☆皆さま、お元気でしょうか。

やっとブログを再開し、作歌もボチボチやろうと思っています。

トラックバックが無くなったので、コメント欄に短歌を投稿してくだされば、後ほどご返歌にうかがいます。

よろしく~♪

  • 18 Apr
    • Happy Easter♪

      ご復活祭おめでとうございます。 今年は聖木曜日をお休みしたので、連日3日間、聖歌隊のご奉仕をしてきました。 ミサに与ってきた、という意味ですが。   コングレシオン・ド・ノートルダム修道院からシスターが3名いらしてくださり、これで悪魔の教会から解放されて、のんびりできるかもしれません。信者が日本人だけで560名いて、世界中から集まる研究者やら移民やら、それこそ不法滞在者やら、雑多な外国人を含めると1500人くらいいるのではないかという教会で、洗礼に与ってからまだ浅いというのに役員をやらされて、聖歌隊、手話、障害者支援、その他?とにかく、自分でも何をやっているのだろうか、という生活を過ごし、仕事のほうはたまっているし、のんびり娘のところにも行けず、気が付いたら娘も大学を卒業し、春から院生をやっているみたいです。   スマホに替えたので、娘の卒業式の写真があるのですが、使い方をマスターしてないのと、面倒になってきてしまっているので・・・ 卒業式にゴジラが乱入してくる大学なので、楽しく4年間過ごせてよかったな、としか思えない。デザインのほうの学生が制作したのかな。娘は版画科なので、カスタネット、鈴、縦笛をかなでながら、袴姿の学生が白い狐のお面をかぶって登場し、それから代表者が卒業証書を授与されます。多摩美名物らしいのですが、各学科(全部ではありませんが)が、それぞれ工夫して、卒業式を盛り上げ、保護者は映写室で、その様子を観ています。シアターでしょうかね。 集合写真は校舎の一番上に登った先輩カメラマンが、落ちそうになりながら撮影しているし・・・ 写真を撮るのも命がけだなと思いながら、日本のアートや産業を支えていってほしいと思いました。   ヘブライ 2.12-18

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  • 13 Apr
    • 巡礼ボイコット事件

      去年は巡礼年だったので、私もあちこちの教会へ巡礼に行った。教区内の指定教会をはじめとして隣の教会や教区大会の練習のために遠くの教会やら、叱られるくらい外の教会へ出ていたかもしれない。夏には、ローマとバルセロナへ行き、バチカンやカテドラルを回ってきた。   残りは、司牧担当の修道会のフィリピン巡礼ツアー・・・ うちの教会では全員がボイコットしたらしい。私も行かないし。   本当のカトリックを知ってほしいと障がい者の集まりが名古屋であり、私も黙想会へ行ってきました。自分が障がい者というわけではないのですが、母が要介護5で7年以上生きていたために、難聴者の世話などをしているうちに、手話を通してそういう集まりに参加するようになった。名古屋は福祉がよくて、そういう状態の人たちでも24時間ヘルパーさんがついているのが当たり前らしく、会にもヘルパーさんが一緒に来ていた。   難聴者の世話というのも本人が大変なわけではなくて、周囲の人たちの考え方の相違があって、いろいろ精神的に苦労した。大学生となると、娘と同い年で、障害者手帳を持って学費免除の苦学生と娘と同じレベルではいかない。で、私が何もしないとか? 普通に手話通訳したり、本の貸し借りをしたり、交流活動をしているとは思ってくれないのか?   教会で何がきついかと言えば経済支援のことで、それこそ移民の世話、障害者の世話、その他諸々金出せの世界なので、いい加減にしろ、という気分になる。 ボランティアをやっている人たちのたかぴーさにはうんざりだ。大金持ちだからね、神父で さえ。大金を持って貧しい人たちに施している。それは良いところなのでしょうけど、協力しないと言ったら嫌がらせやら虐めやら、どうなってるの?という世界だ。そういうのって強制的にやらされるものか? 神父さまあ、なんてくっついているババアの嫌がらせは、神父には近寄るな、とか、おまえはほのじ?だ、とか、そういうことを言いふらして、司祭館の出入りは婆さんたちだけとかね、いろいろ仕切っているやつがいる。 好き好んで女中をやりたいわけじゃないからいいんですけどね。 そういうことを考えると、神父さんたちの顔をみるのも嫌だし、口もききたくない。また虐められるので。そんな教会へは行きたくないほうが普通では? だから、教会には最低限度のことしかしないという意味で、維持費でも献金でも減額したら、それこそまた嫌がらせ。友部修道院には入ってはいけない、教会の活動を手伝わせないとか? しょせんボランティアですからね、やらなくていいのなららっき~なんだよね。おかげで、教会から若い子たちが消えた。   春だからまた新しい学生が来て、難聴者だったりしたら、新歓の争奪戦みたいに頑張らないと。プロテスタント教会は若い人たちばかりだというのに、カトリック教会は高齢者ばかりで、幼児洗礼なんて何の役にも立っていない。   フィリピンの巡礼ツアーにしても、そういう背景があって、ボイコット。 私は聖歌隊が長いので、ユスト高山右近の列福式には参加してきた。これさえ邪魔されて、行かれないかもしれなかった。ほかの教会の信者さんファミリーの協力で、どうにか行けた。私一人で聖歌隊に参加させようという感じだったのかな。とにかく気に食わないとなったら嫌がらせされるからね・・・関わり合いになりたくないよね。   平和旬間ミサ。 ご主人が牛久の管理センターの仮放免中で、奥さんが働いて、友人の家のキッチンに寝泊まりしている家族の話を聞いてきたが、率直に語れば、本国へ帰ったほうがよい暮らしができると思うのね。なのに、どうして日本にいるのか尋ねただけで、シスターはヒステリックになるし、何の迷惑をかけているんだと怒鳴られた。 日本で暮らしたいだけなのかもしれないけど、私はフィリピンを知らないから。 そういう人たちを支援して、少しお金ができたら教会に献金してもらうとか? そのお金で神父さんたちがスキーへ行って遊んでいる。神学生への寄付だって、どうやって使われているのかわからない。本当に神学校なんてフィリピンにあるのかな? 支援のお金を着服したってわからないし、あのイメルダでさえ議員を続けていたとか? 10万でも100万円の価値があるのがフィリピンだからね・・・私たちにはわずかな金額でも大金だ。それで食べて飲んで家を買っている人たちもいる?お墓まで? 神様のおかげなのだろうか?   なんかね・・・ チャリティもボランティアもお金が集まりすぎているそうな。 釈然としない。   コヘレト 12. 1-2

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  • 14 Mar
    • なりすまし

      Gメールのほうは怖いかもしれない。 このブログのアカウントでメルアドを作ろうとしたら誰かにすでに使われている。 普通だったら気にならないのですが、cherrynutというのは、私が考えた単語で、勝手に誰かが思いつくとは思えない。それを使って勝手に誰かが私になりすましている。 覚えているパスワードということで私のパスワードを打ち込んだら、なんと確認コードまで送られてきてしまった。 ということは、私のパスワードを使ってこのメルアドを作った可能性まである。   本当になりすましのほうが迷惑で、しかもパスワードまで盗まれている? これで憂鬱にならないほうがどうかしている。 ストーカー? ネットも教会も神父も怖い。   ローマ 16.22-23

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  • 27 Feb
    • 迷惑な教会その2

      教会は老人ホームではないので、高齢の神父様たちへの親衛隊みたいな信者が牛耳っているような教会は迷惑だ。 神父様には近寄るな、ってどういう意味でしょうか? これは数年前に言われた言葉で、私にはいまだにその意味が理解できないのですが、とにかく神父がほのじ(ふるっ)とかおねつとか、迷惑だと思いませんか? 独身だから仕方ないのかもしれないけど、おかしい。 それで、嫌がらせされていたのかと思ったら、バカバカしくてご奉仕なんてできませんしね、こんな教会が嫌だとなってほかへ行こうと思ったら、女性の会などは行かないように邪魔されるし、ほかの教会の友人から電話がかかってきて、何だと思ったら、そこの教会の神父様が辞めたら一気に女性の会を潰すと言ってるらしいし、そこまですったもんだする理由というのは何なんでしょうね。 うちの教会の司牧をしている修道会だけかな。だったら、茨城県から出て行ってもらって、ほかの修道会に司牧をお願いしたい。それくらい教会を汚染している。   そういうのが(親衛隊の隊長?)会長をやっている教会なので、近頃は、会長がいそうな時には行かない。そのほうが平和なので。 あれだけこきつかわれて何もしないってどういうことだろう? ご奉仕悪魔。家庭の中のトラブルを考えない修道会。社会性のない活動。不法滞在者が司祭館に泊まったり教会に泊まったりできるわけないでしょう。ましてや女? フィリピーナの腰ふりダンスにはうんざり。修道院の庭でやるなよ。 個人的なものは何もないのだけど、フィリピン人にはうんざりさせられることが多々ある。すべての人がそうというわけではないのだけど、弱者の味方というのが売春婦の世話を信者にやらせることだろうか? 兵隊が警備しているような地域になんで信者を行かせるのだろう?   もうまっぴらごめんだ。 お金集め、黄色い声の親衛隊、悪魔、危険地帯への渡航? シスターとカップルで暮らしたいとか? カップルでなくてもわけのわからない連中が来るらしいし。迷惑だと言っても無理だろうな。聖職者なんてどこにもいないのではないかというくらいの俗化。女がいないのが悪いのか、男がいないのが悪いのか、シスターたちがなんで第3の人生とばかりに神父を追いかけてくるんだ? 修道院に帰ってほしい。どこが神様のお恵みなんだろう? 神様にうんざりだって伝えたい。あの人たちを何とかしてほしい。   エゼキエル 33.21-33   本当にやりたい放題だ。  

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  • 05 Feb
    • 迷惑な教会

      明日から大阪へ行く。 7日(火)にユスト高山右近の列福式がある。 戦国大名で、大名の地位を捨ててマニラへ行ったということくらいしか知らない。それでも日本で列福式があるというので、そこで聖歌隊として歌えることはこれが最後のチャンスかもしれないし、夏にバルセロナに家族と行き、サグラダファミリア教会でパパ様が司式するミサと700人の聖歌隊の姿をうっとりと想像し、私にもそういう機会が与えられますよう神様に願ってしまったのかもしれない。私はサグラダファミリア教会で歌いたかったのだけど・・・   結局、教会というのはどういうところかと思ってしまう。 チャリティとかボランティアとか、お金を出すことが嫌なのではなくて、強制的にやらされることに反感を覚えているのかもしれないし、教区のほうで聖歌を歌えば、それこそ自分の教会のバザーをないがしろにすると叱られる。それもこれも役員を3年もやらされたせいだ。 長くやられている方たちにとっては仕事であり、私の場合は、他にも仕事があり、何となく教会のことだけに翻弄されることが迷惑に感じられる。高齢者のほうが暇で元気なのだから、頑張ってくださいとしか語れない。同世代としては、互いに無理をしないことを誓い合う。逆らったら干される世界だからだ。   バチカンでは空港なみのセキュリティチェックがあり、暑い中並んでいてもお水すらない。ペットボトルの水が持ち込めないため。バチカンの広場では、水売りが待ち構えている。 バルセロナの教会では、入場料を払うのが当たり前。 ローマの教会ではセキュリティチェックが当たり前。 つくばの教会では働きすぎは悪魔の元。   おかげさまで娘が大学院に合格した。 大学も無事に卒業できそうだし、将来のことを考えたら誰でも不安なのだけれども、今は今のことをやるだけだ。     なんか、この絵が気に入っている。版画。 娘の作品。 グループ展もやっているので、そういうのを書いていいのかな、悩む。   詩篇 145. 17-21              

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  • 17 Jan
  • 25 Dec
    • 悪魔の教会

      毎年この時期になると、来年の役員のことですったもんだする。毎年のことなので、慣れてはいるものの、すでに3年もやらされて、これでもかとやっているつもりなのに、何もしないと言われてしまう。 理由は、歌を歌っているほうが楽しいに決まっている。それで、教区大会の合唱フェスティバルの練習へ参加したいと言えば行くなと言われ、来年は役員をやめて教会の外へ出たいと言えば、女性の会ですら反対される。反対というよりも妨害されている。うちの教会は脱会したというのだが、実際には会費を払い連絡員もいる。会長のほうに来年はよろしくと挨拶も終わっているのに、足を引っ張られる。 ご奉仕をやったら悪魔と言われ、悪魔と言われないためにご奉仕やって、ご奉仕やれば家にシロアリが見つかり大騒動。いつまでこんな生活が続くのだろう。本当に年年歳歳ストレスがたまり、行きたくないと思いながらも、仕事のように通っている。あの人とは一緒にやりたくないといえば、わざわざ一緒にされたり、どういう感性なんだろう?うんざりだ。 エレミヤ 34. 12-17 だからうちの教会は嫌われる。

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    • 強制の労働争議ありたれば冬は残りぬクリスマスにて

      強制の労働争議ありたれば冬は残りぬクリスマスにて  もう二度とこんな教会行くものか思いて友の待つ道路際  皆おなじ思い返しつうらうらのクリスマスにぞ労働のあと  あのひとのいないときにぞチャンスかな椅子のとりあうクリスマス ミサあのひとのいないときにぞチャンスかな椅子奪いたるクリスマスミ サ  ご奉仕をやれぬやりつつやりぬれば今日も挨拶そそくさと去る  嫌がらせたどりぬ金の足らずとて預金通帳隠したる部屋  寄付金を盗まれぬため封筒のかろうじて入る献金の箱  教会の鬼のもちたる鍵の束守り守られ足りないままに  空き部屋の多き二階の潰し方オルガン一つ聖堂にあり  ルカ 16. 19-30 教会なんて楽しいところではない、と。  画像: noion  

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  • 08 Dec
    • 七色の虹のいでたる台風の懐かしきかなふゆごもる空

      七色の虹のいでたる台風の懐かしきかなふゆごもる空 一つずつ増やして風の冷たきにコート忘れる店の背もたれ 念送り蓋を開ければ嘘つきの女誘いてミサのなき日の 3時まで口をきいてはいけないと部屋にこもりてミサの終わりに 口きけぬ空の青きと鬱うつと肩を並べてすぎゆくを待つ 迷惑を知らぬ風など子らの服めくりて遊ぶ変態もどき 還俗を老人ホームのおとしだまゆきてゆかぬか女の視線に フィリピンのダンスのゆれる舞台には手つなぐカップル朗々といづ 使徒 2. 25-27 

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  • 12 Oct
    • 人のなき山の上にぞ写真かなありてありしも嘘の孤独に

      蠅たかる山の花にぞ現実の人の匂いの上りつ山路 みちふさぐ聖なる山の月山の鯉のぼりにぞ雲ゆき立ちぬ 人のなき山の上にぞ写真かなありてありしも嘘の孤独に みちゆくは友の並びし案内の山のむこうにまだみぬ女 修道士並びては転び修道女行けぬ看板ありて帰りぬ 秋田へと女の並ぶマリア様、山の嘘にぞゴミ捨て場あり 月山よ、これ以上山穢さなばゆきくれて人捨てて悲しき 月山よ、むこうの山の波の音消さば月影海のうえなり 罪と罰、思いては今みちふさぐ気高き山よ、火山となりぬ 月山よ、積りぬ雪のとかしたもう。蔭、葉の行方うつしたもうな 御父の鐘の音にぞ葉の掠れ雲か雪かと身を隠しつつ 詩編 34 (34.7)     

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  • 25 Sep
    • 観想のパートナー

      すでに昨日のことになるけれども、小暮助祭の話の途中で、私は聖書を開いた。すると、ローマ6.1-14、7.7-25を開く。小暮助祭のお勧めのテーマはマルタとマリアだけれども、私に与えられたテーマは肉と罪について。本当に神父のらぶらぶらぶ・・は迷惑だし、呪い殺したくなるほど迷惑だ、宦官になっちまえ、くらいにほざいてまして、その理由が説明できない。らぶらぶらぶ・・は愛に飢えたものにとってはよいのかもしれないけど、らぶらぶらぶ・・は気持ち悪いわけ。少なくても、思春期以降の若者が、年寄りにらぶらぶらぶ・・とやられたら気持ち悪いに決まってるじゃないですか。神父様が素晴らしいのは、そういう恋愛感情なしで、らぶらぶらぶ・・というかったるさから抜け出すために、聖性なるものを与えられているはずなのに、えろじじいかと思われた、聖性も何もないのである。可愛い女の子のゆめをみながら、らぶらぶらぶ・・楽しいかもしれないが、信者にとっては大迷惑なのである。つまり、信者に癒しを求めるなと言いたい。実際に悪いことなど一切してないに違いない。困れば助けてもくれるだろう。教会でも目にかけてくれるかもしれない。だけど、その動機付けがらぶらぶらぶ・・では困るわけ。あくまでも聖性の源に、神さまのお考えにより、それを誰よりも感知する能力を与えられ、そのように行動しているからこそ、神父の行動は信者にはわかりにくいものであるにもかかわらず、受け入れらるようになるのである。違う? 詩編52.8-11 本当にそう。莫大な富により栄華を夢見るよりも、オリーブの木、神さまの慈しみに生きる人たちに栄光あれ。 

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  • 19 May
    • 自分らしさ

      少し自分らしさというものを取り戻したい。最初の頃は、気ままに詠んでいるだけだった。最初とはいつか?おそらくは神父様にメールを書き始めたばかりの頃のことだと思う。それが吾に帰ったら、教会で悪魔と言いふらされているらしく、その理由があくこのメールが原因になっていたらしいのである。今までそういう苦労をしたことがなかったのは、このブログの管理人として、インターネットで匿名で詠んでいたからだと思う。ところが、だ。教会ですから。神父様。たまに、シスター。「まあ、神父様に悪魔? 大変だわ、どうしましょう」おおげさでおおげさで、歌人というか、教会では普通の信者であり、役員も3年目に入り、普通にご奉仕活動をしている普通の信者!それが、神父様に対して悪魔と言っている?あのですね・・・私は洗礼を受ける前から、ネット歌人として、少しシニカルな作風を得意としていまして、それで何か言われたことはなかったわけです。それが素晴らしいかどうかは別として、文学というのはそういうものではないですか?当たり前のことを当たり前に詠む。それはそれで当たり前なのですが、不意にインスパイアされたことをそのまま詠む。そこに面白さがあるのではないかと思っていたわけです。日頃、面と向かっては言えないけれども、何となく思いついたり?そういうことはキッチン会議として、誰かが面白おかしく話している。特に本気にしているわけではないけど、その程度の小悪魔(サタン)なら教会にはいくらでもいる。それが当たり前。それが教会。だけど、メールの先が神父様ということを忘れていた、というか、次第に忘れていってしまう。ジャンキーというわけではないけれども、文学というのはそういうものではないか?役員会のメールを書いているわけではない。返信を期待しているわけではなくて、むしろ返信は無理だろうなと経験上思いながら、それでも毒づくことというのはありませんか?むしろ面と向かって教会の悪口を言われるほうが、神父様もシスターも考えながら真面目になるのではないかと思いますが、メールというのは、「これはあの白石さん!が本当に書いているのだろうか?」というところから悩み始められると、私も困るのですね。私も学生時代を通じて、それなりにあくこだったので、そういうシニカルなところはあっても、若い頃はゆるされるのです。ところが、教会の役員をやる年齢になりまして、いつまでもそういう調子なのは、短歌という特殊な世界に埋没しているからであり、役員会や教会内でやっているわけではない。だから、教会では意外と平穏に楽しくカトリック生活をしていただけなのに、修道会や他の教会などで話題になっていたそうなのです。ありえない。知らない方たちばかりだったら仕方ないかな・・・と。楽しいから真似をしている方たちもいた?よいこは真似しないでください。本気で悪魔に思われますから。アナはですね、いいのね。あくこだから。よいこではない。そこが大きな違いなのです。いずれにせよ、真似するからこういう騒動になるわけで・・・とクレームつけたいのですが、私は歌人としてわが道を行くことが使命なのではないかと、不意に思った。ただし、修道会にまで迷惑をかけたくないので、特に何かを思って詠んでいるわけではないことを申し伝え、ご迷惑をおかけした皆さまには、あくことしてではなく、歌人千秋アナとしてお詫びしたいと思います。エゼキエル 4.9 -17罪深き私をゆるしたまえ。

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    • 神父とは並ばぬほうがええおもうジャンキー写真ひそかなマリア

      新しいメルアドつくりなりすまし!ああ、いるんだなとうっふんかとう めいわくと言うか歌壇の庭の外園庭たればうっふんかとう神父とは並ばぬほうがええおもうジャンキー写真ひそかなマリアグーグルのメルアド消えてあくこかな。修道会かストーカーか聖(み)マリアよ、あなたの声の悲しきは母なるとても若き日の恋ラブホテル領収書あり住所にはマリアの家と書かれておりし 千秋アナ(ジャンキーアナ)コロサイ 2.20- 3.16

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  • 29 Apr
    • 借景のわかば紫陽花塀のそとたわわな花の吾が庭に咲く

      借景のわかば紫陽花塀のそとたわわな花の吾が庭に咲く交差点空ひろがれば信号の矢印の前すれ違う車咲く花に尋ねてみればさつきかなつつじいつしか忘れたまひて植込みの薔薇のフェンスの折れたれば庭師待ちたる晩春の頃吾が薔薇の背の高きを通行の楽しみならず庭師待ちたる哀歌 4.21-22 - 5.Rin@歌人

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  • 06 Apr
    • 名のなきはミサのドロップ聖霊のさりて咲きゆく樹の下の草

      春の陽に使い残しの日焼け止めふと思いだす使用期限職安に通いつ奥の事務所へと吾を雇いたし吾がいぬものかとメルアドを確かめることあしき吾アカウント名の偽名のごとく筆名を新しくする愚かさに近頃気づくネットの歌人陽だまりは神さまからの贈り物聖歌隊席扇風機下エアコンの吹きだす音に驚きつ冬は止まりし薔薇の庭にてやわらかき陽の光にぞイエズスは吾らのうえに吾らの代わりにイエスさまのしづかに微笑む十字架の復活の日の夢の残り香ミサ後にはまばらな声の響きゆくガレットを売る軽やかショップ椅子のうえ思う人らのおもはゆく祈りのうちに消えゆアレグロテンションを一つさげては調弦の忘れしハープ弦切れもせず苛立ちに予備の弦などそろえては弾かぬハープは部屋の飾りか桜咲く並木をみては復活の幻のごとゆがみゆく時春はきぬ今が春だと四旬節忘れし吾のゆれし裏地に朝マックコーヒーフロート我慢して甘きマフィンの蜂蜜を思う朝電話訃報の中に談笑のあり93の旅立ちのこと歳月は他人のなかにつながれば逢うことなきを老齢と呼ぶ悩みひと罪かさねてはつながりの幻のごと箏の音のごと名のなきはミサのドロップ聖霊のさりて咲きゆく樹の下の草吾のありて祭壇の花通りすぐお掃除モップ艶やかな床コリント一 4.10-21

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    • 助祭叙階式

      今年は、うちの教会だけではなく、いろいろな教会に巡礼に行きたいけど、実は仕事が溜まっていてなかなか進まない。とりあえず、いくつかお知らせをいただいて、その中から選べるのは役員の特権かもしれない。実際には、近所の教会へ通うだけでも大変なのかもしれない。古河教会へ行ったのは初めて。以前から手話のことで知り合った方がいて、うちの教会では難聴者がいなくなるため、典礼ミサについてもう少し勉強しようと思い、お話を伺おうと思ったから。神学生の助祭叙階式があり、出身教会で叙階するから、小さい教会だし、静かに行われると思っていたのに、大司教様までいらしていて、参列者もいろいろな教会から集まっているそうだ。普段は本当に小さな教会で、そのくせ二階席があり、椅子もパイプ椅子だけど、本当はそういう小さな教会のほうがカトリックらしくて好きだ。オルガンは1階にあるけれども、私は2階にいた。オルガンの真上。隣にいた方は本格的に声楽をなさっている方だと思う。歌い方が全然違うし、私はいつも二人しかいないアルトのために主旋律を歌うことは少ないけど、たまにはそうやって気分転換に外で歌うのも楽しいと思った。聖歌隊をしていると、ミサのことがあるから、それなりに気を使う。そういう意味では、他の教会へ行くことはそれなりにストレス発散になる気がしたし、勉強にもなった。歌いすぎるのはよくないと思いながら歌っているのと、和声を気にしないで歌っているのとは違う。うちの教会も長くなると、聖歌隊の指定席もあり、役員もやり、・・・という具合だと、ただ座っている、という気がしなくなる。教会のご奉仕というのはそういうもので、毎月行事予定表を作りながら何か忘れていることはないかとか、来月には何があるとか、細々としたことまで考えるようになると、ミサ後には何があって、という具合に何となく落ち着かない気がする。それはそれでよいことなのだと思うけど、普通に信者としてミサに与るほうが楽しい気もする。どちらがいいのかわからないな・・・行事があってもお客様をしているほうがいいのか、皆と一緒にご奉仕するほうがいいのか・・・わからないな。教会とはいろいろな方がいる。肝心の叙階式のほうはお話好きの神学生がよく似た家族に囲まれ、大司教様のユーモアのある司式のもとに和やかに行われた。田舎の教会で和やかに、それでいて大聖堂のような空気。小さな教会が2階席までいっぱいになり、知り合いと外で立ち話をしただけでパーティには出ないで帰ってきた。彼はうちの教会からテントを持ってきているから先に帰れないのだそう。司牧部は大変だ。総務のしらいしになりそうだから、そそくさと帰った。どこの教会も人手不足なのかもしれない。普通に信者でね・・・私は聖歌隊だから、いいや、と思って帰ってきた。ご奉仕か・・・列王記下 10

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  • 03 Apr
    • 淡々と火の上にいる母の顔ありふれた日の買い物帰り

      曇り空窓の外には雨と枝隣家の雨戸閉められたままけだるくもジョアン・ジルベルト主日かな昨日のミサの見知らぬ隣人教会のひとらのかわる十字架も2階の丸椅子答唱詩編玄関のすりっぱの数新しき机の数に椅子を畳みて平穏な聖堂にはパイプ椅子殉教者の絵を背にして座る淡々と火の上にいる母の顔ありふれた日の買い物帰り長崎の家族の来たり新助祭長崎の坂ベールに映る詩編22

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  • 28 Mar
    • 罪の日のイエスさまの木のクルチェには甘くせつなく聖金曜日

      魂のぬけがらに逢うてすれ違う御聖堂のなか空の十字架迷惑と口のきけぬかきかさぬか危うい空の睨みゆく日に愛花ははよう帰れとごめんねと男と女の声ぞきこえぬくるくると残念でしたとかわりだまごうえんごうえん木魂するなり夏の日はもどかしきかな冬の日のジャンキーアナになりて候罪の日のイエスさまの木のクルチェには甘くせつなく聖金曜日コヘレト9.7-10

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  • 12 Jan
    • フランシスコ会の話

      ホーリーカップルになって一番驚いたのは、私が空想のように書いていた話が、現実の世界の出来事だったということよりも、神父様が、本当にフランシスコ会へ異動するということを考えているということだった。 フランシスコ会というのは、ルドビーさんとお呼びしていた神父様がいらっしゃるところで、そのご縁があり、私は娘が小学生の頃、アッシジへ行った。1ヵ月くらいイタリアにいたかな・・・ 洗礼を受けるかどうかも迷っていた頃で、ローマではなく、アッシジへ向かったのである。 私はカトリックの大学だったのに、アッシジのことはあまり知らなかった。フランチェスコのこともルドビーさんのサイトで知った。将来、美大へ行きたいと言っていた娘のために、本当はパリへ行くつもりだったが、ルドビーさんのサイトがアッシジの写真だらけになり、何となくイタリアへ行き先を変えた。 アッシジというのは、私と娘にとっては聖地で、今でも懐かしい。 *** 私のホーリーカップルのパートナーの神父様というのは、実家がお寺なのに、お母さまがカトリックの信者で、叔父さまが神父をなさっていたということで、神父様としてはユニークな存在なのではないかと思う。 ブログにもお寺の写真があったり・・・ フランシスコ会のルドビーさんも修道院の自室のお写真だと思うけど、美しい仏像があり、フランシスコ会というのは自由なのだと感じたことがある。 夫の実家は姉たちがずっと小学校からカトリックで、義母も教会のお手伝いをしており、甥がなぜかカトリックの高校の教師をしているというカトリック生活な家庭だけど、お寺さんのお付き合いというものがあり、そのせいで誰も洗礼を受けていないという不思議な家族だ。 洗礼を受けなかったのは、長男の嫁がカトリックの信者になってしまうと、お寺との関係がややこしくなるために、日常生活はカトリック生活のくせに、洗礼を受けることに姑さんから反対を受けていたため。カトリック生活というのを説明しだすときりがないけど、カトリックの影響を強く受けた生活というか・・・人生観の問題か。 でも、そういうふうに考えていたら、ルドビーさんのお部屋の写真を見た時、仏像が書棚に置いてあり、大切にしていることがわかり、おそらくは日本人なら最初からクリスチャンだったわけではないと思うので、家族から受け継いでいるものを大切になさっているのかと思った。だから、フランシスコ会なのだな、と漠然と感じたことがある。 だから、思い切って行き先をパリでもなく、ローマでもなく、アッシジにした。 そういうこともあって、聖書のことだけではなく、フランシスコ会だったら、自由があるのではないかと考えたことがあり、何となく千原神父の場合には、フランシスコ会ほうが向いているのではないかな、と思ってメールに書いていたら、本当に今、青森のフランシスコ会にいるらしい。 (ヨブ40.4-5) 追記: この話は事実ではありません。青森にフランシスコ会はない?

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  • 31 Dec
    • パウロしみじみ・・・

      大学が冬休みに入り、やっと娘が家に帰ってきた。 いつもなら私のお誕生日には帰省するはずだが、だんだん忙しい年頃になってきているので、なかなか戻って来ない。 1月に入ったら5日から授業が始まるため、ほとんど家にいない気がするけど、とりあえず、年賀状は作ってくれたので良しとしよう。 せっかく美大へ通わせているのだから、それくらいは・・・ 画像をアップしたかったのだけど、重すぎてアメブロではアップロードできない。残念。 *** 今年はクリスマスという気分ではなかった。 毎年そうなのに、今年はクリスマスの朝まで年末調整をやって、ミサへ行き、それからお給料を振り込むという慌ただしさ。 採用の面接はあるし、定年退職する看護師の退職金の計算やら、年末の上にパートが一人決まっただけではどうなることやら・・・ やることが多すぎ。 このままだとお正月という気分でもなさそう。 あっという間に一日が終わってしまう。 棚卸も終わってないしな・・・ 休日出勤手当がほしいが、もらえない。 なんかね・・・ クリスマスイブに、ホーリーカップルになったというお知らせが届いたらしいのですが、実感が湧かず、クリスマスの朝に、教会のお世話になった方たちにメールでお礼状を出し、会うと嬉しそうにハグされたので、やっぱりその話は本当だったのかという顔をしたら呆れられてしまった。 仕事が多すぎるのかも。 (ガラテヤ2.1-7) いつの時代も、という感じ。

      7
      1
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プロフィール

りん

性別:
女性
お住まいの地域:
茨城県
自己紹介:
Copyright@Aihana Sugai

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