こんにちは。千葉です。
ブログの更新は2012年最初ですので、もう節会も過ぎたのだけれどいちおうは抱負めいたモノを書いておかねばならぬような、ムダ義務感(笑)に駆られてご挨拶代わりに抱負をば。
とは言いながら。昨年の事がありますからね、ちょっと考えてしまう。昨今こんな本を読んでいるのですけれど。
ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質/ナシーム・ニコラス・タレブ

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本書での訳語、微妙なところがあるはツッコミどころだけれど(プラトン的、というのは日本ではもうちょっと砕いてもいいのではないかな、イデアリズムという考え方が一般的ではないように思うし)、現実をある種のモデルによって理解し、対処しようという振舞い方、問題があると知っていたはずなのにどうして・・・なんてこと、何度も何度も見てきていたんですよね、20世紀末からでもソヴィエトだったり、バブルの崩壊など各種金融崩壊だったり、ペルシア湾岸やイラク、アフガンでの戦争であったり。それら全てが他山の石とされ学ばれたのではなくただの対岸の火事となり、いざ我が身に変事が起きたときには現実を正しく認識して最善手を探るのではなく現実を認めず妄想的官僚的な対応で変事そのものを小さく見積もれば問題そのものも小さくなるのではないかと期待する。そんな国だったんですよ、この国。それでいて、みんなにも責任があるよね、なんて言説がブラックジョークではなく流通する。
あのう、原発で国が成長してきた、なんていうところで文句をつけようとは思わないけれど、それを安全に運用してこなかった、運用できるようになってこなかったのは国民一般なんですかい?「原発は安全だ、と言われてきたのをただ信じてしまった」と反省するのは個人の判断なのでかまわないけれど、そう思い込ませてきた連中の方により問題があると考えるほうがよっぽど自然なのに、どうしてメディアはかってに読者一般まで巻き込んでいっしょに加害者目線に立とうとするのですかね?こと自分に関しては、一度だって原発の是非について選挙などの形で正当な意思表示をする機会はなかったし、千葉以外にも施設が建設された地域以外では是非についての意思表示なんてする機会がなかったのでは?問題を問題化できなかった、状況を変えるだけの力を持てなかったと、例えば小出博章京都大学原子力実験所助教のような方が悔やまれるのは理解できます(共感、ではありませんね、だって彼のような主流でないところで戦われてきた方の気持までわかるというのは不遜に過ぎましょう、どれほどの困難があったことか)。残念ながらそのような研鑽もしてきていない、先ほど申し上げたとおりに自分の問題としては原子力運用に向き合って来られなかった個々の市民にできることは、現実を知り、その上でこの先何をすべきか、何を選ぶべきかを考えることのはず。そう思っていてさえも怒りを抑えられないほどの行政、東電と不快な仲間たちの対応、最近ではそれに司法も仲間入りしたようで。権力は腐敗する、なんて可愛いレヴェルではないですね、もう。「現実」を変えないためならなんでもする、そのくらいは日本国は「硬い」ようです。その硬さが良いのか悪いのか、問うことすらしないままに。
と、いう現実に苛立っていた昨年は忘れないけれど過去として。今年はもう少し、文の書きようを考えます。
例えば、そうですねこんなのはどうかな…
去年は「魔法少女まどか☆マギカ」の大ヒット(内容的にも!)が印象深いですが、他にもですね、「Tiger&Bunny」が大ヒットしておりました、そういえば。その昔、「ウィングマン」でデビューしどちらかと言えばニッチな人気を博していた桂正和のキャラクター原案(いつの間にかかわいい女の子を描く人になってたの、実は驚きました)、日本では受けないとされてきたアメコミ風の絵柄に軽妙な会話中心のアクションヒーローものが受けるとは、問題はジャンルじゃないんですかねえ・・・
その作品の映像的な仕掛けの一つに、「正社員ヒーローがスポンサーロゴをつけて活躍する」というデジタル時代ならではのギミックがありました。まあ、F1ではゴールドリーフカラーのロータスからこっち、お決まりの事ですので千葉には目新しくはないのだけれど、アニメ表現の中に入るとなかなか新鮮、制作サイドでもあるバンダイ関係はおくとしてもスポンサードした現実の企業、ソフトバンクやサントリー(ペプシNEX)、牛角ほかのロゴを着けたヒーローが画面内で活躍するのはなかなか壮観でしたよ、ええ。もうちょっとね、タイアップや架空のCM映像などの遊びを入れてくるかと思ったけれど、そこまでは予算がなかったようで(笑)、基本的にはヒーロースーツのロゴ限定のタイアップでした。まあ、そのくらいならお話の内容に手をつっこまれることもなかったんでしょうきっと(笑)。
で、ですね、話は変わります。その「Tiger&Bunny」(以下タイバニ)を見て思った訳です。スポンサード有無で物事への対応が変わるもの、スポーツやフィクションに限りませんわね、と。
テレビにラジオ、新聞などのみんな大好きマスメディア(笑)、そして、政治ですね。政治資金、何故か今も購読している朝日新聞は誰かさん一人の問題に矮小化すべく日夜局地戦を全面展開しております。まるで日本の政治を腐敗させたのは後先考える能力がない無能なお莫迦さんたちじゃなくて、小沢一郎という一個人であるかのような記事、読む気にもなりませんけれど読んでる人もいるんでしょうねえ、こんな商品も世の中には存在するようですし。
まあ千葉の目に触れていないだけで、きっと朝日以外の新聞も何かの目的の為に問題を矮小化させているんでしょう、きっと。政治資金報告書の記載を修正した政治家、これまでにはいなかったんですよねたぶん。みんな有能だなあ、些細なミスもなかったんだろうなあ。
嫌味はこの辺にして話を戻しましょう。あのですね、その政治資金なのだけれど。報告書の形で公開しているから問題ありませんよね、というのはどうなんだろうって、タイバニを見てたら思っちゃったんですよね。
誰かが酷くタチの悪い質問をする、あるいはやたら冴えた質問をする。それぞれは個別に良し悪しを判定していくようにすべきなのだけれど、如何せん現代人は自由意志に基づいて国会中継を全て見ることなどできはしないし(せめて職業的インセンティヴでもないと、あんな稚拙な議論とも言えない見解のぶつけあいは見られませんって)、ネットで公開されている動画をチェックすることもかなり不可能事に近い。というか、そんなこと試みる気にさえなりませんよ(笑)。せめて、現在注目している議論の部分だけでも、とテレビに新聞、ネットを駆使してある程度の情報や議論の方向を押さえるのが精一杯。
ではありながら、ネットが発達していなかった昔のように無邪気ではいられない私たちですから、メディアが物事を恣意的に切り取るものであることは知っている。そしてその「恣意」が、いささか信用に値しないものであることも。彼らは彼らなりに報じたいものを報じている、何に由来するか不明瞭な使命感やらビジネス上の理由やらに裏付けられて。国会でのやりとりや法廷での質疑にしたって、彼らが切り取りたいものになっていないわけがない。いや、偏見だったら好いですね、これ(笑)。
ここまでの前提がある程度妥当であるのなら、テレビのニュースなどで流れる映像は、加工されていない実際にあった物事だとしても一定以上のバイアスが既にかけられたものである、ということになる。困りましたね、映し出す対象にはまたそれぞれのバイアスがかかっているというのに。まだスポーツやタイバニは良いですよ、ちゃんと誰に支援されているかわかる訳ですから。タバコ広告がレギュレーションで禁止されてもなおフェラーリは某たばこのイメージを見せていますよね、こう律儀に義理だててくれれば厭でも支援/被支援の関係は見えるものになります。まあ、千葉みたいなタバコ吸わない人にはあまり効果、ないんですけどね(笑)。
で、ですね、思いついたのは。政治家の皆さん、スポンサーロゴを全身にまとっては如何ですか?というもの。そう、流行りの可視化、「見える化」(笑)ですよ!
あ、冗談だと思いました?残念、本気でした~(おいおい)。
あのですね、見えてない献金とか大きくは触れられたくないのだろう献金、きっと我々が思う以上に多いんじゃないかと思うんです。よく言いますよね、組合の献金がー、とか後ろ暗い企業からの献金がー、とか。でもねえ、そういうのってまさに氷山の一角、都合の悪そうなタイミングで一番都合の悪そうなものがクローズアップされてるだけ、なんですよ。いや詳細に調べた訳じゃないけど(笑)。
そんなに政治と金(笑)が問題だと言うのなら、個々の政治家に限定して物事を考えるべきではない。ここは浄財、という言葉をあえて額面通りに受け止めて、むしろその支援を全面に出していただきたいな、と思うのです。
具体的にはそう、全身にスポンサーロゴを貼付けてもらいます、もう選挙で立候補したその日からこっち。非表示は例外なく許されません。スーツもカラフルになり、一気にわかりやすくなりますよ、議員たちの背後関係とか(笑)。これでもう、不明瞭な献金、本当に違法なもの以外はいつでも見えている状態ですから、どんな発言もひも付きで為されていることを厭でも意識することでしょう。楽しみですよう、国会で対立する企業にスポンサードされた議員同士が直接対峙する日が来るなんて!メディアさまが演出なんかしなくても、ギリギリの論戦が見られますよ?壮観でしょうねえ、胸に大きくスポンサー名、袖にもスポンサー、パンツにも靴にも、それでも足りなければ袖も裾も追加して、それでも足りなければキャップ被って、まだそれでも足りなければそうね、羽でも生やしますか!そんな議員たちのギリギリの論戦、楽しみだなあ・・・
え?小口の個人献金とか見えないだろうって?そこはほら、たすきやはちまきに小さく書き込むとか、最終的には耳なし芳一の線で。タトゥーとかでも良いですよ、とにかくお金の出所を明示するんです!だって、恥じるところなき浄財なのですもの!がんがん寄付したくなるはずですよ、企業も個人も!
あ、もちろんスポンサーになる企業には厳密な条件を用意、いわゆる迂回資金提供用のペーパカンパニィとか絶対に許されませんよ?各社容易にアクセス可能な場所を用意して情報開示に努めるのが最低限条件ですよ(笑)。その使途については現状のものよりわかりやすく明示する方法を考えなければいけないでしょうね、使った側の公開も容易で、しかも市民からのアクセスも容易な形で。
けっこう良いと思うんですよね、これ。衣服だけでは足りなくていっぱい追加パーツを付けまくってる資金力のある政治家、メインスポンサーしかいなくて巨大なロゴを胸に背中に貼付けてる政治家、思いもよらぬ筋からの献金が露見する政治家、などなどメディアが大好きな政局報道の必要がなくなるくらいに、明示的に力関係が示せて。小沢一郎氏ひとりがお金を握っているのかどうか、わかるんじゃありませんか、これなら。そうそう、政党への献金も同じですからね?記者会見のバックにはスポンサーのロゴが貼られたボードを用意して、政党の本部支部などの建物には看板立てまくり。楽しみだなあ、穏当なところでは「赤旗」とかそういう明白なつながりの可視化で済むところはいいけれど、あそことかあれとか、とてもお見せできない感じになるんじゃないかなぁ・・・
え?そういうやり方で政治家や政党の資金力だけで政治家を測るのは感心しない、ですか?あのう、では「消費税はあげません、とは一度も言っていない」等など嘘しか言わないで首相になっちゃったりする人は何で測ってあげると良いんでしょうね、その変わり身で?それとも情報の秘匿力で?政党は何だろう、恥知らずと評すしかないほどの面の皮とか?
そろそろ冗談抜きで結論を書きましょう。メディアは安定株主構成や広告でまだそのバイアスが判断できるかもしれない。だけれど、こと政治家、いや立候補者あたりだと、そもそもの立ち位置がよくわからない。広報に載っているかもはしれないけれど、その程度では発言や行動を単体ではなく、彼らにかかっている重み付けごと理解することは難しい。それもまた民意だ、なんておためごかしを鵜呑みにし続けてると、電力会社みたいに恥知らずになっちゃいますよ、皆で(笑)。
胸に大きく電力会社のロゴをつけてそれでもなお問題のある電力会社の対応を批判できる人、宗教団体から大きい支援を受けていてなお課税問題に踏み込める人、企業出身でありながらその会社の褒められない行いを正面から批判できる学者。まあ、こういうのは魚に説教するパドゥアの聖アントニウスの逸話なんかと同じ、不可能なものの謂いだとは思うのだけれど、所詮お金ですべてが動かせるのよ、というのは如何にもシンプルにすぎて、基準としては安易ではなくて?
まあ、こういうことを億万長者になってから申し上げるならば少しはかっこいいのだけれどあいにくその予定はない(笑)。残念。
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とかなんとか、少しは論を転がしてみようかな、と思ったり、またはまったくの思いつきレヴェルのうかつな物言い(笑)をしてみたり。この数年、自分なりにはかなりがんばって、連日それなりの記事を書いてきたのとは別の方向でこのブログを回してみたい、今はそう思っているのです。
上の文章はいわゆる冗談本気、ということで半ばは本気です(笑)。例えば個人的な思いつきの域をまったく出ていないのですが、「冷戦の終了によりもたらされた資本主義ユーフォリアの終わり」とかいうフレーズが頭を過るのだけれど、こういうのはマトモな人にちゃんと考えてほしいなあ、と思うわけです。基礎的素養に欠ける千葉には手に余るし、そのビハインドを取りかえすだけの時間も取れないので…クラシック音楽に関しても、こと録音という面から見るとけっこう当を得た議論になりそうなのだけれど…(三大テノールにはじまる、と言われるレコード業界の商業偏重のなりゆき、そういう視点から切り取れるのでは?「レコード芸術」なる表現の形骸化、気になってるんです)
とまあ、今年はですね、これまでのような一日で書ける文のほかに、こういう長めのものも書いていきたいなと思っているのです。あまりジャンルも絞らないで。社会派になることを嫌がっていられるご時世でもありませんから(職業:ギャグ漫画家でもありませんし!)、楽しくいないことも書かざるを得ないだろう。それに得意不得意関係なく更新頻度も落ちるかと。
あともうひとつ、ブログ自体の在り方について変更を考えています。それについては別途、近日告知をさせていただきます。こちらともどもよろしければ今後ともおつきあいいただければ幸いです。って、長期の沈黙のあとに言えることかどうか、微妙なところではあるのですが(笑)。
ということで長々しい文章はここまでです。では本年もよろしくお願いします(だから遅いって)。ではまた、ごきげんよう、おやすみなさい。
ブラック・スワン[下]―不確実性とリスクの本質/ナシーム・ニコラス・タレブ

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