2001年夫婦世界旅行のつづきです。パリ5日目の夜。一日中歩き回ったせいか、暑さも狭さも何のその、ホテルのベッドで私は夜の9時には眠りについていたのですが……。





part171部屋で爆発!!





要約: 夜、ホテルの部屋で眠っていると、突然、パーーンッ! 耳を劈(つんざ)く鋭い破裂音。びっくりして起きると、部屋は真っ暗。そこかしこに赤々と小さな火の玉? いや、それは焼けとろけたガラス片だった。レセプションに電話しても、暖簾に腕押し。溶け爛れたガラス片が散乱しているこの部屋で、このまま寝ろってか? クレームつけても、糠に釘。……で、ガラスの破片と一緒に寝たのだった。

















 夜、ホテルでとんでもない事故が起こった。





いつもは 「暑い~、狭い~、眠れな~い。」 と動物園のノイローゼの熊のごとく、狭い部屋の中を行ったり来たり、うろうろぐずぐずしている私だが、一日中歩き回ったせいか、この日に限って9時にはベッドに入り、グースカ眠りに落ちていた。





そして、夜10時半頃。突然パーーーンッという激しい破裂音。吃驚してがばと起き上がった。部屋の中は真っ暗。……何? 何? 夢?? 





部屋はシーンとしている。 ……ただの停電? 今の音は夢? いや、でも耳の奥の方にまだ痺れているような感覚が残る。しかし……夢? いや、なんだか嫌な臭いがする。やっぱり変だ!





目を擦りよくよく見回すと、部屋の奥に明かりが細く漏れている。あれは……? あそこにあるのは確か洗面所だ。洗面所の中の明かりがドアの隙間から洩れているのだ。洗面所の明かりが点いているってことは、停電ではない?





少しほっとしながら、しかし逆に余計部屋の真っ暗な静けさが不気味になり、今一度真っ暗な部屋を見回す。と、シーツの上や枕元、絨毯の所々に赤々と小さな塊がぽつぽつと見える。……何だ? 部屋の壁の辺り ――ランプが取り付けられていた辺りだ―― に火花が散って見える。きらきら赤い? 





再び自分の身の周りに目を落とす。私の脹脛(ふくらはぎ)の辺りや足の爪先の方のシーツに、小さなぽつぽつが赤々と、赫々と光っているではないか。燠火!? 火の塊だっ! アジャーーッ! (直接火の塊には触れていないので熱くはなかったが、自分が火にくべられたようで怖かった。)





慌ててシーツごと振り払う。赤くとろけた塊は床に落ち、すぐに色を失っていった。ふぅ。火事にはならずに済みそうだ。





しかし、一体何が起きたというの? 夫はどうした、どこにいる? 夫は無事か? 彼が寝ているはずのベッドの半分はもぬけの殻だ。なぜいないのだ? まさか……?





「○○さん(夫の名)、どこっ?!」 思わず叫んだ。すぐに、「ここっ!」と返ってきた。 ――「ここ」じゃ、わからんだろ。暗くて見えんのだから……。緊迫している割には相変わらず間抜けた夫婦である。





闇の中に目を凝らすと、彼は部屋の奥の窓の所に立っていた。夫も何が起こったのかよくわからないまま、危険を感じて立ち尽くしていたのだった。





火種が散乱している部屋は下手に動けない。洗面所の電気は点いているので、まず洗面所のそばにいる夫にドアを全開にしてもらった。すると、少し部屋の様子が分かってきた。





恐る恐る手を伸ばすと、ベッドの脇のランプも点いた。TVの主電源も入っている。異常なのは壁のランプだけのようだ。





壁のランプが最も明るい主光源だったので、それがない今はベッドサイドのランプを点けても薄暗い。





薄暗がりでベッドの上から靴を引き寄せ、ぱたぱた叩(はた)いてから用心して履く。一歩一歩部屋を点検する。部屋中焦げ臭い匂いが立ち込めている。





壁に付いていたランプは洒落たガラスのランプシェードだったが、それが見る影もなくなっていた。ランプの上には厚めのガラス板が蓋のように乗っていたのだが、それが粉々に砕け散っている。きな臭い。壁のランプが爆発した? どうやら、そうらしい。





いつものように壁のランプを点けたまま、夫が洗面所で歯を磨き終わって、部屋の窓を閉めようとしていた時、突然パーーーーンと破裂音がして真っ暗になったのだそうだ。なぜ? 誰も何もしていない。とにかく突然壁のランプは破裂したのだ。





部屋中に散乱しているガラスの破片は、燃えながら砕け散ったランプの残骸なのだ。拾えるものだけでも拾おうとしたら、ガラスは絨毯を焼き、溶けて貼り付いてしまっていた。きな臭(くさ)い臭(にお)いは絨毯の焦げる臭いだったのだ。


 


私が払ったシーツの上にも小さな丸い焦げ跡が数箇所付いていた。ぽっかりと小さな穴まであいていた。ガラスの火の玉が、かなり目の積んだ綿のシーツを焼き切ったということらしい。





……そこら中に冷めたガラスの破片が飛び散っている。先ほど真っ暗な中で私が見たのは、爆発直後の火花と、燃え溶けながら飛び散ったガラスの破片だったのだね。





焦げて穴のあいたシーツの辺りは、夫が寝ていたら丁度お腹の辺り。夫がいつも通り寝ていたら、今頃彼の腹に燃えたガラスの破片が刺さって、溶けて腹の皮に貼り付いていたはずだ。





私がいつものように眠れずに部屋をうろうろしていたら、思いっきり燃えとろけたガラス片を頭から雨霰と浴びていたはずだ。





たまたま起きていた夫も、たまたま部屋の一番奥の窓際にいたから、飛び散る破片を浴びずに済んだのだ。九死に一生とはこのことだね。





それにしても ……何ということだろう! どうして2つ星ホテルの部屋のランプが突然爆発するのだ? どうして火の雨が降るのだ? ガラスの破片が降るのだ? 全く理解できない。納得できない。





呆然としながらも、とりあえず、散乱しているガラス破片を拾えるものだけ拾ってみた。溶けて張り付いていない破片は切っ先鋭く、返って危険だ。





やれやれ。……ようやく一息ついて、しばし起こったことを考えてみる。しばらく考えてみても、理解できない。こちらは何もしていないのに、部屋のランプが突然爆発するなんて、常識では考えられない。





このまま黙っていたら、ランプの破裂をこちらの責任にされかねない。きっちりクレームをつけて置こう。





すぐレセプションに報告して、来てもらうことにしよう。二人とも急いで身支度を整え、貴重品を仕舞う。よし。あ、ちょっと待って。私はアイブロウで眉毛だけ書き足す。少しは負けん気の強そうな顔になった。よしっ。





しかし、こんな訳の分からない事態を一体どう説明したらいいのか、考えると頭がぐにぐにして気持ち悪くなってくる。最もシンプルに要点を伝えるしかない。爆発って何だっけ? 「えくらてéclater ?  えくすぷろぜexploser ?」  もう爆発と一緒にフランス単語もどこかに吹き飛んでしまった気がする。単語までも、拾い集めなければならない……。





クレームのセリフを一通り決めてから、受話器を取り上げる。さぁ、ど~出る? さすがにこれには申し開きようがあるまい?





しかし、レセプショニストは我々の電話に、 「もう夜遅いので何もできないです~。明朝、電気を替えますよ。」 と言う。おいっ。ちゃんと人の話を聞いているのか? 





「ムッシュー。電球が切れたのではなく、ランプが爆破したんですよ。破裂ですよ。ガラスの破片が部屋中に飛び散っているんですよ。危なくて眠れませんぜ。とにかく部屋まで見に来てくださいっ。」  見に来りゃ一目瞭然だ。





しかしムッシューはそんなお願いの仕方では一歩も動こうとはしなかった。 「部屋中の電気がすべて付かないんですかぁ? 」 と聞いてくる。





他の電気 ――と言っても、ベッドサイドの小さなランプと洗面所のランプだけだが―― は点く旨伝えると、 「そ~れでは、い~いではないですか! 今は夜で係りの者がいなくて対応できないのだからして~。明日やるから大丈夫です。問題ない。」 と電話は切れた。





「 ……切られた。」 目が点になったまま受話器を戻す。私とレセプショニストのやり取りを聞いた夫は、 「はぁ~? 」 と呆れ果ててもう怒る気も失せたようだった。 





どうする? ……しばらく黙り込んだものの、二人とも何も考えてはいなかった。もう思考停止である。そしてやがて夫がその場を締めるように言った。 「 ……とりあえず、報告したし。 ……寝ようか。」





ここで? このまま? とは思うが、他にどうしようもない。ガラスの散乱した薄暗い部屋を動くのも危ないし、寝ないより寝た方がいいやね。確かに今出来ることは、怪我しないように寝ることだけだ。 


 


ベッドを恐る恐る点検すると、またも私の寝ていた辺りに大きなガラスの破片を一つ発見。よく怪我をしなかったものだ。もし二人ともベッドに寝ていたら、間違いなく大怪我をしていた大事故だ。





ベッドの上を叩(はた)く度にぽろぽろ小さなガラスの破片が出てくる。いっそ下手に叩くよりこのままの方がましか? 





一通り目に付くガラスがなくなったので、そっとベッドに入ってみた。やれやれ、と枕をくいっと動かすと、ポロッとガラスの破片が落ちていく音が聞こえた……。





いつひょっこりガラスの破片が出てくるかもしれないので、シーツを動かさないようにして、とにかく横にはなったのであった。





じーっと身動きせずに寝るのはラオバオ越えの時以来だ(part52参照)。あの時はシーツの中から灰色の蛙が出てきたけれど、パリではガラスの破片だ。どちらもなんともスリリング! 無茶苦茶だ! 





朝は朝で、改めて苦情を言わなくてはならないのだから、寝ておかなくっちゃ。驚きと恐怖と腹立ちとで興奮状態であったが、いつの間にかグースカ寝入ったのであった。





ああ、パリ! ガラスの破片の夜は更ける……。




部屋の見取り図:ちょっとわかりにくいが、部屋に入ってすぐ右の壁のライトが爆発した。


パリのホテル




         つづく



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