こんにちは。千葉です。


先日はコンサートのあと痛飲したため、残念ながら文章を書けるコンディションではありませんでした(笑←はっきりと書け、二日酔いと)。そしてその後は若干他の用事で手が回らず、ようやくここに感想をあげられます。予告どおりの大絶賛です(笑)。


◆ドレスデン・シュターツカペレ(ザクセン州立歌劇場管弦楽団) 指揮:ファビオ・ルイジ
2009年5月1日(金)19時開演
会場:サントリーホール 大ホール
曲目:<オール・リヒャルト・シュトラウス・プログラム>
交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」op.30(1896)
アルプス交響曲 op.64(1915)


いやぁ、どこから書くべきか、というより何を書くべきか、こういう演奏のあとは考えてしまいます。前回2007年の来日公演でも彼らのシュトラウス演奏におけるあの自然体、テューバが二本、四管オルガン付きと巨大な編成の二曲でも同じでした。いや、それどころではなかったのですが、っていうかそんなことが書きたいんじゃなくて。いやはや何から、何を書くべきやら。

そうですね、まずこれから申し上げましょう、脱帽です。


シュトラウスについては、ドレスデン国立歌劇場の引っ越し公演の際にいろいろと学習したので、今回はCDを聴きながらスコアを流し読みした程度(いや、流し見か。拍子と編成くらいしかチェックできない自分にいささか絶望した!あの、語学と一緒で楽譜もしばらく離れていると見方を忘れるものですね・・・)。

事前に認識できたのは「大編成だなぁ」「意外なほどオルガンが仕事をしているな」「特殊楽器は意外に少ないな(「ツァラトゥストラ」はかなり普通?)」くらい。こういう時、あとはまぁ、聴けばわかるさ、ってなスタンスです、弱いなぁ自分。


まぁそれはともかく、先日の演奏です。
オーケストラの編成は管楽器が指定+トランペットとホルンのトップにアシストがついた以外はたぶん楽譜の指定通り、弦が16(ツァラトゥストラ)、18型(アルプス)だったと思います。ぎっしり詰まったステージ上のあまりの人数に途中で数えるのを止めてしまいました(笑)。ちなみに、オルガンはアンサンブル優先の為か、ステージ上に鍵盤を配しておりました(ツァラトゥストラ序盤での弦楽器との合奏は特筆もの!)。そうそう、シュトラウスのオーケストラって打楽器は意外なほど少ないというかシンプルな編成ですよね、ティンパニとバス・ドラムにシンバル、あとは金属音のトライアングルにグロッケンシュピールくらい。sこれがまた効果的なんですけどね・・・


と、ここまで事実を書いたところでさてようやく曲にたどり着きます。
あの、もはや効果音として認識されているのではないかと心配になる「ツァラトゥストラ」冒頭。

漆黒の闇を思わせるオルガンのペダル、コントラバス、およびコントラバスファゴットからなるCのユニゾンと大太鼓のトレモロ。地の底を這うバス・ドラムに上から響くオルガンの音が作る響き、実演だとこんなに効果的なのか、と感心する間もなくトランペットに導かれて鳴り響くトゥッティの明るさと来たら!

あぁ、そういうコントラストがこの作品全体を貫いているのか・・・そんな認識を弄ぶ間に三度繰り替えされる、そして繰り返しのたびに緊張が高まり、その頂点でくり出されたトゥッティのサウンドの色合いの変わり方と言ったら!打楽器とオルガンが同じ音量でロングトーンする中、一度引いてからあらためてフォルテッシモに登り詰めるその音響の輝かしさときたらもう!


・・・え~、実は楽譜を眺めながら書けばこの調子で最初っから最後まで書けてしまいそうなほど、楽譜から最善の可能性が引き出され続け、そしてそれは全く力みのない、明るく美しい音色で紡がれ続けたのです。

おかげさまでようやくこの曲の構成がわかったような気がしています。闇と光の対比によって語られる哲学、なのですね、きっと。舞踏の歌以降の躁状態を受け止め、耐えられるだけの強い人の現れを予感しつつ、しかしそこにも懐疑が忍び寄る、答はまだ出ていないのだ。そんなふうに受け取ることもできますな、と。ようやくはったりではないこの曲の可能性を認識できました、嬉しい限り。


演奏全体で言えば、若干の傷こそあれど曲を知り尽くしたオーケストラをさらに燃焼させた指揮者の統率によって、非常に密度の高い音楽が聴けたと思っています。全体に、若干テンポは早めだったと思うけれど、実計測される時間から受ける印象以上にあっという間に決して短くはないこの作品が過ぎていった感があります。弛緩するところなく、それでいて力づくではないからこちらもついていけるのが本当にありがたい。

この曲ですが、楽譜で見るとかなりマニアックな仕込みがされているのですが、録音では全く映えなかったりするのです(例えば"Von der Wissennshaft"の声部が重なっていくところとか)。でも彼らが演奏すると実に効果的、そんなところが随所にあって、結果として「シュトラウス、実に丁寧に話を進めるタイプでかつ聴こえるように音楽を作れる、ウェル・メイドな方向で圧倒的な仕事ができる作曲家だったのだ」という認識が得られたように思います。なるほど、前衛の時代には受けないわけですよ、ふむふむ。


え~、ここまで書いて、まだ後半の「アルプス交響曲」には一言も触れていません。
ですがしかし。千葉の印象を言葉にしていくと、きっと同じことを書くしかなくなります。小一時間に及ぶこの音楽が、これだけ実の詰まった音楽だったとは。素人テューバ吹きとしてはその演奏困難なる数多くのパッセージに何度となく個人的にチャレンジしては途中下山してきたのですが(笑)、彼らはいとも普通に演奏しますね、一瞬「シュトラウスって簡単だよね」とか口走りたくなるほど(爆笑)。

あえて「アルプス交響曲」について書くならば。「自然の発見」、そしてそれと対峙する個人のドラマとして、この交響詩は書かれているのかな、と思います。啓示的な瞬間はある、しかしそれが永続するわけではないのだ。なんて、今は自分の直観的な感想だけを書いておきます。


演奏について、というかオーケストラについては。実に輝かしい響きに満足です。あの、くすんだ響き云々はもう止めても良いのでは?音色混合の自在さ、音量は大きくても暗めには響かないことでもたらされる軽やかさ、などなど本当に美しい音を聴かせていただきました。

よく言う「燻し銀」とか「くすんだ独特の音色」云々のお決まりのフレーズの代わりに、あの音色を讃える言葉ってないのかな・・・千葉からの提案は「白き輝き」、かなぁ(少しだけ本気)。


金管(トランペットの輝かしさ!トロンボーン・セクションのまとまりの良さ!いくらでも書けてしまうので以下省略)、木管(特にコール・アングレ!!圧倒的!)、太鼓の皆さん(残念ながら雷はあまり聴こえませんでした、風切り音は良く聴こえたのですけれど(笑)←ってそこか!)、ハープに鍵盤の皆さん(オルガンってここまでアンサンブルできる楽器だったのか、と認識)、なにより弦楽器の皆様に、終演後は心からの盛大な拍手を送らせていただきました。


あの、特殊な楽器の数々にはじめは素朴にわくわくしていたのですが、一部特殊打楽器以外は非常に論理的な補強なんですね。
オーボエ属でより幅広い和音を作るために用いられるヘッケルフォン。
ホルン属のアンサンブルをより幅広くかつテューバとの合わせも考えて用いられるテナーテューバ(いわゆるワーグナーテューバを使用してました)。
そしてコントラバストロンボーンを用いてトロンボーン属で完結できる四声体の美しさ!
いやぁ、シュトラウスは奇をてらいませんね。それでいて最高に効果的なのだから、彼もまた天才だったのだなぁ。
考えてみれば音楽の展開にしてもそうですよね、上にも書きましたけど。話の途中を飛ばしたりしないし、分裂した要素が同時存在するような「マーラー的」な瞬間はないけど狙いを外さずに頂点へと登っていく快感、存分に堪能しました。随所に「サロメ」以降の作品を思わせるきらびやかな音響があって、その一方で「闇」としか言い様のない漆黒の音響がある。千葉がこれまで認識していた以上に、魅力的な音楽を楽しむことができました。満足です。


かなり長くなってしまいましたので、ひとまずここで〆たいと思います。あの、ファビオ・ルイジを聴くことによって千葉の中では「オペラ/コンサート」の対比軸がきっちりできたと思っていまして。そのあたりのことも本当は書いておきたいのですが、これまた長くなりそうな予感が(笑)。興味をもたれた方がいらっしゃいましたら、ちょっと千葉が落ち着くまで待ってくださいね(笑)、なにせ「マクベス夫人」(明日も公演あります!)と明日はSUPER GTと、さっき終わったMotoGPといろいろあるもので。


いやはや、もしかして本当に黄金週間かも!なんて思える演奏会に出会えて幸せです。うふふふふふ。ではまた。


Strauss: Eine Alpensinfonie, Op. 64/VI
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予習に使おう!と思って予約したSACDが公演当日に届いても・・・いえ、復習に使うからいいんですけど。