神社本庁の内紛の激化とその背景とは | ワーカーズの直のブログ

ワーカーズの直のブログ

ブログの説明を入力します。

神社本庁の内紛の激化とその背景とは

 3年ほど前、天皇家の権威の元となる大分県宇佐市にある宇佐神宮が神社本庁の直轄となった。古代には格式第一等の宇佐神宮は明治以降は皇祖神アマテラスを祀る伊勢神宮の後塵を拝することになったが、それは国家神道の整備が行われたことに原因がある。

 現在でも宇佐神宮は八幡神の総本山である。実に現代日本に存在する全国約11万の神社の内の4万600社あまりの神社は八幡神を祀り、最も多い社を持っている。

 御祭神である八幡大神は応神天皇のご神霊で571年(欽明天皇の時代)に初めて宇佐の地に示顕したといわれる。応神天皇は大陸の文化と産業を輸入し、新しい国作りをしたとされ、725年(神亀2年)、現在の地に御殿を造立し、八幡神を祀ったのである。

 ここで皇祖神アマテラスと八幡神との関係を論ずることは今後準備する予定の別稿に譲り、ここでは神社本庁の内紛に問題を絞って論ずることにしたいと考える。

 現在、神社本庁が内紛で大きく揺れている。今年6月中旬、「深川の八幡さま」として知られる富岡八幡宮(東京都江東区)が神社本庁からの離脱を決めた。この八幡宮は大相撲の起源とされる「江戸勧進相撲」の発祥地で、江戸三大祭、「深川祭」でも有名な江戸を代表する八幡神社である。

 今回の騒動は「明治神宮が2004年に本庁から離脱(10年に復帰)した時以来の衝撃。誰も得をせず、神社界全体への余波も大きい」と神社本庁関係者は嘆く。

 どうしてこんなことになってしまったのか。事情通の神社関係者は「直接的な理由は、富岡八幡宮の宮司人事について、責任役員会の具申を神社本庁が無視し続けてきたため」と明かす。実際、富岡八幡宮では、トップを宮司“代務者”が6年以上も務めているという大手神社としては異常な事態が続いている。

 宮司の人事は氏子などから選出された3人以上の責任役員の内、代表役員(神社の場合は宮司)を除いた責任役員の推薦(具申)を元に、神社本庁(正確には「統理」)が任命すると神社本庁庁規、神社規則に定められている。

 富岡八幡宮の場合、「先代宮司の引退後、長女が代行役の『宮司代務者』に就いた。その長女を正式に宮司にしようと、13年から今春まで合わせて3回具申したものの本庁側が認めず、先延ばしされ続けてきた」(前出の神社界関係者)のだという。

 その理由は神社本庁と富岡八幡宮の双方に様々な言い分があるが、その真相は宮司の任命にあり、関係者が共通して危惧するのはこうした大神社と神社本庁の確執から富岡八幡宮のように神社本庁を離脱する大神社が近年相次いでいることである。

 実は最初に取り上げた宇佐神宮はその前哨戦として既に闘われていた。昨年2月、その戦端は宇佐神宮に新宮司が着任したことで開かれた。新任宮司とは、週刊ダイアモンドの特集「瓦解する神社」第1回の記事(「神社本庁で不可解な不動産取引、刑事告訴も飛び出す大騒動勃発」)で、疑惑の不動産取引を主導した本庁幹部の一人とされる前総務部長の小野崇之氏その人だ。

 この間の経緯についてはダイアモンドオンラインの宇佐神宮と神社本庁との全面戦争等の関連記事をご覧下さい。その争いの背景には社家の存在がある。

 神職を継ぐ家は社家と呼ばれる。南北朝時代から続く宇佐神宮の到津家は、出雲大社の千家家、阿蘇神社の阿蘇家と並ぶ家格とされ、歴史と伝統を重んじる地元の支持が高かった。そして宇佐神宮の場合や富岡八幡宮の場合も、新宮司が女性ではなく「性別がもし男性であったならば、結末は違ったはず」(複数の関係者)という声も上がったのである。

 この争いの中で生じた小野氏への反発が支部内や氏子の間で日に日に強まったため、「小野氏の求めには今後は一切の協力をしない」と姿勢を転換。同年5月の総代会総会では7月末に開かれる宇佐夏越祭(御神幸祭)への協賛金(氏子による寄付金)の取りまとめ中止を決議した。

 その結果、例年は支部傘下の約二百社から寄せられていた一千万円以上の協賛金が、昨年は半分も集まらなかったとされる。「地元で生まれ育った神職たちは地域の信用を集める人々。氏子がどちらの言い分を信じるかは明らかだ」と市関係者は言う。

 かつて神社界のある重鎮は、神社本庁の人事介入に起因する騒動が各地で頻発する背景について、「どの神社にどんな空きのポストが出るのか、どんな問題を抱えているのか、全て把握できる」と指摘した。

 しかし神社本庁職員が大神社の宮司人事に介入するのはなぜなのか。その理由は、神社本庁職員の存在にこそある。「神社本庁職員は、神社の次男や実家が神社ではない者が多い」と明かすのは別の神社本庁関係者だ。

 各神社のトップ、宮司は伝統的に世襲制であり、しかも地方ほどその傾向が強い。それゆえ、嫡男が継ぐことが基本で次男以下は実力があっても宮司になれず、やむなく神社本庁に入庁するケースが多いという。民間の組織ではあるが歴史的な経緯から給与も公務員並みで、しかも退職者も後を絶たない。

 それに対して、神社界の“大企業”とも言える「別表神社」の宮司ともなると、年収は本庁職員を凌ぐ。さらに一国一城の主として地元の名士に仲間入りもできる。それゆえ、本庁幹部職員の定年退職後の天下り先として、「数少ない大神社の宮司ポストが狙われている」「今後、宇佐や富岡のような本庁による人事介入がさらに加速するのではないか」(複数の神職)と予想する声は多いのである。

 昨年7月、本庁職員だけでなく全国の神職が震え上がったのが、70年ぶりとなる神社本庁の「懲戒規定」の抜本的な見直しだ。見直しを進めた中心人物は、小野氏と共に疑惑の土地取引を主導したとされる神社本庁のS総務部長(当時・秘書部長)だ。

 その骨子を一言で言えば、厳罰化と法廷闘争を視野に入れた懲戒対象の具体化である。とりわけ本庁職員や神職の間で懸念されているのが、懲戒対象に盛り込まれた「その他、神職としての資質に欠ける行為」の項目だ。しかも「(施行の)以前に発生した事件についても適用する」と、憲法や労働法などに規定された「不利益不遡及の原則」(過去にさかのぼっての懲戒処分は不可)に抵触しかねない附則まで存在する。

 複数の本庁関係者は「体制派の意に沿わない職員のみならず、神社の宮司や神職を適当な口実をつけて懲戒処分にしてしまう可能性が高まる」と口を揃える。そして「最も恐ろしいのが、宮司を免職して自分たちに都合のいい宮司を送り込むこと」(別の神社界関係者)である。

「解任された宮司が裁判で処分の無効を主張しても、規定の改正で神社本庁側は『神職の資質に欠けたから免職した。神職の資質について裁判所は判断できるのか。宗教への不当介入ではないか』と主張して、裁判所の介入を拒むことが可能となった」(同じ関係者)。

 ある重鎮の神職は「神社本庁職員といえば、昔は国家公務員でいうキャリア組のような存在で、部長級ともなれば人格面でも学識面でも群を抜いていた。そのため、宮司の後継者問題に悩む地方に乞われて赴任していったものだ。だが、今ではその慣例を逆手に取り、天下り先として利用しているとしか思えない」と指摘した。

「本来、神職にとって争い事は全て『穢れ』。ましてや、司法の場での争いなど最も忌避すべきこと。だが、その規範たるべき本庁が内外で起こす昨今の世俗的な騒動を見ていると、怒りを通り越してむなしくなる」と、ある本庁関係者は吐露する。「本庁の傘下にいてプラスになることは一つもない」(大神社宮司)という声が日々高まる中、神社界を束ねる神社本庁はその存在意義を失いつつある。

 そして4月1日。神社本庁の年度初めに当たるこの日、新たな人事が発令された。神社界関係者の耳目を引いたのは二つの人事。その一つが週刊ダイアモンド特集の連載第1回で“予測”したように本庁前財政部長のK氏、兵庫県の大神社のナンバー2、権宮司に“栄転”したこと。そしてもう一つが神奈川県の大神社から本庁に“中途採用”された「期待の新人」(別の本庁関係者)が小野氏の子息の名であったことだ。配属先は父の前職と同じ総務部だった。

 こうした無理無法が蔓延る神社界には日本会議という名前で統一教会が巣くっていることが既に知られており、彼らに対する神社界の反発も大きいことを知る必要がある。

 神社本庁からの離脱の動きは年々加速している。2005年からの10年間で214もの神社が離脱し、中には石川県の気多大社(2005年)、京都府の梨木神社(2013年)などの有力神社も含まれている。

 神社本庁の求心力が低下するとその影響を受けるのが安倍政権の改憲の動きだ。神社本庁はかねてから憲法改正を推進しており、2016年には改憲をめざす団体とともに全国の傘下神社の境内で約700万人もの改憲賛成の署名を集めたことを忘れてはならない。

 ここに来て日本会議のめざすものとは、森友・加計学園に象徴される日本会議に参加した者の私欲でしかないことがはっきりした。したがって安倍総理は危機にあるといえる。「神社本庁の政治団体、神道政治連盟の国会議員懇談会現会長は安倍首相。首相にとって神社本庁は改憲への動きを草の根で広げる重要な支持基盤なんです。ところが氏子や参拝者が多く金銭的に余裕のある神社ほど、神社本庁の管理から離れようとする傾向が出てきた。このまま有力神社の離脱が相次げば、安倍首相の改憲を後押しするパワーも弱まってしまう」という結果になりつつあるからである。