わたしは爪噛みさんでした。だから爪のかたちが悪かったです。

平べったい小さい爪。

マニキュアも映えないの。

指輪も似合わないの。


ですが、二年前の雑誌「クロワッサン」に、

《あきらめていた爪のかたちもこうすればよくなる!》という記事が載っておりまして、

半信半疑そのとおりにやってみたのですよ。そのやりかたとは・・・


1. 爪を使わない。
2. マニキュアやベースコートで補強する。
3. 爪きりを使わない。爪やすりを使う。
4. 深爪しない。
5. 天然オイルで一日5回マッサージ


・・・さすがに5.は気がついたときにオリーブオイルかキューティクルオイルでマッサージ、

くらいしかできませんでしたし、たまには爪も使っちゃいました。

しかし2年経ち、わたしの爪はかなりいい感じになってきているのです。

記事のように2年で美爪完成、とはいかなかったけれど、

あともうすこし時間をかければ、自分でもうれしくなるような

手の表情が感じられるのではないかしら、と、思っているのです。


感じるゆび、感じさせるゆび、そしてつめ、まるで天然の宝石のように。

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殴り合い。

ムスコが、そうトランクス野郎が、

今日学校で殴り合いの喧嘩をしてきたという。


ちょいと解説すると、クラスでのもめごとや規則破りなんかにうちの小僧、

なにかと正論を吐いて、ワルイ奴に注意するタイプなんだそうだ。

担任の先生によると。それで逆恨みされているようで、

時々「ウザイ」だの「氏ね」(という変換で言っているわけはないけれども)とか

言われるんだそうだ。

それに、かつん、ときたらしくて、殴り合い。


勝敗はつかずに物別れだったそうだけれど、

こういう肉体的コミュニケーションについては、

おかあさん、まぁ、なにも言わないことにしとくよ。


これは暴力についての自分の立ち位置においては、

矛盾になるかな。ああ、矛盾だな。

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・・・っていうタイトルにしてもよかったなぁ。
なにより実情にあっているし。


でも、勢いで開設した時、比較的ダウナーだったからなあ。
そんで愚者ぐしゃとテーマに書き込んじゃったからなあ。


いまさらめんどくさいな。
「はやね、はやおき、はやブログ」でもよかったかな。

うう、くだらない。 どーでもいい。多分。

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イラクで一年前に襲撃されて亡くなられた、

奥大使と井ノ上書記官の追悼フォーラムがあったそうだ。

テレビのニュース映像では、ゆったりとしたチグリス河を下りながら奥大使が、

「これが平和、これを子どもたちにあげたいんですよ」

と言っていらしたというエピソードが紹介されていた。

いい、大人だ。

ほんものの、大人だ、と思った。

子どもの愛らしさは、平和の中にこそあってほしい。

あんだけかわいいんだ。まわりがよってたかって平和にしてやらないでどうするんだ。

彼らは彼らなりに、おもちゃの取り合いなんかで彼らレベルの紛争はあるんだから。

ああ、旧東ドイツにあるという平和村には、おもちゃは寄付できないということだったな。

取り合いで平和が侵されるから、だったかな。

本物の暴力のなか逃げ延びた子どもにとっては、少しの暴力さえも毒になるのかもしれない。

ヒトが、種としての繁栄と個としての繁栄を目指すように遺伝子にはインプットしてあって、

それが思いっきり矛盾してしまう今日この頃、暴力はきっとなくならない。

絶対といっていいほど、根絶できない。
それは悲しいことだ。

だからこそ、わたしは平和を望む。平和を愛する。希求する。
暴力を、いやがりこわがり、回避しようとする。場合によってはすたこらさっさと逃げ出す。

なにが悪いもんか。ああ、でもかわいい子どもたちを守るために、

メスのトラのように牙をむき爪をたてる時がこないなんて言い切れないなあ。

そんな時きてほしくなんかないけど。

思いやりとコミュニケーションに満ちた世界。そんな世界くんのか?果たしてあんのか?
それでもわたしは平和を望む。一生通じてね。勝ち目のない闘い。
奇麗事だと、愚か者だと笑わば笑えい。どうせあたしはもともと愚者だ。

さて、これから私は小学校へ行かなければなりません。

ひとづまとて、ひとの親・・・でもPTA活動って奴じゃないのよー。

子どもたちへの絵本の読み聞かせの打ち合わせなのです。

え?小学生?自分で読めるでしょ?って私も以前は思っていました。

しかし、ひとに読んでもらうことでできる一種の劇場空間、

次に何が起きるの?と気持ちがひきこまれるわくわく空間。

読み聞かせという場には、そういう空間がほんとうにできるんです。

これはひとの声の、ことばの持つ力。

それが嬉しいのです。


楽しませてもらっているのは、夢を見せてもらっているのは、

もしかしてわたしたちオトナのほうかもしれませんけどね。

残念ながらわたしは美人じゃないの。

だから、ちょっと世をすねてました。ちょっとね。
でも、時分の花の時期を過ぎて、お肌も曲がっちゃうあたりで気がついたのです。
うーん、これからの時期はもしかして人類のあかし、知恵と意思こそで、なんとか
するべきじゃない?って。


40歳過ぎたら偏差値60の美人。


なんてもんになっていたいわけだね。
あと何年?かは、全世界に発信するこのネットの荒海では言わない。

だもんで、今日ははとむぎ茶にクコ入れて飲んでみました。
そんでもって、ちょっとヨガとストレッチ。
みてらっしゃい!と、誰にともなく胸なんて張ってみる。