165 遭遇 (中) | 鰤の部屋

鰤の部屋

数年の時を経て気まぐれに更新を始めたブログ。
ネタが尽きるまで、気が済むまで更新中。

 春恵との再会から二週間くらい経った日曜日だった。
 気が向いたから春恵と再会した場所へ行く事にした。本屋で本を物色したり、そこにあるデパート内をただ歩き回ろうと思っただけで、あわよくばまた春恵に会いたいなんて事は考えてはいなかった。いや、本当に。
 昼を跨いで四時間くらい歩き続けていたと思う。昼食目的の客で列が出来ていた飲食店も一息つけるくらい空いた頃、お腹の方もそろそろ厳しくなってきたため、どこかで何かを食べようとしていた。
「お~い、やっほー」
 ぼくの目の前で目一杯こっちが恥ずかしくなるほどに手を振る女の子が居た。ぼくは人違いを避けるために後ろを見てみた。
「他人の振りするなよー」
 間違いない、ぼくに言っている。
「やあ、春恵。こんなところで何してるんだ?」
「ちょっと友達があっち行っててねー。待ってる。そっちは?」
 春恵は目でその方向を示した。その先はトイレ。まあそういう事だ。
「本屋とか見て回ってたんだ」
「何かいい本あった?あ、あの漫画ってどうなったの?シュビビーンだっけ?」
「あれ?あれはもう完結したよ」
「そっかー」
 春恵が言ったのは、中学時代にぼくの家でよく読んでいた漫画だった。でもタイトルは間違っているのだけれど、響きとかはそんな感じのタイトルだからすぐに分かる。
「おまたせー」
「待ったよー」
 トイレから出てきた二人の女子が春恵にそう言いながら近づき、冗談めかして彼女も言葉を返した。
「で、春恵、知り合いだったの?」
 一人がぼくを見て訊ねた。
「うん。中学まで一緒だったんだ。友達で幼馴染みたいな感じ」
「ふぅん、そうなんだ。意外ー」
「そうかな?この間ばったり会ってさ、今日も偶然ね。ね?」
「あ、うん」
 気まずい。ぼくの事を春恵に聞いてきた女子はぼくと同じ学校で現クラスメイトだ。そして、恥ずかしいというよりも今の自分の立ち位置をばらされてしまうんじゃないかという不安が心を握りつぶしてしまいそうなほどだ。
「あ、私そろそろバイトの時間」
「ほんとだね。じゃあここら辺で」
「うん、またね」
「またね」
 春恵ともう一人の友達はどこかで遊ぶ予定らしかった。そして、ぼくの現クラスメイトに別れを告げた後、チョップをするような感じで手を前に出し「じゃっ」と言ってぼくとも別れた。
 残されたのはぼくと現クラスメイト。嫌な汗しか出てこない。
「あんたがあの子と友達だったなんてねー」
 いじり倒そうとしている感じの声を出すクラスメイト。
「駄目?」
 そう言葉を出すのが精一杯。
「いいや、別にー。あんたとあの子が仲が良かったっていうのが信じられないだけ。あ、もしかしてあの子と久しぶりに会って好きになっちゃったって展開があったりする?」
「な、なな、そんなわけない」
「あはは、そんなに慌てなくてもいいじゃない。慌ててると図星っぽく見えるけど」
「いや、本当に違くて……」
 確かに自分でも驚くほど慌てていた。この間は運命的なものを感じたなんて思っていたけれど、そんなのはただの勘違いにすぎない。一人になってみるとそんな当たり前な事はすぐに気付いた。
「違うなら違うでいいけどね。っと、バイト、バイトー」
 こっちは別れの言葉も無しに離れていった。去り際の妙な笑みが気になったけれど、それを腹の虫が打ち消した。
 もし春恵が一人だった少し遅い昼食に誘っていただろう。そうしたらきっと前みたいな楽しい時間を過ごせただろう。
 空腹を再認識した時、そんな事を考えた。
 けれど今は一人。ぼくは静かにご飯を食べられる店を探し始めた。


続く



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