今後の地球を考える上で重要なサポートをして行くのは月人(月の倭人)です。
多くの読者の方が、「そんな馬鹿げたこと信じられない」と感じているに違いないと思いますが、今後、私が少しずつ紐解いていくつもりです。金星に人がいるならば、月にも人はいる可能性が高いですからね。
彼ら月人は、とんでもない技術も持っていた(いる)ようです。日本神話を調べていくうちに、その素晴らしい技術の一端が少しずつ見えてきました。今後、テーマごとに記事にしていくつもりです。
約3500年前に、地球再興のために月からやってきたのは、丹生都比売や七福神と呼ばれる人達を中心とした人々だった、ということは先日書きました。神代の時代は、本来、月から来た人々を神と祀っていたようです。
七福神の中では紅一点が弁才天。弁才天=イチキシマヒメ=アメノウズメです。
イチキシマヒメと言えば、宗像三女神(むなかたさんじょじん)。記紀ではタギツヒメ、タゴリヒメとともにスサノオの娘三姉妹とされ、宗像大社に祀られています。
本殿より重要な場所だと思われる高宮祭場への入口。
この先にタギツヒメ、タゴリヒメを祀る第二宮、第三宮があります。
そして一番奥に高宮祭場があります。ここは宗像三女神の降臨の地とされています。
こちらがその祭場。宗像大社最大のスポットだと思います。私が参拝した際、周りにたまたま誰もいなかったのですが、突然強風が吹き、この祭場の中で踊りが得意だったアメノウズメが舞っているような感覚を受けました。
ただし、記紀はこれまでご案内してきたとおり、大きく改竄されています。宗像三女神についても、スサノオの娘というのは創作のようです。
実際には造化三神の一人タカミムスビノカミ(ヤゴコロオモイカネノミコト)とアマテラスオオミカミ(ニウツヒメオオカミ)の娘です。
真実は、このような系図になります。
三女神の両親が月人であるということは、イチキシマヒメ以外の二人(タギツヒメ、タゴリヒメ)も月人ということになり、月で誕生していたようです。
そして、そろって地球にやってきたようです。タギツヒメはミホツヒメでもありますので、地球に来てオオクニヌシと結婚したようです。
ただし、この三女神は、三人一緒に同じ場所に降臨したのではないかと思われます。その場所は高天原でもなく、宗像大社の地でもないようです。
宗像大社から少し離れた現在の福岡県鞍手郡に、六ケ岳という三女神の降臨地ではないかと伝説が残っている場所があることを、ネットで調べて知りました。そこには、六嶽神社という古い神社があり、三女神を祀っているようです。
先日、宗像大社のついでに六嶽神社を参拝してきました。
人里離れた寂しいところにある神社で、誰ひとりいませんでした。正直言って心細い感じがしましたが、参道を登っていくと物凄い神気でした。
案内板には、紀元前七〇〇年に三女神が降臨した地と書かれています。
この神社を参拝した瞬間、私はここが三女神が月から降り立った地だと感じました。
案内板には2700年前となっていますが、これは神武天皇誕生を2670年前にしたのと整合性を取ったものだと思います。実際には3500年前のはずです。
それでは、何故、三女神は宗像大社に祀られているのでしょうか?
実は、現在の宗像大社の場所は、佐賀大和朝廷の支所みたいな場所だったようです。宗像大社の高宮祭場ではアメノウズメ(イチキシマヒメ)を中心に月の舞を披露していたようです。
まだ、詳細は分かりませんが、今後、その場所の重要性が分かってくると思います。
いずれにしても、宗像三女神は月からやってきたのです。
最後まで読んでいただきありがとうございます。