禍を転じて福となす

『禍(わざわい)を転じて福となす』
―転禍而為福―

 

<戦国策>

情況が悪化し、局面の打開をはかるときなどに使われる。昔から、中国でも日本でも、よく使われてきたらしい。それほどポピューラーなことばである。

一応ここでは、『戦国策』を出典としておくが、この本によれば、「智者の事を挙ぐるや、禍を転じて福となし、敗に因りて功となす」とある。智者というのは、仕事をするにあたって、禍を転じて福とし、失敗を成功の母とするものだ、というのである。

人生には、不幸(禍)や失敗はつきものである。どんなに用心したところで、一度や二度、不幸や失敗に見舞われない人生などありえない。

問題はそれにどう対処するかだ。

『戦国策』によれば、一度や二度の失敗でへこたれてしまうのは、どうやら愚者の部類に入るらしい。

※ 失敗をバネにし、そこから人生の新しい展望を開いていくような、そういうたくましい生き方をしたいものだ。

 

茶臼山古墳的 日々是好日-o0376052010223407287 中国古典一日一言 (PHP文庫 モ 1-4) [文庫]

  守屋 洋 (著)
  文庫: 409ページ
  出版社: PHP研究所 (1987/12)
  ISBN-10: 4569563805
  ISBN-13: 978-4569563800

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『禍福は門なし、ただ人の召く所』
―禍福無門、唯人所召―

 

<左伝>

禍福、すなわち幸せにしても不幸せにしても、特別な門があって入ってくるわけではない。それもこれもみな当人が招くのである。だから、幸せになりたいと思ったら、自分でコツコツと努力しなければならない。かりに不幸せな状態であっても、その原因をつくったのは、自分であるから、人を責めてはならない。やはり自分の努力で、不幸せから脱出するように努める必要がある。

このことばはもともと、不当な処遇に腹を立て、勤めを休んでふてくされている人物に向かって、「そんなことでは、今以上にひどいことになりますぞ」と、戒めたことばである。

不幸せな状態になると、自分の責任は棚に上げて、つい人を怨みたくなるのが人情である。そんな態度では、いつまでたっても不幸せから脱出できない。

※ 幸せは自分で汗を流してかちとるものだ。「天は自ら助くる者を助くる」と言いますよね。

 

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  守屋 洋 (著)
  文庫: 409ページ
  出版社: PHP研究所 (1987/12)
  ISBN-10: 4569563805
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『花は半開を看て、酒は微酔に飲む』
―花看半開、酒飲微酔―


 

<菜根譚>

花を観賞するなら五分咲きのころ、酒を飲むならホロ酔い機嫌のあたりでやめておく。酔っぱらってヘドを吐くような飲み方は最低だというもの。

『菜根譚』はこう語った後で、つぎのようなコメントをつけ加えている。
「盈満(えいまん)を履(ふ)む者は、よろしくこれを思うべし」

満ち足りた境遇にある人は、このことをよく考えてほしいというのだ。つまりこの一句は、花の見方や酒の飲み方を語りながら、じつは人生の生き方を説こうとしているのだ。

なんでも思い通りになる満ち足りた境遇は、往々にして人をダメにする。傲慢になったり、変に意固地になったりして、かえって人から嫌われることが多い。 むろん、したいことも十分にできないような、あまりにも不自由な境遇でも困る。ホドホドがよいということだ。恵まれた人でも、一つや二つ、思いどおりにな らないことをかかえていたほうがよいのかもしれない。

 

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