昔の漫画をめくっていたら「レニングラードの椰子の実」ってのが出てきたのだけれど
ありゃありゃレニングラードっていう名称もなんだか懐かしいねえ、
確か今はサンクトペテルブルグで、いずれは、”ぷーちんランド”
に改称されるのではなかったかな。
・・・などと戯言をいいつつめくっていたのはアメリカ製の電子ブックで、
中身は遠い昔に読んで黄色くなって眠っていた漫画を電子データ化したものである。
震災後、本の自主電子化を進捗中だ。細々と蔵書を業者に頼んで電子化(PDF)し、
PCや専用機(私の場合はAmazonキンドル)で読めるようにしているのである。
これはただ、狭い家に比べてむやみに本が多いので、地震で本に潰されて死ぬ前に
モノとしての本を減らそうと思ったのである。
電子化する対象となる本は基本、読了済みであまり読み返さず、
物体の本としてはあまり未練がなく
読み返すにしても飛び飛びにつまみ読みしないようなものに限っている。
だが、次々と本を出すうちに、読み終わった蔵書だけでなく
古書店で投売りされているような本も新たに買ってきて電子化して読むようになった。
ただ同然で買った本は傷みや汚れがひどいものもあるが、電子化してしまえばまったく
気にならないので、電子化の手間賃を払っても非常に安値で本が手に入るのである。
本を電子化してしまって良かったのは、
もちろんホコリのたまるモノが減って家の中にスペースができたこと。
本棚にスペースができるとまた新しい本を買って、本の新陳代謝が進むこと。
電子化した本にはOCRテキストがついているので、PCで全文検索が
可能になること(精度の問題はあるが)。
さらに死んだ後につまらない本を持っていたものだと
妙な評価を受けたり、本の始末で迷惑をかける心配がいくらか少なくなったこと。
もちろんデメリットもあって、機械と電気がないと読めないとか、
著作権だののこともあるので他者に気安く本を渡すことができなくなったとか、
さらには電子化された本をあれこれ読んでいて、
たまたま参照しようと思った本が紙の本として隣の部屋の本棚にあったりすると、
狭い家を移動するのでさえ、ものすごく面倒に感じることなどもある。
全体として、本の電子化はやむを得ない選択だと思うし、
今は自炊と称して自前で電子化している本も、
今後は初めから電子データで流通することが増えるのは不可逆的な流れだと思う。
もちろんそれでも、紙の本や雑誌はなくならないし、私も買い続けることだろうとも思う。
それにしても現在の電子書籍を巡る世の中の動きには非常に前時代的なモノを感じるが、勝手にやっておくれ、私は向こうで見てるから。