風マリア -☆-

短歌とエッセイ -- by Masako Shiraishi --


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娘にパソコンを壊されて以来、仕事用のパソコンでネットに接続している。このパソコンを必要以上に起動する気には、とてもじゃないけど、ならない。


気がつけば、娘は受験生だし、おばあちゃんはとうとうこちらへやってくることになったし、わたしにとっては放射能より憂鬱かも。


教会へも、しばらく行っていない。日曜日にも娘のデッサンの送迎があるせいもあるが、御ミサと掃除以外にもサークルやボランティア、勉強会などなど、危険信号だ。ずっと行っていると、いるのが当たり前になってしまい、負担が増える。


***


同窓会は、楽しかったな。

不思議なことに、昔よりも皆と一緒にいて楽しい。普段はまったく会うこともなくなった代わりに、昔よりも友達という意識が強くなった。


卒業して以来、一人も友達ができなかったという友達がいる。職場の人間関係は最悪だったし、ママ友をつくっている暇がなかったし、「私は友達がいないの。家族がいれば充分だったから」とあっさり言う。


結局、今にして思うと、わたしたちは卒業後、似たような気持ちを共有しながら過ごしていたのだ。厳しいけれども、あの悪を排除したような特殊な環境の中で人間関係を築くことに慣れてしまったがゆえに、なかなか一般社会(?)に馴染めなかったのかもしれない。


一つ解ったのは、彼女のような厳格なカトリックの家庭に育つと、友情もまた信仰上の相互理解がなければ成り立たないということ。親切で親しくはあるが、信仰上の相互理解がなければ、友情というものを感じることができないのかも。公園で一緒に子どもを遊ばせているだけでは、単なる親しい知り合いになるのがせいぜいで、友達にはなれないのだろう。


極端だけど、仕方がない。感じ方は人それぞれ。九州出身だからかも。いまだに用心深いのかもしれない。


***


夏休みは、タヒチ。


飛行機は満席。ハネムーンのカップルが多いかと思いきや、それほどでもなく、逆に落ち着いたカップルが多い。年齢層が高いのかも。ほかのリゾートよりも旅費がかかるため、若い人たちには無理かも。夏休みのせいか、家族旅行の人たちも多かった。


水上コテージでなければ、ほかのポリネシアの島々と変わらない気もするが、エイやサメと一緒に泳げるところはすごい。泳いで海中のエイを眺めていたら、サメがわたしの真下を泳いでいった・・・


水コテの海へのはしごを上っていると、黒い小さなチョウチョウウオみたいなヤツが突いてくる。痛かったので噛まれたかと思ったが、単に突いてくるだけらしい。魚だったら逃げるのが普通じゃないか? 


へんな魚。


津波がきたら、一発で流されてしまいそうな環境だが、地形的に津波は来ないらしい。震災の前にホテルを事前購入予約してしまったがゆえにキャンセルできず、なんとなく気のりしないまま行ったが、素朴でのんびりできた。が、現地の日本人スタッフは、慇懃ではあるが、意地悪なお局的な性格丸出しの女性ばかり。毎日、新婚カップルばかり相手にしているのが原因か?


(ルカ 22. 39-46、 ヨブ 5. 1)


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なんだか変な時代だと思う。韓国の大統領と中国の国家主席が一緒に日本の被災地をお見舞いに来てくれることに大しては違和感はないのだけれども、その間に北朝鮮の代表が中国を訪問しているというのは変な話だ。首相の外遊中に、他国のトップが来日するなどということは、日本では考えられない。複雑なアジア情勢といったところだろうか。


なんだかんだ言っても今年は入梅し、なんだかんだ言っても21世紀なのだろう。なんだかんだ言っても、ユン・ソクホ監督の韓流ドラマを観てはボロボロ泣かされ、娘にはババア扱いされている。個人的には、『冬のソナタ』よりも『春のワルツ』や『夏の香り』のほうが好きなのだが、一番泣かされたのは『秋の童話』。


ってことは、春夏秋冬シリーズを全部観たことになる?


TSUTAYAでも、絶好のポジションを韓流ドラマが占めている。が、しかし、さすがに飽きてきたので、今度は名探偵ポアロシリーズを借りてきた。


夜中にワインを飲みながら、DVDを観て泣いている・・・というのはなぁ・・・

結構、ストレスが溜まっているか、現実逃避に走っているのかも。


今頃になってメルトダウンの隠蔽の話が出てきたり、増税やら復興やら不況やら就職難やら放射能やらネガティブな話題ばかりが続き、もしかすると、海外のメディアが語っていたことが、つまり、60年前の日本の状況とよく似た状況が訪れているのに、実際問題、不安を刺激しない程度に情報がコントロールされているだけなのだろうかという疑惑が頭を過ぎる。


いや、そんなことはどうでもいい。それよりもショックを受けたのは、YOU TUBEの画像か何かで、高い堤防の横を走っている車が、すぐ隣まで津波が迫っているのに気がつかない、というシーンだ。危険がすぐそこまで来ているのに、まるで気がつかない。そして山ほどの高さの津波。


わたしのような想像力のたくましい人間は、並木道を走っていても、並木よりも高い堤防の向こうに津波が迫っている図が脳裏に過ぎってしまい、自分で勝手に想像しているにもかかわらず、その想像に怯えたりする。それでいて麗らかな日々。そのギャップに疲れて、何かをしようという気力が萎える。


福島の原発の事故に関しても、アメリカからの情報のほうが正確で、連日発表されたあれらの報道に何の意味があったのかと感じてしまう。もしかすると、知らないのはわたしたちだけ?


わたしは被災地には直接行ったことはないが、行った人の話によると、荒涼としたパノラマを観てしまうと急にリアリティが増し、何も出来なくなってしまったという話を聞く。報道では、悲しい場面はあまり報道されず、生き残った人たちの姿や、復興に向けての動きなどを主に取り上げている。それくらい悲惨なのだろうか。


この、違和感は、何なのだろう?

うまく言葉にはならない。

被災地へ慰問に行った落語家が、わんわん泣いていたけれども、その理由は報道されない。それほど悲惨ということか?


知らないことには泣けない。


韓流ドラマを観て泣いていると気分がすっきりするというのは、今のわたしにとってはごく自然な成り行きという気がする。


(コリント 二 8. 8-15)


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泥海のピエタの淵の見つむるは吾子眠る音息探しぬる


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「日本のために祈ろう  ~私たちは皆ひとつ~」
日本に癒しをもたらすための十字架の道行

* この中の写真を見て、詠んだ歌。

(エレミヤ 51. 1-2)

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どんなことにも慣れがある、というか、近頃ではすっかり地震に慣れてきてしまい、地震がきたときの反応が人それぞれなのに気づく。


姑さんのことがあって、老人ホームの受付で話していたときにも震度4強くらいの横揺れの地震があり、ちょうどよいところに手すりがあったので、さすが老人用の施設だと思って感心した。


が、しかし、周りの反応を見てみると、ほとんどの人たちが無反応。


わたしの隣に立っていたおじいさんは、地震があったのにも気づいていない。その人は受付に挨拶をすると、ゆっくり振り返り、エレベーターのボタンを押した。地震のために非常停止になっているので、ボタンの電気が点くはずもなく、皆が地震があったからと言っても、首をかしげている。他の高齢者も似たような感じで、結構揺れたのに、あのまったりとした雰囲気は不思議だ。


かと思えば、美術教室にいるときにも何度か地震があり、高3なので、先生との面談中にも震度5強の地震がきた。


一言で言えば、なんだあの騒音は・・・・

という感じ。

ドアや窓がカタカタこすれあって、ものすごい騒音。食器が落ちるかと思って心配したが、それほどでもなかった。


ねこ先生の話によると、地震がくると小学生や幼児のクラスは、皆、きゃーきゃー言って、駐車場に避難するらしい。


高校生はと言えば、地震がきたので、わたしが教室に入ると、娘は石膏像が落ちないように押さえていた。わたし的には、地震なんだから石膏像から離れてほしいと思ったが、震災のときに石膏像が割れてしまい、何とか残ったものだけを落ちないようにヒモで固定している。モチーフがこれ以上減ると困るけれども、それよりも安全のほうが大事だと娘に言った。


ねこ先生はのんきで、「これ、結構大きくなりますよ」と言ったら、本当に揺れてきたので、わたしは天井を見上げ、ねこ先生は水槽を押さえていた。落ちるのが困るのならあんなところに置かなければよいのに、と思うのだが、カウンターや机の上に、巨大化した金魚やら、タニシやらが入っている水槽が3つ置いてある。震災のときに水が零れて、後片付けが大変だったらしい。


津波の映像を見てしまったせいか、自分が被災しているという自覚がまるで欠如しているが、よく考えたら、橋が落ちていたり、天井が落ちていたり、道路が通行止めだったり、茨城県は被災地なのだ。あちこちで補修工事が行われている。家が半壊しているところが多いせいか、今頃になって、近所に仮設住宅が建設されている。(遅すぎないか?)


***


この前、大学や専門学校の進路相談会があり、わたしも娘と一緒に行った。自粛している大学も多かったが、逆に、去年よりも生徒の集まりがよく、盛況だった。


わたしは何をしていたかと言うと、大学の被災状況を訊いていた。理由は、大学の雰囲気がわかるから。


ある大学では、入試の後片付けをしていたときだったので、キャンバスが落ちないように押さえていたとか、ある大学では、被災時には生徒にカレーの炊き出しをしていたとか、本当に答えが違う。まったく被害がなかったという大学に、石膏像が割れたりしなかったかどうか訊いたら、石膏像はありませんと言われた。美大なのに石膏像がないというのには、逆に驚かされた。


***


他人のことばかり考えていて、自分はどうなのだろうとふと思ったら、わたしの場合、地震がくると、まず天井を見て、落ちてきそうなものがなければ、そのままその地震の震度などを考えていることが多い。地震速報と照らし合わせて、当たったら嬉しい。


近頃、地鳴りのする地震が多くなった。おそらくは震源地が近いか、真下くらいのときに地鳴りがするのだと思うが、今のところ、地鳴りが大きいときには、さほど揺れない。


逆に音のないときのほうがよく揺れる。横揺れの地震が多い。震源地が海のときの地震だ。


でも、この2週間ほどはかなり減り、地震速報があってもこちらは揺れていないことが多くなった。


自宅にいるときに地震がきたら、とりあえずソファのほうに避難している。大きな揺れだと2階に寝ていた犬も降りてきて、わたしのそばに座る。といったことがしばらく続いていたが、このところ地震があっても、降りてこなくなった・・・ 犬も地震に慣れたか?


(エレミヤ 50. 6-8)


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イースター、おめでとうございます☆


これで、休暇だったら、なおうれしいのですが・・・


聖木曜日からずっと御ミサというのは、さすがに疲れた。


復活徹夜祭は好きなので、毎年出ていたが、今年は聖歌隊なので4日間。聖木曜日と聖金曜日は初めて。特に、聖金曜日は、伴奏がないうえに、ずっと歌い続ける。簡単に歌う箇所を教えられただけで、後は自分で音取りするしかない。考えてみれば、初めて参加するというのはわたしだけなので、教えてくれただけでも親切だったのかもしれない。


娘はデッサンの都合で、土曜日にしか御ミサに与れない。でも、聖歌隊の席はガチなので嫌だと言う。(ガチというのは、若者用語で、真面目とか真剣という意味らしい。) かといって、一人で他の信者さんの間に座るのも気が引けるので、行かないと言い出し、とりあえず、代母に娘のことを頼んだが、雨が降ったので代母は遅刻。結局、聖歌隊の目立たない席に座らせた。


わたしが聖歌隊の席に座ってしまうと、娘が教会に行きたがらない、というのが今後の課題か?


それにしても、聖歌隊だというのに、ソプラノのパート以外は一人でやっているようなものだ。最初は気づかなかったが、それでも構わないというタフな人でないとやっていられないのかも。ソプラノはたくさんいるけど・・・


はっきり言うけど、それではコーラスにならない。


というわけで、1年間悩んだ結果、アルトを歌うことにした。


悩むというと、おおげさな気もするが、実際、あの席に座るのが嫌で、聖歌隊に参加しない人もいるくらいなのである。娘の表現を借りると、ガチ、な席なんだろうし、ある人に言わせると、偉そう、とかね。実際のところ、偉いのだけど。


献金のカゴがまわってくると、ほとんどがお札。教会の行事にはほとんど出席。しかも、リーダーシップ。まさしく、ガチな人たちである。そんなところに、自分のようなちゃらんぽらんな人間が座ってよいのか・・・・と感じざるをえない。


しかも、あんな下手なコーラスを、わたしは知らない・・・


一人ひとりが下手なのではなく、バランスが悪いのだ。バカにされながらも、ガチにがんばる・・・


というわけで、姉に一人でアルトを歌わせておくのは忍びないので、ガチにやることにしたのである。まるで、マルタとマリアだと思いつつ、そのうちラザロも現れるかもしれない。


(エレミヤ 49. 36-39)

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