連続する確率
つづき…
「先に店に行って彼が来るのを待とう」と切り出したのはヤツだった。ちょっとまっててくれ、と言うと、なにやらガチャガチャとキーボートを叩き、途中だった仕事を片付け始め、それから、外に出る身支度を始めた。…お、お願いだ…、いまどき、大久保通りの片隅で薬屋サンしてる褐色でホリの深い髭面でおっかない目つきのヤツラでも着てないゼ、っていうような妙にダブついたケミカルウォッシュのGジャンはやめてケロ。
さて、それでは出かけようか、という時に、ヤツのポケットがけたたましく、すぎやまこういちサウンドを鳴らした。
「…その件はですね、またお伺いした時にお話しようと思ってたんですよ…」
「良い病院ですし…」
「ええ、ですからね、お母さん、大丈夫ですから…」
「はい、また明日にでも連絡しますんで、んでは」
なにやら込み入ったカンジの電話を終えると、軽くため息をついてみせて、コッチから何事か?と聞かれるのを待つかのような間をあけた。友人からの電話でないのは判っていた。
口を開くのも面倒だったので、目と眉だけを動かして、どうしたの?を演出してみせると、待ってましたとばかりに、マシンガンなトークが再開された。
「実はさ、つきあってた子がいたんだけど、ちょっと…」…おやおや、恋バナなのですね。
「…その子、ちょっと問題があってさ」…モンダイとな。
「なんていうか、彼女、オカしくなっちゃっててさ」…で、どうオカしいんでしょうか。
「結婚するつもりでさ」…へぇー。
「ちゃんと、彼女の親にも会って、まあ良いカンジだったんだけど」…ふむふむ。
「それが、突然、結婚できないっていわれて」…むぅ、、マリッジブルーですかい。
「妊娠してるって」…そいつぁ一大事だ、、、?え、なのにケコーン拒否って?
「誰の子かわからないって…」…ブ、ブラボー。
「どうやら、他のオトコが居るみたいで…」…なるほどなるほど。
「電話しても出なかったりで…」…それからそれから。
「んで、直接会ってその事を問いただすと…」…うんうん。
「…知らないとかわからないとか言うんだよね」…そりゃ、都合の悪いコトは認めないだろうね。
「嘘ついたり出来る子じゃないの解っているから…」…既に絶滅種だと思われるが…。
「どうにも話がおかしいからさ…」…うーん、どうなんだろうねぇ…。
「実はさ、前の彼女もそうだったんで、ピンときたんだけどね」…ん?
「だからさ、彼女、二重人格ってか、その疑いがかなり強いから」…はぁ??
「んで、治療のコトで、彼女のお母さんと相談したりしてるんだよ」…えぇー???
「いい病院知ってるから、先生を紹介するからってコトで」…なんで知ってらっしゃるのかしらん?
「前にオレが通っていたトコなんだけど」……って、お兄サン…。
他人の思考法は、聞いていて、とても参考になる。人ごとだからこそ、その人物に起った出来事を冷静に考える事が出来る。かなり頑張って、ひいき目に見て、ヤツの語るストーリーに何等間違いが無いのだとしたら、ヤツは連続して乖離性人格障害のガールフレンドとおつきあいした、全く希有な体験をしたオトコと云う事になる。
それを否定できるだけの材料は無かった。が、やっぱヘンだよ。ありえないよ。と先ずは思った。その「ありえなさ」を享受できるのが、このオトコの思考回路…、いや、もしかしたら、本人は「立続けにフラれただけ」と云う事実を解っていながら、ホントのトコロを認めている自分を曝け出したく無かったので、ハナシをデッチ上げたのかもしれない。
ただ、もしヤツの話を全部否定すると、それじゃあ、さっきの電話は何だったんだろう??元元カノがどうだったのかはわからないが、少なくとも元カノが多重人格だという認識の下、ヤツはその親と連絡を取り合っている…っぽいワケで…。しかも、その親らしき先方から電話が掛かって来ているワケで…なんだかワケのわからんワールドに引きずり込まれてしまったような気分で、アタマの中がハテナマークでイッパイになった。
…つづく
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