管を以って天を窺う

『管を以って天を窺う』

―以管窺天―

 
<史記>

視野の狭さを笑ったことばである。

 

むかし、扁鵲(へんじゃく)という名医がいた。虢(かく)という国にいったときのこと、つい今しがた太子が亡くなったという話を聞いた。御典医に 会ってくわしく様子を聞いた扁鵲は、これこれの処方をすると、生き返らせることができると教えてやった。だが、相手は信用しない。このとき、扁鵲の言った のがこの言葉である。

 

「子(あなた)の方(処方)をなすや、管を以って天を窺い、郄(げき)を以って文を視るが若(ごと)し」

 

「郄を以って文を視る」というのは、狭い隙間から模様を見るということで、同じような意味をもったことばである。因みに扁鵲は王の頼みで太子を診察し、鍼を打って蘇生させたうえ、二十日ほどで元の身体にもどしてやったという。

 

※ ところで、「管を以って天を窺う」であるが、誰でも、狭い世界に安住していると、こうなってしまう。眼は常に大海に注いでいたいものだ。

 

茶臼山古墳的 日々是好日-t02200304_0376052011084550423
中国古典一日一言 (PHP文庫 モ 1-4) [文庫]
守屋 洋 (著)
文庫: 409ページ
出版社: PHP研究所 (1987/12)
ISBN-10: 4569563805
ISBN-13: 978-4569563800
Amazon.co.jpで詳細を確認する
AD