これが同一人物のことばでしょうか・・・・・ | ちゃぬの裏韓国日記

ちゃぬの裏韓国日記

カルト統一教会と世界支配層との関係をあばく
(統一教会=世界平和統一家庭連合)

■(1994年)結婚したら配偶者意外に心惹かれてはいけません!

『皆さんは永遠なる愛を望みますか、一時的な愛を望みますか。永遠なる愛は神様と通じるのです。神様が根ですから、神様の根と連結された真なる母、父の愛は真の愛であり、真の愛を中心として連結された真の生命の種を受けるのです。そのような真の生命の種を受けたがゆえに、神様から直接伝授されたがゆえに、その息子・娘は永生するようになるのです。これが理論的結論です。
 皆さんは永生することができますか、できませんか。(「できます。」)どのようにしてできるのですか。真の愛を持たなければなりません。変わることのない女性とならなければなりません。だから、未婚の時、お嫁に行ったならば、再びお嫁に行かなければなりませんか、行くべきではないですか。お嫁に行った女性が浮気をすべきですか、すべきではないですか。(「すべきではないです。」)自分の夫よりハンサムな男性がいる時、「あの男性と一度暮らしてみたい」と、そんな心を持つべきではありません! いまだそんな輩たちが多いというのです。
 変わる愛はだめです。愛は二つの道ではありません。一つの道です。
前にも話したように、植物世界、動物世界、すべての万物も皆、授けて受けるときにおいて、愛ゆえにただ一つの道になるのです。小さい愛は大きい愛に橋渡しを頼むのです。小さいものは、しきりに大きくならなければならないので、はしごを登ってひっきりなしに上がって行きます。広くなり、高くならなければならないのです。』
(真の父母の日と天地人愛完成の日1994年4月11日 韓国・中央修練院)



10年後、このみ言葉がこう↓変化します・・・・・

■(2004年)妻より美女がいたら一晩過ごしたいと思っても罪ではない

『「姦夫」は、サタン世界で、いちばんの愛の怨讐です。(中略)どろぼうです。事務所に行って美人の秘書がいれば、男性というものは、“あの女性をわたしが奪いたい。”と考えますか、考えませんか? 想像することができますか、できませんか?(「しません。」)
 なぜ「しません。」と言って笑うのですか? 「しません!」としっかりと言えば、先生が「わあ!」とびっくりするのではないですか? 先生が「おっ、史(史光基)先生!」と言うのです。そのようなことを考えませんか?(「はい。」)
 目がないのですね。目がありますか、ありませんか? (「あります。」)自分が結婚した相対、妻よりも美しければ、“一度、取り替えて、一晩でも過ごそう。”と考えてみたことはありませんか? 率直でなければなりません。率直は正義に通じます。(「あります。」)
 考えたそうです。うそです。(笑い)皆、そうでしょう? わたしが尋ねるので、考えたことがないという人は手を挙げてみてください。全員そのような者たちです。
 お母様がちょっと気分が悪くても、しかたがありません。わたしは離婚もしたことがあるのです。そうではないですか? 本当にそのようにして離婚したのなら、妻からあいそを尽かされてもしかたのないことです。本当はそのようなことはしていないのに離婚したので、かわいそうな男であるということだけは理解しなければなりません。
 ですから、同情し、慰労してあげなければならない内容があるということを知る日には、解放の天国の王子王女の特権的盾を持てる人になることができると思うのです。分かりますか?
 それでは、男性として生まれて、“美人を激しく愛したい。”と思う心がなければならないということが総論なので、天使長もエバを愛し、愛をいとおしく思ったのです。それが罪ではありません。
 自分の夫婦の水準、基準を越えて、主人の位置にあるものを、主人が決まっている人(エバ)を強奪したから問題になったのです。婚約した美女がいてそのようにすれば、それを許すことができず、それにプロポーズして問題を引き起こせば、社会の規範によって追い出されるのが法則になっているのです。

 長成的な基準において、結婚して、もし今まで心の中で慕い、愛する人がいたとすれば、“その女性がわたしの相対になっていればよかったのに。”と思うことが罪になりますか? 考えは罪ではありません。
 考えは、東の考え、西の考え、南の考え、北の考えがあり、東西南北の美の存在は、四方がすべて見つめているのです。わたしだけがそのように思うのではありません。その階級が高くても低くても、考えることは同じです。
 “あのような美人がお母さんになれば、わたしたちのお父さんが美女を迎えてお母さんになれば、どれほどよいだろうか?”と考えるのは罪ではありません。
 “わたしの義理のお姉さんになればどれほどよいだろうか? わたしは美女を迎えることができなかったが、わたしの義理のお姉さんがいちばんの美女で、お兄さんが喜ぶのを見て、そのお兄さんを愛して尊敬できればよい。”と思うのは善なることです。
 婚約して結婚する前は、世界の美女の看板(写真)をポケットに、自分の足に、胸に、後頭部に、好きなように、つけて歩いても罪ではありません。信哲、分かりますか? 分からなくてもかまいません。信福、分かりますか?

 しかし一度、決定した後は、それをすべてはがさなければなりません。皆さんは知っているでしょう? はがしてしまわなければなりません。自分が一人で片思いしていたものをすべてはがしてしまい、その時からは、行くべき道が決定的であるということです。
 決定的なものは一つだけであって、二つはありません。二つを持ったまま決定する人は、狂った人なのです。そうではないですか?
 愛の相対を一度に二人決定するのは狂った人です。ぼけているのです。そのようなことを知っているでしょう?
 ですから、神様が願われる万物を造られたとき、絶対信仰、絶対愛、絶対服従するというすべての根本原則、公式は、神様にも変わりなく同じであったのです。ですから、万物も、人間が喜ぶことができる相対的存在として、主体と対象になって授け受けしながら、愛の関係を持つようになっているので、万有の存在はペア・システムになっているのです。アーメン!(「アーメン。」)拍手!(拍手)』
(第四十二回「真の万物の日」記念礼拝の御言2004年6月18日韓国麗水市 清海ガーデン)



私が思うに、これはメシアの直系男子(国進氏や孝進氏)はいいけど、女性はの浮気は絶対許さないといっているようにも聞こえます。
今まで教会は純潔の教義だと思っていた方には、信じられないかもしれませんが、文教祖は自分は種を残す役割なので、実体複数女性血統転換はOKだと思っているのでしょう。
それで血統転換(種)の権限を息子に継承させるべく、下記のような摂理(言い訳?)を考えるわけです。


■2004年9月2日から本格的に父子協助時代突入「エバはいくらでも立てることができる時代」

「美人と一晩寝たい」の情欲は、その日限定のみ言葉のようで、その後は元に戻っています。ですから、「妻より美人と一晩」は国進氏限定で語られた可能性が大です。それに、本格的に父子協助時代に入ったので「エバはいくらでも立てることができる時代」になりました。国進氏の恋愛結婚の言い訳にもなりますし・・・。本来は「父子協助時代」は孝進氏のための言い訳(しての摂理)だったのでしょうが、全ての息子にも通じるわけです。
それで、国進氏の聖婚式の24日前に「メシアの家庭の直系男子はいくらでも妻を交換できる時代出発」させました。
教会広報が、記事削除などの証拠隠滅の工作をしなくても文教祖のほうが一枚上手のようです。

(父子協助時代)
1999年2月5日 文孝進・崔妍雅聖婚式
1999年9月9日 「九・九節」宣布
「統一される日には父子協助時代に入るのです。母親は、いなくてもよいのです。母親は、いくらでも立てることができます。アダムが堕落しなかったら、エバはいくらでも替えることができたのです。」
2000年11月11日 父子協助時代の宣言
2004年9月2日 本格的父子協助(父子摂理)時代の出発
2004年9月26日 文國進・朴知鋭聖婚式


文鮮明教祖は自分自身のことをこのように語っています。自分が唯一の男性として結婚してもいい存在であり、全世界の女性は自分の妻だということです。

祝福とは、文教祖と女性の集団結婚だということは、信者も知らされていないことでしょう。しかし、文教祖の種(象徴または実体)で種を受けなければ祝福ではないのです。

『世界の女性たちは、先生の相対圏に立っています。世界において、真の夫は一人しかいません。神様から見れば、未完成の男性と女性たちしかいないのです。人類は、男性と女性に二十五億ずつ分かれて五十億にもなりますが、それは一人の男性と万人の女性と同じです。しかし、それはみな堕落圏です。ですから、メシヤ思想が必要になるのです。』
(1991年7月14日のみ言葉)


世界の人類は皆庶子です。エバは堕落した天使長のところに嫁に行って、今は本然の夫のもとに嫁に来るのです。天使長のところに嫁に行って、堕落した子供達をたくさん生んできました。そして、再び一人の夫のもとに帰ってくれば、腹違いの子供をたくさん引き連れて嫁に来たのとそっくり似ているのです。』
(第十回愛勝日1993年1月2日)


『統一家の家庭も、この心情圏を成さなければならないのです。それでは、統一教会の文先生はどのような人ですか。息子として、神様が創造理想でもって捜し求めて立てようとする心情圏を完全に完成した、一人しかいない絶対的な相対者です。王子です。
(第十回愛勝日1993年1月2日)


そして、文教祖以外の男性は天使長であり、庶子だと言っています。つまり、結婚権がないのです。

男性は天使長です。何故そのように蹂躙しましたか。自分の妻ではないためです。天使長に妻がありましたか。それ故に、女性は自分の妻ではないのです。本当に大変な話ですよ。自分の妻でない女性は怨讐の妻です。それだからかわいいのでしょうか、憎たらしいのでしょうか。憎いために、共に生活しながら足でけったり騒ぐのです。今までそういうことをしてきたのです。ですから、どれほどかわいそうなことでしょうか。それ故に、女性達は本然の夫、即ち新郎となる師を捜し求めてきたのです。そこから、本来の夫を迎えるようになるのです。
 それで統一教会においては、一度結婚をすれば永遠を懸けて行くのです。先生が来たために、このようなことが始まるのです。それ故に、男性は、今までサタンの前で軽蔑され、苦労してきた自分の妻を、初めて捜し出して、男性として愛してあげて誇らなければなりません。』
(根本復帰1971年1月10日江原道・江陵教会(聖日礼拝))



■結局文教祖のDNA(遺伝子)を残すことが目的である血統転換

血筋というものは、永遠に継続するのです。血筋です。皆さんも、みな父母に似たでしょう。そうですか、そうではないですか? そうです。血液検査をし、DNAの根本に入っていけば、先祖がほかの人なら、すぐに分かってしまうのです。根本に入っていけば、自分は父母によって血筋が連結されているのです。また、その父母、父母、父母と、いちばん頂上に上がっていくと、本然の父母、本然の根本の根から始まった血筋ではないのです。血筋が引っ繰り返ったというのです。
 それで、神様が正常な立場に立って、すべてのものを治め、祝福してあげたかったのですが、主人が天使長になってしまい、神様は退き、エバは偽りの主人に相対する存在となり、天使長とエバが相対関係になってしまったのです。
 天使長とエバの体を中心として堕落したアダムは、半分しか成熟していませんでした。そのアダムを中心として血筋を連結したので、その血筋は完全なものではありません。では、血筋の主人はだれですか? だれが血筋の主人ですか? サタンがなることはできません。神様がなるのです。
(「天一国五年特別祝福」候補者への御言2005年2月8日 天宙清平修錬苑)


もちろんこの血統の主人は文鮮明教祖です。何度も言いますが、祝福は文教祖と女性の集団結婚で、文教祖と一体(象徴または実体)となった女性に天使長である男性に文教祖の女を下賜(払い下げ)する式なのです。


■象徴的に文教祖と一体になった女性の祝福家庭は、最終的には真の家庭か、36家庭、72家庭と姻戚関係を結び、最終的に文教祖の遺伝子につながることが最終的な血統転換、それができない場合はまず韓国人と婚姻する

『皆さんは、祝福がどれほど恐ろしい立場にあるか分かりますか。今までの宗教圏で、結婚を認めた所はありませんでした。皆、独身生活をするのです。仏教など、高次元の宗教は独身生活を強調しました。何故ですか。人類の真の父母が今まで結婚をしなかったからです。それを知らなければなりません。宗教は皆、結婚を否定しているのに、歴史時代に、統一教会が合同結婚をして、先頭に立ったのです。結婚を認めたのです。仏教には比丘と妻帯僧がいますが、比丘が妻帯僧になってしまっているのです。カトリック教会も、結婚を否定すれば問題が起こり、教会を離れたりするのです。
 真の父母様の御聖婚以来、一九六〇年代から全部変わりました。サタン世界はフリーセックスによって破壊工作に入り、一方は結婚時代に入ったのです。交差するのです。サタン世界はフリーセックスで結婚を否定しますが、統一教会は結婚を認めるのです。一方は反対の立場を取り、もう一方は収拾して行くのです。神様を中心として、高次元から低い所まで全部収拾し、家庭を中心とする世界統一理想へと越えて行くのです。
 故に、祝福がどれほど貴いか分かりますか。祝福家庭は自分勝手に生きることはできません。必ず、先生の直系の子女と一つにならなければなりません。先生の息子・娘、孫を中心として、全世界の全ての国々が結婚しなければなりません。祝福家庭は、どのようにして先生の直系の子女と祝福を受けることができるか。これが祝福家庭の願いです。世界万民の願いもここにあります。どの国の人が先生の血族と結婚するか。その結婚した血族が中心になってその国が一つになるのです。先生の家庭の三代までは、韓国人と結婚しなければなりません。それ以後は拡大するのです。今、先生の家庭は興進様を入れて四十三名です。これは摂理的数字です。出エジプト時代に入ったのです。四十三数は四百三十年の解放数に当たります。

 先生の息子・娘は多くいますが、子供をたくさん生むでしょう。百二十名を越えれば世界的になるのではないかと思います。皆さん祝福家庭の願いもそうです。そのためには、各国で、誰が原理の伝統の通りに生きているか。誰が家庭を中心として、復帰の心情を中心とする伝統を受け継いで生きているか。先生の御言をどのように実践しているかが問題です。このことを中心として、天の祝福が彼らと共に連結して一つになるのです。
 その次は、三十六家庭、七十二家庭など祝福何双という祝福家庭を中心として、サタン世界の家庭は、高いレベルの家庭と祝福を受けるようになります。先生の家庭と祝福を受けることが最高の願いですが、それができなければ、どのようにして、より高いレベルの祝福家庭の血族と結ばれて行くかが問題です。今後、祝福家庭は、息子・娘に讒訴されないようにしなければなりません。祝福家庭の後孫達はサタン世界と結婚できません。
(世界の女性の復活と解放1993年2月1日ベルベディア)



今後、皆さんの息子・娘たちの願いが何かといえば、韓国のご父母様を中心として、直系の血統とどのようにして結婚するかということです。これがアベルです。その次に、韓国人とどのように結婚するかということです。これはカインです。
 ですから、どのように韓国人と結婚し、アベル的な立場に立って、長子権の立場に立った先生の直系の息子・娘と、どのように結婚するかという問題です。それゆえ、カイン的息子やアベル的な直系の息子・娘と結婚するためには、韓国語を知らずには駄目なのです。』

(第六回「七・一節」敬礼式後のみ言葉 1996年7月1日 アルゼンチン・コリエンテス)


ですから祝福家庭の子女は直系の子女と結婚できるまで、サタン世界(祝福家庭以外)と交わることなく「純潔」を守らなくてはいけないのです。

結局、み言葉でも言っているように最終的には文教祖の血肉を受け継がなければ、救いにならないようですから。