が何なのか判らずにいたのだった。黎明が自分を連れてきて目の前で女性を熱心に口説いているのにはきっと何か理由かあるのだろうと思い注意を向けていたのだった。

「そういう事だから。取り敢えずこいつ置いて行くから二人で後から来てくれる?悪い話じゃないと思うし…いざとなれば俺が中入って助けるからさ」

「うん。いいけど…何で私なの?」

「だからピンと来たんだよね。それと秘密厳守ね。龍一さんや昨日一緒に来てた友達にも言わないでくれる」

「友達?あぁわかった」

「じゃ交渉成立ということで。唯、後で連絡するから彼女の事頼むな」

そういうと黎明はフロア内でふと立ち止まるとピアノの方へ歩いていくと演奏者に万札を一枚手渡すと、今日の最後の演奏の時にラヴィアンローズを弾いてくれと頼むと店を出て行った。


 茉莉子は零時前になってようやく場内指名がかたづき先程話していた黒服を捜しにホールの方へと向かった、そろそろラストの曲がかかる頃だろう。その時照明が落ちるその暗闇に便乗して黒服と話そうと思っていたのだった。通路で時計を見ながら待っているとラヴィアンローズがかかった…珍しい…誰かのリクエストかしら?

丁度そこへ黒服が通りかかったので、呼び止めると

「あっごめんもう帰っちゃったよ。一人は残ってるけど、着く?」

茉莉子はあからさまにがっかりすると

「じゃいい。今日はこの後用事があるから帰ってもいいですか?」

「うーん。あと十分」

「でも、今日同伴したし…お客さんもいっぱい来たし…茉莉子ちゃんは頑張ったと思うな…よく残業もしてるじゃない」

「はい。じゃお疲れ。もうじき連休に入るんですから明日も宜しくお願いしますよ。あと百合子さんはどうしたのかな」

茉莉子は帰れると思ったらホッとして

「えっ姉ちゃん?しばらく休むって連絡あったけど理由は知らない…大変だよね。じゃ、お疲れさまでーす」

茉莉子はマネージャーの気が変わらない内にさっさと帰ろうとロッカールームへと向かった。