「火の神ジョンイ」は、ジョンが陶工ということで、国が管理した官窯(かんよう)が主な舞台でした。
中国に倣い作られたのであろうかと思われますが、国営の窯を分院窯と呼んだそうです。

宮中の食事を司る部署を司饔院(サオンウォン)、その食事に使う白磁を焼かせた部署をその司饔院の分院(プノン)と。



焼き物の産地は、
・まず良質の土が取れること
・そして登り窯を作るには自然のなだらかな傾斜があること
・さらに大量の薪を使うので、木がすぐに取れること
・消費地である首都 漢城まで運べる川や道路が整備されていることなど
いくつか条件が整っていないといけないそうです。


李氏朝鮮時代、分院の陶工は技術を確実に伝えるため世襲制であったそうです。
身分は奴婢。
分院の沙器匠(サギジャン)はじめ工人380人。地方窯に93人←世宗の頃の朝鮮王朝実録の数だそうですが^^;



主人公の1人光海君をはじめとして王子3人が頻繁に宮中と行き来しているので、どんだけ近いねん?!と、またしょうもないところに食いついて調べたのですが、15世紀頃からは、現在のソウルの南東の京畿道広州にあったそうです。
窯跡が広州で100か所あまり見つかっているそうです。
地方窯を加えると、各地に数百か所にもなるそうです。
広州窯は、王様の使う食器を作る場所なので陶工をはじめ最高のスタッフであったのでしょうね。


当時は植林しないので、木を伐りつくしたら10年あまりで転々としたので窯跡多いようです。
またかなり後まで道も整備されていなくて、道幅も狭くでこぼこ道で、多くが運ぶ途中で割れるので、大きな河川、漢江に近いことも条件の1つであったそうです。


李朝時代は、高麗青磁に対して白磁が有名ですね。
ドラマでも白磁が作られていました。
崇儒抑仏政策がとられ、そのために白が尊ばれ祭祀に使う祭器も白磁が使われたそうです。
(↑もうじき始まる「鄭道伝(チョン・ドジョン)」がすすめた政策の1つですね)


上質な白磁は、宮中で使われる他に、中国への献上品としても重要な品であったそうで、絵付けには宮中から画員が派遣されることもあったそうです。

王様の食事、ドラマで見ていると、ずいぶん離れた所から運んでいますよね。
なので、冷めないような工夫がいくつかされていて、厚手で重いのだそうです。



分院窯は、長い李朝時代、国が衰えていくと国営ではなく民窯になっていったそうです…


私は韓国に行ったことがないので、結局ソウルから、広州の分院までどのくらいかかるのか、謎のままでした。
だって…窯跡、多過ぎですやん(笑)




昨日も完全に寝てしまい用意していたのが未完…
で、ドラマを見てメモっていたこちらのほうが、まだましなので、出してきました。
もう少し後からと思って、まだあまり書き直していないので文章とても変ですがお許しを。
追記・修正したいと思います。



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