わたしね、最近の自分を思い起こしながらね
どうして「わたしってつるむのが苦手なんだ?」って考えてたのです。
人に囲まれるのは嫌いではないのだけど、それは時間に限りがあってこそできることで
長時間になってくると、「早く帰りたい!」ってなるんです。
イベント好きだし
お話会も好きだし
主催もやってきたし、今は呼ばれたら「ホイホイ」喜んで伺っているし
人嫌いではないのに
でも、どこかでいつも「一人になりたがろうとする」って。
そのことに関してね、アワ的な思考に陥りかけていたんです。
…わたしはまだ何か解消できていない闇があるのかしら?
…人が嫌って自分のことも嫌ってこと?
んな、感じね♪
わかりますよね^^
こういう自責タイプに考えていくのが、アワ(女性性)の性なんです。
でも、一人え☆ちしてたらね、それにも答えが出たんです。
溶けて、解けた。
わたしが今、こうして個として肉体を持って生きている意味ってね
分離感を楽しむためでしょう。
わたしはそう、昔っから「人と違う」自分が大好きだったんです。
それは今も色濃くあって、だからこそ今の活動もあるし、って思うんだけど
「人と同じ」になりそうな場所からすごく離れようとするところがある。
だから、流行りだからってなんでもかんでも取り入れるの好きじゃないし
(大学生のころ、みんなヴィトンとか持ってたけど、ぜったい持ちたくなかったり)
楽しそうに集っているのを見て、「いいな~」とは思うんだけど
肚に「じゃあ、行きたいの?」って聞くと「否」というし
わたしって…
わたしって…
う~ん!!
そんな風に想うこと、多々あります。
でも、一人え☆ちの最中に浮かんだのは
それだけわたしは「わたしの個」の分離感を大事にしてるんやん!ってこと。
人と同じようになりそうになると、逃げること
ただただ楽しそうだからといって、なんでもかんでもにつるもうとしないこと
「わたしはわたし」って気取っていること
それらすべて、「わたしの個」の部分を
すごくリスペクトしていることなんだなって思ったの。
友達少ないし
それは夫も同じでホント友達と呼べる人少なくて
二人でいるときは、さほど気にならないのに
たまに「アワ」の扱い難いところが発動してね♪
人の楽しそうなのにざわざわしたりするんだけど
本当のわたしは、そんなこと望んじゃいないのね。
ただ、夫という「陽」とわたしという「陰」が組み合わさって「交尾む(つるむ)」ことは
(そうさっき、つるむの漢字変換で「交尾」が出てきて、びっくりした!)
たぶん命として心地いいことなんだけど
そこさえしっかり交尾(つる)んでいれば、他はさりとてそんなに重要ではないのだなぁということがわかったのでした。
自己肯定できないって、つらい。苦しい。
そんな時間は1分1秒でも持ちたくないって願うけど
どうしても囚われてしまうときがある。
セ☆クスは
そして、一人でするせ☆クスは
それらを溶かしてくれる効果ありってこと
とってもよくわかる今日の出来事でした☆
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