※これは、スピリチュアル夫婦が2人で考えた小説です。


スピリチュアルに目覚めた30代キャリア女子が、
ブラック企業を辞めてしまう。

そして、
カリスマチャネラーの住む
瀬戸内海の島へとやってくる。

だが、その島は、
キャリア女子が、
いままで住んでいた世界とは、
まったく違っていた。



■ここは神の島なの?

高速艇が速度を落とし桟橋に着いた。
船の舳先からロープが投げられ、それを桟橋側の男が杭に巻きつける。


子どもらが、わぁいと寄ってくる。男の子が二人に女の子が三人、ひと組は手をつないでいる。

「お前ら、危ないけぇ、あっち、行っとれ!」

桟橋側の男が子どもらに言い、一人の男の子頭に手を当ててくしゃくしゃにする。

「戦国王のカード、買うけぇ、お金」
と男のが手を差し出す。

男は「しょうがないのう」と言って、小銭を渡す。

なんだ、父親なのか、と思った。

ところが、その男の子は、高速艇から降りてきた男客からも、馴れ馴れしくお金をもらっていた。
男たちの年齢は同じくらいで、どちらもその男の子の父親だとしても不思議ではない。

まさか、二人が父親なわけがない。どちらかが父親で、一方は叔父さんかなにかだろう。

見ると、他の子どもらも、高速艇から降りてきた男客たちから、お小遣いをもらっていた。男たちは、快く金を与え、まるで自分が父親であるかのように頭を撫でたり、頰を両手で包んだりして慈しんだ。

ほんの微妙な感覚だが、奇妙な光景だなと思った。

私はキャリーバッグを転がして船着場の待合室に入った。切符の自動販売機と小さな土産物売り場、そして二〇人ほどが座れるベンチがあり、その隅の飲料用の自動販売機に小銭を入れて天然水を買った。

天然水を飲みながら、私は、スマホのグーグルマップを開いてオリュウママの家の場所を確認した。


歩くのには遠そうだった。レンタルサイクルでも頼むかなと思った。

車は走っていたが、タクシーはなさそうだった。それほど大きな島ではない。人口は千人にも満たない島だ。

漁業と農業と観光で成り立っていた。蛸の丸干しとレモンがこの島の名産だ。

明治期にレモンが日本へやってくる前、この島はセトタチバナで有名だった。

古事記の時代からタチバナ(橘)は、不老不死や永遠の命の象徴として重宝されたのだが、酸味が強いことから食用には適さなかった。ところが、江戸時代にこの島に知恵者がいて、古今和歌集に、こんな歌があるのを見つけた。

「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」

そこで、セトタチバナを香料として売り出すことにした。これが上方や江戸でバカ売れした。

さらに、当時最先端だったガラスで小瓶を作り、そこにセトタチバナの原液を詰めて調味料として売り出した。

セトタチバナの酸味が天ぷらや焼き物にかけるとおいしくなるという評判がたちバカ売れとなった。お酒に二、三滴垂らすと風味が増す。

当時はまだビタミンという栄養素は発見されていないのでセトタチバナに豊富に含まれるビタミンCの存在はわからなかった。

だが、壊血病に苦しみ死者も多くだしていた遠洋に出かける船乗りたちは、セトタチバナの調味料がいかに命を守るかを知っていた。

タチバナのおかげで、この島は豊かになった。儲けたお金で、知恵者はそれまで誰も見たこともないような庭園を作った。この島の一番高い山をまるごと改造し、そこにこの世の極楽浄土を出現してみせた。

いまでいえば、ディズニーランドだ。そのときの庭園が光山寺として残っていて、その寺がこの島の唯一の観光資源だった。

近年では、マリンスポーツのウィンドウサーフィンと魚釣りの客がこの島を訪れてお金を落としてくれる。

セトタチバナの栽培は、レモンに代わっていた。

セトタチバナよりもビタミンCは豊富で栽培しやすいレモンは安価に提供できる。レモンを使った加工食品も売れている。この島には、加工食品工場もある。

蓮島のことはインターネット情報をチェックしていた。この島での働く口は、案外あるかもしれない、と思った。


この島は神さまに守られている。神さまに仕える龍神や雷神たちも、この島を守るために、さまざまな形で支援の手を差し伸べているのだろう。

尾道で船に乗るときは、海風のなかにどことなく重い氣を感じた。

しかし、この島の風は軽く温かい氣が流れているようだった。この氣をしばらく感じていたいと思った。

スマホをポケットにしまい待合所を出た。半分残った天然水のペットボトルを左手でブラブラと降りながら、右手でキャリーバックを引っ張った。

坂道をあがると、小さな公園があり、そこに東屋がある。東屋の先に、レンタルサイクルの看板があった。

坂道の途中で振り返って、瀬戸内海を見下ろした。名前も知らない無人島がいくつかぽっかりと海に浮かんでいる。いまにも動き出しそうな島々だった。

深呼吸をした。おいしい空気を胸いっぱいに吸い込んで、両手を広げてみた。気持ちよかった。


時間は午後三時、曇り空だが、雨は降りそうにない。しばらく、このあたりを散歩するのも、悪くないなぁと思った。

ふと、背中で人の気配がした。さっきから東屋に座っていた人影が、こちらにやってくる。振り返るとそこにオリュウママが立っていた。

「さっきの、船で着いたはずやのに、なかなかここを通らんけん、どないしたんかと思いましたで」

小柄で瘦せぎすのオリュウママは、首の筋を立ててケケケっと笑った。

「オリュウママ、なんで?」

「あんたが、ここへ来るっていうのは、前からわかってましたで。あんたの魂とワシの魂はつながってるって言ったじゃろ」

「それで、待っていてくれたんですか?」

「そうや」

「びっくりです」

「仕事辞めてきたんじゃろ? ゆっくりしたらええ。もしも、ここが気に入ったら、この島に住んだらええが。ちょうどワシも助手が欲しいなと思うとったんじゃ」

そのとき、子どもらの一団が自転車で走って来た。通り過ぎようとしたとき、一人の男の子が「あ、オリュウママだ」といって自転車を降りた。

そして、「オリュウママさま、こんにちは」とうやうやしくお辞儀をする。他の子どもらも自転車を降りてオリュウママに向かって「オリュウママさま、こんにちは」とお辞儀をして、また自転車に乗って走り去った。

「いい子どもらじゃろ?」

「はい」

「あの子らも、あの子らを作った親らも、ぜんぶワシが取り上げたけんね。ワシのことを母親よりも、父親よりも、神さまみたいに尊敬しよるんよ。何かあったら、ワシのところへきよる」

「すごいですね」

子どもらが走り去った方向へオリュウママが歩き出したので、私もついて歩いた。

「魂の声に従って生きとったら、自然とそうなるんよ。あんたも、魂の声に導かれてここへ来たんじゃろ?」

「はい」

「先のことは考えずに、まずは、いまと楽しみんさい」

オリュウママは、そう言って、ケケケっと笑った。

「それにしても、この島は、子どもが多いですよね。いま、日本は少子高齢化で、限界集落が増加し、維持できない村がいっぱいあるっていうのに、蓮島は、子どもが多くて活気に満ちています。正直、老人しかいない過疎の島をイメージはしていました。この島にいったい何があるんでしょう?」

私は、蓮島について感じた疑問をオリュウママにぶつけてみた。


すると、オリュウママは、こう言った。

「この島は、神さまに守られとるけんね」

そこへ軽トラックが走ってきた。その軽トラックをオリュウママが、手をあげて止める。

「マサルや、ワシらも、ちょこっと乗せてくれんかね?」

マサルと呼ばれた青年は、日に焼けた童顔でニッコリ笑い、作業帽のツバをつまんで位置を直した。

「そっちの、べっぴんさんは、どこの人かいね?」

「手を出しちゃいけんで、この人は、東京から来られた、偉い人なんじゃけぇね」

「偉い人なん?」

「チンポ、こすりつけたら、罰が当たるで」

「嘘こくなやぁ。チンポ、こすりつけて罰が当たるんじゃったら、この島の男はみんな当たっとるがの」

「この人は、特別なんじゃ」

「はあ、特別なオマンコ、拝んでみたいのう」

「まあ、待っときんさい。時期が来たら、拝ましたるけぇ」

「ホンマか?」

「ホンマじゃ」

オリュウママは目をつむって、うんうんと首を縦に振る。

私の操が話題になっていることはわかるが、なぜか不快ではなかった。いままで、これほどまであからさまにセックスの話をするのを聞いたことがなかった。もしも会社でこんな話をしたらセクハラで訴えられるだろう。

軽トラックの荷台には、レモンの入ったカゴが山盛りになっていて、農具の上に腰かけている男女がペコリと頭を下げた。中学生くらいの幼い顔つきの男女が、手を握ってハグし合っていた。

オリュウママと私は、荷台にのぼり、中学生くらいの男女の隣に座った。それでも、中学生くらいの男女は抱き合うことをやめようとしなかった。私らは何も悪いことしてませんよ、とでも言いたげな堂々とした顔つきで女の子が私と視線を合わせてきた。私はスッと視線を外した。

私はオリュウママに目をもって「これは、どういうこと?」と尋ねた。

オリュウママは、穏やかな目で答えた。その目は「神さまが守ってくれとる島じゃけん」とでも言っているようだった。

この島はいったいどうなっているのだろう?  これは神さまの島なのだろうか?

オリュウママの家の前で軽トラックが止まる。中学生くらいの男女は、あいかわらず抱き合っている。見つめあってキスをする。私は見てはいけないものを見ないようにするのだが、どうしても視界の端に入ってしまう。

「降りるよ」
オリュウママが私の肩をつつく。

「ええ」
私は中学生くらいの男女に気を取られていた自分に気づいて我に返る。

オリュウママは軽トラックの荷台から降りて、運転手にお礼を言う。

「マサル、スケベなことはいくらやってもええけど、相手の幸せをちゃんと祈るんやで。そうせんと、生まれた子が、あんたを殺しにくるけんね」

「おお、わかっとるがの」
マサルは、へへへと頭をかき「ほんじゃ、べっぴんさん、またな」と私に向かって手を振り、軽トラックを発進させた。

「ここがワシのウチじゃ。遠慮せんと、何日でも、好きなだけ泊まっていったらええ。そのつもりで、来たんじゃろ?」

「ええ、まあ」
オリュウママは、ガラガラと玄関の戸を開けて「ただいま」と言った。

そして、私のほうに振り返って、
「でも、家事手伝いは、やってもらうで」
と言い、目に力を入れて私を見た。

「もちろんです」

「うん」
奥の部屋から「おかえりなさい」という女の声が聞こえた。

「どうじゃ?  おっぱい出るようになったか?」

「ええ」
オリュウママが奥の部屋の襖を開けると、二〇代のぽっちゃりとした妊婦が乳飲み子におっぱいをあげていた。その横に、もう一人、乳飲み子が眠っている。少し離れたところに一歳前後の子どもがほふく前進しながら黒い大きな柱を目指していた。

ん?  この妊婦は、三人の赤ちゃんの母親なのか?  人間が一年の間に二人の赤ちゃんが産めるわけがない。おっぱいをあげてる赤ちゃんが、この妊婦の子どもで、あとは預かっているだけかもしれない。そんなことを思ってしまった。

オリュウママは、妊婦の顎をつまんで、首を動かし右と左の頬を検分した。そして、妊婦の乳房を触ってみる。

「うん。大丈夫なようだね」
オリュウママは、土間に立っている私に向かって「この妊婦はミチコ」そしてミチコに向かって「このべっぴんさんは、雨子さんじゃ」と二人を紹介してくれた。

「よろしく」
ミチコはおっぱいを吸っている乳飲み子を抱いたまま、私に向かって頭を下げた。どこか、焦点の合わない視線だった。ニヤニヤしていて、頭のあったかい人なのかなぁと思った。

そこへ、小学校一年生くらいの男の子が入ってきた。

「オカ〜ン、おばあちゃんが呼んどる!」
元気のいい大きな声だった。

「あらまぁ、なんじゃろ?」
とフワフワした声で言いながら、ミチコは、小学校一年生くらいの男の子と一緒に出て行った。さっきまでおっぱいを飲んでいた乳飲み子は毛布の上で手足をうううんと伸ばしていた。

赤ん坊はすべて、ミチコさんの子どもじゃなかったんだと思った。

「風呂でも入るか?  ちょっと用意してくるけぇ。子どもら、みといてくれ」
オリュウママは、薄暗い廊下の奥へと消えて行った。

その日の夜、老婆がハイハイのできる一歳前後の子どもを引き取りにきた。老婆はお礼にと言って大きなヒラメを置いていった。

オリュウママは、そのヒラメを刺身にしてくれた。骨は油でカリカリに揚げてせんべいにした。私が風呂からあがると、それらが食卓に並んでいて、オリュウママは、先に冷酒を飲んでいた。

二人の赤ん坊は、幸せそうに眠っていた。
私は、こうしてオリュウママの家にお世話になることになった。

オリュウママから、赤ん坊のオシメの替え方や、あやし方などを教わった。私の最初の仕事は、この二人の赤ん坊のお世話なんだなと思った。

ただ、いつまでも、オリュウママのお世話になるわけにもいかないだろう。「好きなだけいていいんだよ」とオリュウママは言うが、いつまでも甘えているわけにはいかない。自分のことは自分でなんとかしなきゃいけないし、今後の生きる道を見つけなければいけないのだ。

オリュウママは「自分の魂が一番喜ぶことを見つけて、それをすればいい」と言う。朝晩の瞑想で「魂が一番喜ぶことはなにか?」と尋ねるのだが、魂の声は聞こえなかった。

瞑想時に浮かんでくるイメージは、アルゼンチンタンゴの激しいダンスを私が踊っている姿だった。長身でハンサムなラテン系男の脚と私の脚がからみつき、私のワギナを刺激する。胸と胸が強くぶつかり汗と汗が交わる。なんとエロチックなんだろう。私は、瞑想しながら、そんな陶酔感に浸るのだった。