妻の出産を今か今かと待ちわびる落ち着きのない王がいた。
王の名はパパス、妃の名はマーサと言った。
マーサは、今まさに母になろうとしていた。
そして、パパスもまた、父になろうとしていた。
コチ、コチ、コチ、コチ。
これは時計の音。
パパスは、王の間をうろうろと往復しながら、
また、臣下の進言に従い、王座に座りながら、
ただただ、待ち続けた。
立っては座り、座っては立つせわしない王を見やりながら、
落ち着くように、と臣下が言う。
コチ、コチ、コチ、コチ。
パパスは時計の針の音が、
これほどに遅く感じるものかと、
嬉しさと苛立ちの中間を行ったり来たりしていた。
パパスは国王でもあり、歴戦の英雄でもあったが、
どんな政治的判断よりも緊張し、
どんな戦いよりも息が詰まる思いをたった今していた。
しばらくの後、
階段から駆け降りてくる者がいた。
「パパス様、お産まれでございます!」
駆け降りてきたのはサンチョ。
パパス王の付き人である。
出産の報を聞くや、急ぎ階段を駆け上がるパパス王。
ついに子が産まれた。
侍女から聞くには、たまのような男の子だとか。
念願の男の子。
長男にはこの国を継いでもらわねばな。
国を継ぐにふさわしい子だろうか。
いや、焦りすぎだ。
国を継ぐことまで考えるのは、
今ではなく、その子が大きくなったときだ。
なんにせよ、
私とマーサと、この国と、
そしてその子、そうだな、トンヌラと名付けよう。
私たちの幸せな暮らしが、
今から始まるのだ。
これからは、子守りに政治に、大忙しだな、わっはっは。
パパスは、階段を駆け上がりながら、
廊下を駆け回りながら、
ほんの短い間に、そんなことを考えていた。
その幸せな生活を信じて疑わなかった。
「マーサ!」
「あなた。」
「トンヌラは!?」
「まあ、もう名前を考えてくださったの?勇ましそうで賢そうで素敵な名前。でも、わたしも考えてたのよ。カインっていう名前はどうかしら?」
「カイン?どうもパッとしない名だな。しかし、お前が気に入っている名前なら、その名前にしようじゃないか。」
そしてパパスは、
たった今カインと名付けられた赤子を抱きかかえながら、
「カイン」「カイン」と嬉しそうに連呼するのだった。
パパスはふとカインからマーサに目を移した。
「ん?マーサ!?どうした、マーサ!?」
カインは夢を見ていた。
あまりに臨場感がありすぎて、
それが夢だということに、最初は気がつかなかった。
「なに?どこかのお城にいたみたいだった?わっはっは、寝ぼけているな?外の風でもあたってくるといいだろう。」
そう言うのは父パパス。
そう、6歳のカイン少年は、
今、父パパスの探しものの旅に同行し、
船で移動中であった。
ほどなく、船はビスタ港へと到着した。
降りようとするパパスとカインに対して、
乗り込もうとする恰幅のいい男と2人の少女が対面した。
黒髪の少女は、船へと駆け上がり、
ぶっきらぼうにパパスに言う。
「どいて。じゃまよ、おじさん。」
青髪の少女は、自力で船には上がれず、パパスの手を借りて言う。
「あ、ありがとう。」
恰幅のいい男は、パパスに言った。
「申し訳ない、うちの娘たちが。」
パパスは答えた。
「いえ。こちらこそ、船に乗せていただいて感謝します。」
カインは、その様子をしげしげと見つめていた。
恰幅のいい男と2人の少女。
カインにとって、彼らは、
ただ、道で1度すれ違ったに等しい存在だった。
だから、カインたちと入れ違いに出航する彼らを
カインは特別何の感情も持たずに眺めるのだった。
「ここは2年ぶりだな。」
パパスは、カインを連れて、
陸路でサンタローズへと向かう。
サンタローズの人々は、パパスに対して実に温かかった。
「おかえりなさい、パパスさん。」
「アンタとは喧嘩ばかりしたが、いなくなると寂しいもんだぜ。」
「これも神のお導き、なんて堅苦しいことは抜きにして。やったー、パパスさんが帰ってきたー!」
人々は、口々にパパスの帰還を喜んだ。
人々の中に、カインは記憶の奥の懐かしい顔を発見する。
サンチョ。
確か、夢の中にも出てきたような・・・。
サンチョはパパスに歩み寄り、
「おかえりなさいませ、パパス様。」
と、涙ながらに言い、家へと案内するのだった。
家へ入るや否や、
「お帰りなさい、おじさま。」
と、おさげ髪の少女が挨拶をする。
少女は、カインに話しかけた。
「わたしはビアンカ。覚えてないでしょうけど、あなたより2つお姉さんなんだからね。」
どうやら、ビアンカは、
父の病気の薬をもらうために、
母に連れられてこの村を訪ねたらしかった。
「そらに・・く・・せし・・、ダメ、この本は難しい字が多くて読めないよ。」
自分から本を読んであげると言ったものの、
ビアンカにとって、パパスの研究書物は難しすぎた。
もちろん、カインにとっても。
カインがこの文献を読めるようになるのは、
まだ20年もの歳月が必要だった。
「ビアンカ、そろそろ宿に戻るよ。」
「はーい。じゃあ、またね、カイン。」
カインに別れを告げ、宿へ帰っていくビアンカ。
カインにとって、
ビアンカもまた、ただちょっと会ったことのある人物、
という存在であった。
カインもビアンカも、
10年後のことなど、考えたこともないのだったから。
カイン:レベル2、プレイ時間17分。

にほんブログ村