息子『拳姿郎』 | 横浜市実戦空手道場 KENSEIKAN   館長BLOG

息子『拳姿郎』

息子、拳姿郎に付いて・・・今はこのブログを始めとするSNSが普及し、まして公人的な

立場となると自身のプライベートも有る程度は配信して行かなくては成らない側面も出てくる

ものだが、昔はプライベートが見えない?と良く言われた、息子、拳姿郎には道場を手伝わせて

いる訳では無いので、Facebook等では質問される事が多いので・・私は早くに所帯を構え、

家内と結婚したのは二十歳、息子、拳姿郎は三十路を過ぎた、“え~そんなに大きなお子さん

がいらっしゃるんですか?”と昔から良く言われる、息子には小学2年生位から空手を習わせ

中学生の時に茶帯を取得、厳しい道場だったので7年間、茶帯を巻かせ二十歳の時に黒帯を

取得した、ワールド大山空手の大山康彦師範に可愛がって頂きアラバマへも修行に行かせた

父親として導くことはして来たが、生まれ落ちた瞬間から一人の人間として尊重もして来た

つもりだ、たまに審査会等に顔を出してもらう事も有るが、息子は息子、社会人としての

仕事、立場もあるので基本的に一切当てにはしていない、十一年前、拳成館を立ち上げた時

心に決めた事であり、息子に限らず、人は一切当てにしない!と言う決意で始めた道場だと

言うこともある、拳成館の保護者の方は理解頂けると思うが、先生の教育方針だ、それが

自身の息子と成ればどれ程厳しかったか?は察しがつくと思うが、本人は今と成れば厳しく

された事は、全て自分のプラスになっていると、しみじみと語っている・・・数年前の話に

成るが、道場の忘年会の終了後、大和の駅前でチンピラ十数人相手に一人で大乱闘を展開した

事が有り、パトカーも何台も駆け付け大騒ぎに成ったことが有った、二次会に移動していた

先生はその場に居合わせなかったが、家内からの連絡で警察署に柄受けに行った時、警察官

が強さにビックリしていた(笑)多勢に無勢であったことで、始末書程度で事無きに終えたが

自分で自分の女くらいは守れる強さは身に付けてやった、後は自分で生きて行け!と言う事だ、

家内にはとても優しい、毎月給料日には、おこずかいを届けに来る、家内の誕生日には、

必ず食事に誘って御馳走してくれる、しかし封建的と言うか男尊女卑と言うか今時、あんな

考え方では一生結婚出来ないで有ろう(笑)