病気になり死にかけました。 | 元U-20ホンジュラス代表GKコーチ・山野陽嗣の「世界一危険な国での挑戦」

病気になり死にかけました。


 「それ」は、突然やってきました。

 ある日の夜…。睡眠中に激しい発熱と悪寒、全身の痛みに襲われます。

 翌朝になっても症状は治らず、最初は単なる風邪だと思っていたので風邪薬を飲んで安静にしていたのですが、症状は良くなるどころか、さらに悪化…。

 3日目にもなると頭痛、吐き気、下痢にも襲われ、ベッドから起き上がる事さえままならない状態に陥ります。意識も徐々に薄れていく中で、「これはちょっとタダごとではないな…。自分1人の力ではどうにもならない」とU-20ホンジュラス代表の同僚のコーチに助けを求める電話をかけます(この時には電話をかける…というか、声を出す事さえ困難な深刻な状態に陥っていました)。

 U-20代表の同僚のコーチが車で我が家に駆け付け、彼の車で病院に連れて行ってもらい、血液検査を受けました。その結果をホンジュラスサッカー協会専属のドクターに見てもらったところ…

 「これは、デング熱の可能性が高い」

 …と言われます。

 ところが…「デング熱の可能性が高い」事は判明したのですが、このデング熱に対する特効薬はないという…。「しっかり水と栄養ドリンク、薬を飲んで安静にして回復を待つしかない」と言われてしまいます(そもそも本当にデング熱だったのかも定かではない)。

 ドクターの言う通り水と栄養ドリンク、薬を飲んで部屋で安静にしていたのですが、一向に回復の兆しは見えません。それどころか、症状は益々悪化…。

 「何か食べないと余計に元気になれない」と思い、食べ物を見るだけでも気持ち悪くなるような状態の中で、バナナだけは食べれたので何とか食べたのですが、バナナを食べると数分後には吐いてしまうという、成す術がない状況…。何か食べ物を口にすると、必ず吐く…。パンさえ、食べれない…。自分の意思とは無関係に、体が全く食べ物を受け付けないのです。

 回復の兆しが全く見えないまま、4日、5日、6日…と時間だけが経過。発熱、悪寒、全身の痛み、頭痛、吐き気、下痢…地獄のような苦しみが、1日24時間、延々続きます。特に僕を恐怖に陥れたのが、頭痛。20秒に一度、右目の上の方にズキンと激痛が走るのですが、20秒後に痛みが絶対にくるって分かっていながら逃れられない恐怖…。これが1日中続くのです。

 トイレに行く時以外はベッドから起き上がれないほどの状態。しかもトイレに行くために「起き上がる」という行為自体が、体がまともに動かないので極めて困難。やっと3m先のトイレに辿り着いても、小さえ立ってできないので座って用を足すのですが、今度はトイレに座ると立ち上がれない…。何とか立ち上がっても、また脚がガクガクして立っていられなくなってトイレの床に座り込み、そのまま30分間起き上がれません…。トイレに行くのに、毎回、命を削る思いでした。

 毎日、このような状態が続き、回復の兆しが全く見えない中でひたすら苦しみに耐える時間を重ねていく中で、心身ともに著しく衰弱します(しかも前述したように食事がとれない)。さらには全身の皮膚が火傷したかのように赤くただれてしまう謎の症状まで現れる…。「俺、このまま死ぬんじゃないか…?」と思い、日本の両親に電話して「最後の言葉」を伝えようかとさえ、脳裏をよぎりました。周りのホンジュラス人たちも「Yoji、このままじゃ死んでしまうぞ」と凄く心配していました。あまりの苦しさに「苦しいよ…。苦しいよ…。何でこんな目に遭うのか…」と、毎日、涙が出ました。

 苦しみに耐えられないのでサッカー協会専属のドクターに電話し「何でも良いから注射を打ってくれ」と頼みます。するとドクターからは「注射は打てるが熱を下げたり体の痛みを和らげる効果こそあれど、デング熱の菌を殺す効果はないんだ」と言われます。それに対して僕は「それでも良いから注射を打ってくれ。とにかく、今の状態はもう1日たりとも耐えられない」と懇願し、夜にドクターに家に来てもらって注射を打ってもらいました。

 ドクターは「あと2週間は安静に…」と言いましたが、僕には「あと2週間も安静」にしている時間はありませんでした。なぜなら、翌週からU-20ホンジュラス代表の大事な合宿があるからです。「病気なんかで合宿を休むなんて、もってのほか。そもそも病気で仕事を休んだ事なんか、一度もないんだ。絶対に合宿までに病気を治す。必ずW杯に出場するんだ」 …病気で意識が朦朧(もうろう)としている状態の中でも、「チーム」と「GKたち」に対する想いだけは消えませんでした。



 この「想い」が神様に通じたのか…。U-20代表の合宿が始まる前日に、奇跡的に病気の症状が回復。何とかギリギリ、合宿に参加できる状態になりました。

 ところが…。1週間以上もまともに食事さえ取れずに病気に苦しまされていた僕の身体は、全く万全な状態ではありませんでした。「合宿の間、俺の体はもつのだろうか…?」 自身の健康状態にここまで不安を抱えての合宿は、これが初めてでした。

 
ホンジュラス人選手のメンタリティーは非常に特殊で、キツく怒らないとちゃんと練習しない事もしばしば…。指導には大きなエネルギーを要します。しかし今回の自分は病み上がりで、大きな声を出したりするエネルギーがありません。果たして、大丈夫なのか…?

 そんな病み上がりで万全な状態とはほど遠い僕を助けてくれたのが、U-20代表のGKたちでした。僕が何も言わなくても練習前にはすでにGK練習できる準備をして、自主的にアップを始める…。怒らなくても真面目に真剣に高い意識で練習に取り組む…。それらは全て、2月にチームが発足してからここまでの9ヶ月間、自身が何度となくGKたちに指導してきた事でした。

 「9ヶ月間、根気をもってGKたちに指導してきた自身の哲学(プロ意識など)が、ようやく浸透してきた」

 病み上がりで万全な状態ではなかった事で、逆にGKたちの成長ぶりをより感じとる事ができました。彼らのこの素晴らしい姿勢により、僕は怒ったりする余計なエネルギーを使う事なく、技術的指導に専念できました。本当、GKたちには救われました。彼らには感謝の気持ちで一杯です。

 今回の合宿では、U-21キューバ代表との親善試合も行いました。相手はリオ五輪出場を目指す「U-21」代表で、我々U-20代表(19歳以下の年代なので実質U-19代表)よりも1つカテゴリーが上。しかもこのキューバ代表は、ホンジュラスが出場できなかった前回のU-20W杯に出場したメンバーが中心となっているチーム。キューバは国を挙げてこの世代を強化しており、ホンジュラスに来る前にはU-21エルサルバドル代表にアウェーで勝利。我々にとっては、紛れもない「格上」でした。

 そんな相手に、U-20ホンジュラス代表は「3-1」で逆転勝利。新戦力が高いレベルで融合して、カテゴリーが1つ上で前回のU-20W杯にも出場した強豪相手の見事な勝利は、チームとしてもGKとしてもGKコーチとしても、大きな自信になりました。「W杯出場に向けて、チームが進んでいる方向は決して間違っていない」と確信をもつ事ができました。

 スタメンGKの活躍には当然ながら大きな手ごたえを掴みましたが、僕の「GKコーチとしての手ごたえ」は、それだけではありませんでした。サブGK2人が、素晴らしい姿勢でこの試合に臨んでくれたのです。

 この日の試合で、サブGK2人に出番はありませんでした。それでも2人とも公式戦と同じテンションでGKアップに臨み、僕が蹴る1つ1つのシュート、クロスを高い意識で受け止めました。それだけではなく、スタメンGKがアップでシュートを受けている時は率先して球拾いを手伝ってくれ、スタメンGKがキック練習をしている時は嫌な顔1つせずそのキックを受けてくれるなど、しっかりスタメンGKのアップをサポートしてくれました。さらに、試合中にフィジカルコーチとアップをしている時は、いつ出番がきても対応できるよう、全力でダッシュを繰り返していました。

 「我々U-20ホンジュラス代表は、スタメンGKだけではなく、サブGK、第3GK…全てのGKが一丸となって戦ってW杯に出場するんだ。チームにとって全てのGKがカケガエのない大切な存在なんだ」

 …これも、この9ヶ月間で自身がGKたちに説いてきた哲学でした。サブGK2人はこの日のU-21キューバ代表との親善試合で、それを忠実に実行してくれました。その事が何よりも嬉しかったし、そこにGKコーチとして「大きな手ごたえ」を感じました。僕は試合後にサブGK2人を呼び出し感謝の気持ちを伝え、「お前たち2人の今日の試合へ臨む姿勢は最高だった。この姿勢を継続していれば、チャンスがきた時にも必ず生かせるから、今後もしっかり続けていって欲しい」と声をかけました。


 こうして僕は、病み上がりで健康状態に不安を抱える中、GKたちの素晴らしい姿勢と取り組みに助けられ何とか今回の合宿を無事に乗り切る事ができました。

 今回の合宿ではボールを蹴っていても体に力が入らなかったし、合宿が終わった今も、まだ体に力が入らないなど、万全の状態には戻っていません。

 それでも、今月20日からは大事なコロンビア遠征があります。コロンビアで同世代のコロンビア代表、ベネズエラ代表、ペルー代表と対戦。いずれも強豪です。

 1月にジャマイカで行われるW杯最終予選に向けて、協会は僕たちに最高の強化スケジュールを組んでくれています(11月にはメキシコで行われる「U-21代表+3人のオーバーエイジ」の大会に、我々ホンジュラスはU-20代表で臨む事が決まっている)。協会、ホンジュラス国民の期待に応えるためにも、必ずW杯出場を果たします。

 


◆連絡先メールアドレス: cafehondurasyoji@hotmail.co.jp



facebookフェイスブック(誰でも閲覧可能!)やじるしYoji Yamano/山野陽嗣



ツイッターツイッターやじるし@yoji_yamano



メラメラブログその1やじるし「26歳」からのプロサッカー人生!山野陽嗣の「笑顔」で不可能を「可能」にするブログ