黎明は自宅へ向かって車を走らせながら、花屋が目に止まると車を止め白いアスターの花束を買い、方向を変えると茉莉子のマンションへと向かった。
部屋の前まで行くと花束にカードをつけて玄関の脇に置いてから、一瞬考えてから分厚い封筒を取り出すとドアポケットに入れようとした時にドアが開き思いっきり頭をぶつけた。
「痛っ」って頭を抱えていると、ドアの間から同じような顔をした茉莉子と猫が顔を出していた。
「何やってんの?」
茉莉子が寝間着姿のままで照れくさそうに立っているのを見つめると茉莉子を抱きしめ部屋へと吸い込まれるように入っていった。
黎明は茉莉子の顔を見て思った以上に安らぎを感じていることに気付いた。黎明は茉莉子の腕からレハエルを取り上げるとゆっくり床に降ろし上着を脱ぎソファーへと放り投げる。茉莉子へと口づけを浴びせながら、彼女が後ずさりするのをついていきながらベッドへと倒れ込むと茉莉子の洗ったばかりのサラサラの髪を指で鋤ながら、もう一度深い口づけをすると
「今日はここまで。続きはまた今度…今、ややこしい仕事してるんだけどそれが片付いたら…外国へでも行って二人に相応しい所へ行ってそこで結ばれよう」
茉莉子は覆い被さる黎明の顔をじっと見つめながら肩を小刻みに震えだし始めた。
「これ…。今日の午後便のチケット、これで先に行っててくれないかな、どっちみちもう連休が近いから…この書いてある処に行けば全て手配出来るようになってるから」
黎明はもう一度茉莉子を抱きしめると二人の心はしっかりと結ばれたと思い彼女の肩に優しく手を置くと、茉莉子がベッドに俯せになり一層肩を震えだしたので
「ごめん…必ずあとから行くから」
そう言い残すと上着を取りもう一度ベッドの方を見つめてから、リビングのテーブルの上に飾ってある青いアスターの花を見つめ一輪取ると匂いを嗅ぎ、その横に用意しておいた封筒を置くと部屋から出ていきながら、茉莉子に聞こえるように
「レハエル。お前ちゃんと鍵締めるんだぞ」
と言い残しマンションを後にした。
茉莉子はドアが閉まる音を確認するとベッドから起きあがり涙を流しながら笑い転げ始めた
「所詮、ホストはホストね。レハおいで…あんな台詞で今時の女は騙せるのかしらねって…何処に行けって?」
レハエルに話しかけながら鍵を締めると言っている事とは別で嬉しそうな顔をしながらベランダへと出ると車に乗り込む黎明を見下ろした。黎明も見上げたので二人はお互い手を振り合うと、茉莉子は部屋へと入り封筒を手に取った。
茉莉子は封筒の中身を何度も確認しながらずっと思案していた。
「そんないきなり言われたって」
「無理!ペナルティー凄いよなー」
「それに、来なかったらどうすんのよ」
「でも、これだけあれば大丈夫か」
目の前に置いてある札束を何度も数えながらさっきから大声で独り言を言っている。決心がついたのか立ち上がると電話を取り、自分の担当に電話を掛ける。相手が出れば絶対休ませてはもらえないだろう…出なければ思い切って行ってみよう…。三回コールすると電話を切り、直ぐに姉たちに電話したが繋がらず、仕方なくペットホテルへと電話をし予約を入れた。クローゼットからスーツケースを取り出すと洋服を詰め始めた。猫はずっと茉莉子の邪魔をすべく果敢に立ち向かったが切れた茉莉子に早急にキャリーバックに押し込められ何も出来なくされてしまった。唯一残された抗議はただ悲痛な鳴き声をあげることだけだった。
茉莉子は荷造りを終え、パスポートと以前残っていたドル紙幣をバックに入れると一息ついた。
丁度玄関のチャイムが来客を知らせた。
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