危険なメソッド ~ユングとフロイトの狭間で~ | 人力飛行少年の肉体を脱ぎ捨てたなら

人力飛行少年の肉体を脱ぎ捨てたなら

ネットの海を漂う吟遊詩人になって
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人力飛行少年の肉体を脱ぎ捨てたなら

監督 デヴィッド・クローネンバーグ

原作・脚本 クリストファー・ハンプトン

製作 ジェレミー・トーマス

撮影 ピーター・サシツキー

編集 ロナルド・サンダース

音楽 ハワード・ショワ

出演 キーラ・ナイトレイ、マイケル・ファスベンダー、ヴィゴ・モーテンセン

2011年 イギリス/ドイツ/スイス/カナダ


1977年、ジュネーブにあるウィルソン宮の改修工事中に発見されたトランクの中から

見つかった大量の文書には、持ち主である女性心理学者ザビーナ・シュピールラインが、

深層心理学の巨人フロイトとユングそれぞれとの間で交わした往復書簡や日記が

収められていましたが、そこには、少女の頃にヒステリーを伴う神経症を患っていた彼女が、

強制入院させられた精神病院の担当医だった妻子あるユングと不倫関係に陥り、

師であるフロイトを巻き込んだスキャンダラスな内容が記されていて、ザビーナは、

死後35年目にして一躍その存在を世間に知らしめることになりました。

フロイトはユングを精神分析学の後継者と考え、ユングもフロイトを師と仰いで、

360通の往復書簡を交わすほどの強い信頼関係で結びついていましたが、

性衝動だけを神経症の決定要因とするフロイトは、神秘主義やシャーマニズムに傾倒する

ユングの考えを快く思っていませんでした。そんな中、サビーナとの関係が噂されている事を

知ったユングが、名誉と地位を失うのを恐れて保身に走り、ザビーナを闇に葬ろうと

画策するのですが、事実と異なる弁明を聞かされて、欺かれていた事を知ったフロイトは、

ユングに嫌気がさして、師弟関係は終焉を迎えるのです。

このスキャンダラスな題材を映画化した本作は、人間の心の闇に潜む危うさをボディ・ホラー

(アイデンティティ崩壊の恐怖を表現するホラー)で描いてきたデビッド・クローネンバーグが

監督していますが、無意識の世界を意識させて、妄想へと誘われていく面白さが封印された、

彼らしからぬ写実的な作品で、気の抜けたビールのような味気なさを感じました。

ザビーナは、ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指輪」の心理学的なテーマに影響されて、

ユングとの間に生まれることを願った、想像上の子供にジークフリートと名付けていましたが、

このエピソードをストーリーに絡ませていれば、かなりの劇的効果が得られていたと思います。


ザビーナ・シュビールラインは、反セム主義の右翼団体「ロシア人同盟」を支援していた

ニコライ2世が統治していたロシアのロストフで、裕福なユダヤ人家庭の長女として生まれ、

幼少時代を厳格な父からの精神的重圧と将来の不安から精神を病み、冷水療法と熱水療法以外は、

暴力によって患者を拘束していたロシアの精神病院での治療を嫌って、チューリッヒの

ブルクヘルツリ精神病院に入院してユングと出会うのですが、スイス、ドイツに1923年まで滞在した後、

ロシアに帰国して精神分析研究所と児童ホームで活動すると、今度は、精神工学と児童学が

ブルジョア的疑似科学という理由でスターリンから弾圧を受けて、さらに3人の弟も粛清で失い、
自らはロストフに侵攻してきたナチスによって2人の娘とともにホロコーストの犠牲になって、

57年の波乱の生涯を終えるのです。

この様にドラマとしての重厚さを求めるなら、ザビーナをメインにした作品の方が遙かに面白い

作品が生まれると思いますが、もしも映画化されるのであれば、本作でザビーナを演じて、

大根役者ぶりを曝したキーラ・ナイトレイだけはご勘弁願いたいものです。


人力飛行少年の肉体を脱ぎ捨てたなら

   ユング役のマイケル・ファスベンダーとユング本人

                                出典:macht.blog


人力飛行少年の肉体を脱ぎ捨てたなら
        ザビーナ・シュピールライン                 

                        出典:punkhermit


人力飛行少年の肉体を脱ぎ捨てたなら
      ジークムント・フロイト

                   出典:wikipedia


※参照文献:ザビーナ・シュピールラインの悲劇 フロイトとユング、スターリンとヒトラーのはざまで

                       

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