2001年夫婦世界旅行のつづきです。7月19日、パリの国鉄北駅ですったもんだしているうちに、安宿のパンフレットは手に入りました。さて、パリの第一夜。お宿は……。








part139 マッチョマン・ホテル 


              à Paris








さぁ。気を取り直して、もうひと踏ん張り。宿探しだ。夫がもらったパンフレットを頼りに、北駅近くにある安宿に行ってみることにした。





駅を出て西の方に歩いて行けば、 「ラファイエット通り」 という歴史的有名人の名前を冠した通りがある。 (パリという街は、もう、通りの名前だけで人を威圧するね。) 大通りである。





だが、その他にも蜘蛛の巣のように道路は交差しており、いつの間にか道を一本間違えたらしく、袋小路に入ってしまっていた。いきなり、行き止まりだ。





引き返そうと振り返ると、あらあら、ホテルが道なりに並んでいるではないか。3つ星、2つ星、1つ星と色々取り揃えて並んでいる。どれどれ、様子を窺おう。





試しに1つ星のホテルに入ってみると、小さなレセプションには人影もない。呼び鈴を押して、出てきた男は、黒いタンクトップを着込んだマッチョマン。






ホテルのレセプションでこんな人、あり? ありえんでしょう。おまけに、目つきも悪い。真っ黒いもじゃもじゃな口ひげ。胸板厚く、全身がむきむきぱつんぱつんしている。にこりともしない。





聞くと、シャワー・トイレ付き、洗面台付きのダブルで、1泊276フラン (約4,800円) だと言う。日本人がそこそこ快適に泊まれそうなホテルは450~500フラン (約7,800~8,700円) はするから、安いと言えば、安い。





だが、我々は1泊150フラン (約2,600円) くらいを希望していた。それはあくまで 「希望」 で、まぁ、200フラン (約3,500円) ぐらいまでは妥協しなければならないだろうなぁ~とは考えていた。しかし、 “マッチョマン・ホテル” の1泊は、その譲歩の額よりも随分高い。





う~ん。 “マッチョマン・ホテル” 。いかがなものか……。





と、そこに宿泊客らしい若い男が、レセプションの脇の階段を降りてきた。 (人が降りてこなければ、階段だとはわからなかった小さな、真っ暗な螺旋階段であった。) 





これから食事にでも出るらしい。なにやらぼそぼそっとマッチョマンに呟く。マッチョマンは 「ああ、わかった、わかった。行っといで」 ってな感じで彼から鍵を受け取り、鷹揚に送り出す。くるりと身を翻し、レセプションの奥の鍵置き場に今受け取った鍵を丁寧に掛ける。あら、意外。ムキムキした体の割りに、動作は機敏で丁寧なのだね。





と、そこにやせ細った白人老女が一人、小さなスーツケースを引きずって入ってきた。大きな声で、 「私、ひとりなんだけど、部屋、ある?」 マッチョマンは彼女に負けじと大きな声で、何やら応対している。



 



「一週間泊まるんだから、安くしてよっ」 ってなことをお婆様はおっしゃっている。なるほど、パリでもこうして値切るのだね。






このお婆様はいくらで泊まるのかしら? と耳を澄まして2人の様子を窺う。が、声が大きい割に、細かい交渉の部分が聞き取れない。あっという間にお婆様はシングルのシャワー付きの部屋を決め、鍵を受け取ると、自分のスーツケースを引きずりながらホテルの奥の方へ入っていってしまった。






活気 (?) のあるホテルではある……。





お婆様は薄手のセミロングのワンピースを着ていた。それは夏物で薄いのか、着古して擦れて薄くなったのか、よくわからない代物だった。どうやら、このホテルの客層はあまり裕福ではないらしい。 (当たり前と言えば、当たり前だ。何と言ってもタンクトップのマッチョマンホテルだ。) あまりお上品なホテルではなさそうだが、特に悪質な感じもしない。






「さぁ、おまえさんたちは、どうするね? 泊まるかね? 止めておくかね? どっちでもいいけどさ。」 ってな感じで、マッチョマンが我々をちらりと見る。特にせかす様子もないが、 「用がないなら、俺ぁ、奥へ引っ込むぜ」 って感じである。





時計を見る。時刻は夜の8時を過ぎていた。空はまだまだ明るいけれど、8時だと思うと、疲れもどっと押し寄せてくる。婆様が一人で泊まれるホテルである。案外安全かもしれない。荷物も重いし、とりあえず今夜はそこに投宿してみることにした。





バックパックを背負って、レセプションの脇の細い階段を上る。螺旋状のようになっている狭い階段で、気をつけないとバックパックが壁に当たって、その反動でバランスを崩し転びそうになる。






はなっからベルボーイなどいないし、マッチョマンはさっさと奥へ引っ込んでしまったから、荷物は自分たちで運ぶしかない。う~ん。さすが、1つ星。





部屋は驚くほど狭いが、鍵も一応しっかりしているし、ドアチェーンも付いている。よろしかろう。重いバックパックが置けただけでもありがたい。






さて、遅い夕飯でも取ろうと、早速ホテルの近くを歩いてみた。





すぐ傍にギリシア風 (あるいはトルコ風か?) のファーストフード店があった。店先で、鉄棒に刺した肉の塊をゆっくりと回しながら、グリルでじりじり焼いている。肉の塊の外側の焼けた部分をナイフでこそげ取り、それをたっぷりのレタスといっしょにピタパンに挟む。いわゆる、 「シシカバブー」 なるものだ。





小さな店ながら、お客が何組か入って、美味そうにシシカバブーを食べている。店の中の蛍光灯が煌々と照って、ホテルを出るといきなり薄暗くなっていたパリの街の中で眩しく賑わって見えた。





客も庶民的な雰囲気で、子連れや学生たちが多く、気取らないのがよい。ここには人種差別をする給仕もおらん。ということで、入ってみた。





当然、看板メニューの 「シシカバブーのセット」 を注文した。するとほどなく、ファーストフード店でよく使われるサイズのお盆に、1.5~2cm角の太くて大きな棒状のフライド・ポテトが、そのままがががががっと山盛りになって出てきた。 「盆盛りポテト」 だ。





その “芋山” の麓(ふもと)に、たっぷりのレタスとたっぷりの肉を詰め込んでぱっくりと口が裂けたままの大きなピタパンが乗っている。





オレンジジュースも頼んで、これで1人32フラン (約560円) 。量と質を考えたら、日本よりかなりお安い。量的には、セット1人前を2人で食べて丁度いいくらいだ。





なんだか、久しぶりの 「肉」 である。久しぶりの 「温かいパン・柔らかいパン」 である。久しぶりの 「新鮮野菜」 である。残してなるものか! で、今日もお腹一杯になる。





腹をぱんぱんにして、マッチョマン・ホテルに戻る。今度はマッチョマンがレセプションに居合わせた。鍵を受け取り、 「お休みなさい」 を言うと、にこりと笑ったりした。お? マッチョも笑うとなかなかかわいいじゃないか。おやすみ、マッチョマン。





今度は膨れた腹を抱えてふーふー階段を上る。ようやっと部屋に辿り着く。やれやれ。シャワーでも浴びますか。





シャワールームがこれまた狭い! 畳み半畳弱ほど (50cm四方ほど) の “シャワールーム” だ。 (これをはたして 「ルーム」 と呼んでいいのだろうか? 排水溝のある 「盥(たらい)」 の周りにカーテンを吊るしただけじゃないか? )



 




おまけに、いくら捻っても温い水しか出ない。水圧はなかなかよい。が、シャワーを捻るとその風圧で、シャワーカーテンがビダビダビダッと私の体に吸い付いてくるではないか! でへぇぇぇ。勘弁してくれぇ。気色悪い~。





“盥シャワールーム” のすぐ隣にトイレがある。どれどれと、蓋を開けたら、これがまた……! 便器には黒い便が懲り固まって、ところどころに点々とこびり着いている。でへぇぇぇぇ。掃除しておいてくれぇ。





部屋にはテレビが備え付けられていた。お、こりゃいいや、とスイッチを入れたら、ものすごいボリュームでテレビが喚き始めた。慌ててリモコンの音量スイッチを探るが、これまた、音量の調節が一切利かない! どの番組に変えても、ガンガン五月蝿く、見ていられないので消すしかない。このホテルの人たちは、みんな耳が遠いのか?





何から何まで、アジアの安宿と同じレベルである。 ……っていうか、アジアの安宿の方がずっとましである。やれやれ。ここは一晩で十分だ。明日また宿を探そう。……これが、パリなのね……。


    


   つづく


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