第55話 私だからできること その4 | 【小説】Cafe Shelly next

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喫茶店、Cafe Shelly。
ここで出される魔法のコーヒー、シェリー・ブレンド。
このコーヒーを飲んだ人は、今自分が欲しいと思っているものの味がする。
このコーヒーを飲むことにより、人生の転機が訪れる人がたくさんいる。

「あの…失礼を承知でお伝えしてもいいですか?」

「もちろん。何か気づいたかな?」

 私は読んで思ったことを一つ一つ指摘をしてみた。そのときの岡野さんの表情が、さっきまでのおちゃらけて笑っていたものとは異なり真剣なのが受け取られた。

「なるほどねぇ。私達はついこれが当たり前だと思っていたな。今西さんからはそう思えたのか…ふぅむ…こりゃ早速書きなおさないとなぁ」

 ここで私はふとこんなことをひらめいた。

「あの…ご迷惑でなければ私がそれをやりましょうか? 言い出したのは私ですから」

「えっ、今西さんがやってくれるのかい?」

 今思えば、どうしてそんなセリフが言えたのかが不思議だった。きっと岡野さんの雰囲気がそう言わせたんだろう。結果的に、私がその修正作業を請け負うことに。もちろん岡野さんもフォローしてくれるということで、取引先の人も納得してくれたようだ。

「じゃぁ早速作業にとりかかろう。一緒に社に戻るとするか。マイちゃん、マスター、ごちそうさま。また来るね」

 岡野さんはそわそわして、すぐに帰ろうとした。私は残りのコーヒーを慌てて口にした。このとき、さっきとは違う味がした。というより頭の中である映像が思い浮かんだ。

 私、パソコンに向かって何かを作成するのに取り組んでいる。そしてそれを使って我社の上層部に堂々とプレゼンテーションしている。さながらビジネスウーマンって感じ。こんなのいいな。なんかかっこいい。

 でも私は一介の事務員。しかもミスを恐れてばかりのダメ社員。こんな私が…そう思ったが、シェリー・ブレンドは私が欲しがっているものの味がするって言ってたな。これも私が欲しがっているものなんだろうか。そんなことを思いつつ、岡野さんの後を追って社に戻った。

 社に戻ると、課長から遅かったなと文句を言われそうになった。が、ここは岡野さんがうまく私をフォローしてくれた。それどころか、今回の企画書に関して私の力が欲しいのでやらせて欲しいと積極的に口説いてくれる。じゃぁ仕方ない、ということで私は早速先ほどの企画書の手直しの作業にとりかかった。

 やり始めて気づいたこと。こういう仕事、私嫌いじゃないな。嫌いじゃないどころか、結構向いているかも。最初から企画を立てるのはさすがに難しいけれど、人の作ったものを添削して装飾をつけるっておもしろい。

 おかげでわずかな時間で企画書の再構成ができあがった。そして岡野さんへ社内メールで送信。すると、十分もしないうちに岡野さん私のところに飛んできた。

「今西さん、これすごいよ。とても読みやすくなったし、わかりやすくなった。これならみんな納得してくれるだろうなぁ」

 そう言われてすごくうれしい。こんな私でもお役に立てたんだ。ちょっと照れるけど、こうやって人に言われるのっていい気分。

「こりゃ商談が成立したら、フランス料理のフルコースだな」

 岡野さん、笑いながらも本気でそう言ってくれる。

「あら、岡野さん、ともみちゃんを口説いてるの?」

 私の横に座っている先輩の久美子さんがそんなことを言う。先輩といってもかなり年上で、仕事の上では信頼出来るんだけど口が軽いのが気になる人。

「そうなんだよ。今度一緒に食事する約束したからなぁ」

 えっ、そんなこと久美子さんに言ったら、私と岡野さんの関係が変なふうに広がっちゃうじゃない。

「えーっ、岡野さん本気で口説いてるんだ。ともみちゃんは手強いぞ」

 久美子さん、半分冗談のように言っているけれど目は真剣。

「ち、違いますって」

 私は慌てて否定をするけれど、久美子さんは間違いなく私と岡野さんのことを間違った情報で広げちゃうだろうなぁ。けれど岡野さん、こちらも真面目な顔でこんな言葉を。

「いや、本気で今西さんを口説くことにしたよ」

 いきなりの交際宣言? しかも会社の中で。私の胸はドキドキ。顔も真っ赤。はずかしいやらうれしいやら。