今日はちょっと本音の話をしてみよう。
実は今まで誰にも話していなかったこと。


なぜ私がこのビジネスを始めたのか?


その理由については、今まで随分あれこれと
皆さんにお伝えしてきました。


ではなぜ
私がこのビジネスに
これほどまでに「こだわって」いるのか。


そのきっかけとなった出来事が
一つあるのです。


おそらく、このことがなければ
私は途中でこのビジネスを諦めていたかもしれません。


ずっと言い出せずにいたのは、
自分のどこかで、公開することへの
罪悪感があったからだと思います。


でも今、そのことを打ち明けるのは
皆さんにも本当の意味での
「幸せ」を勝ち取ってもらいたいからです。



それは私がなけなしのお金を
すべてトレードにつぎ込んで、
朝から晩までトレードの研究に没頭していた頃のこと。


シェアハウスで、生活費を切り詰めながら、
ようやく今のビジネスを立ち上げる準備が整っていました。


トレードで上手にお金を稼ぐノウハウがあるということを
いろんな人に伝えたいと、熱い思いでいっぱいでした。


人並みの生活ができるくらいの収入になった
その頃の私の唯一の気分転換といえば、


妻(まだ結婚はしていませんでしたが)と
たまに飲みに出かけることでした。


行くのは決まって、7年前から通っているいつものスナック。
ママ一人でカウンターだけの小ぢんまりしたお店です。


「出世払いでいいよ。」と言いながら、
お金がない当時の私にいつも安く飲ませてくれる、
女なのに男気のあるかっこいいママでした。


ママはバツイチで、一人娘がいました。
親一人子一人で、夜の仕事なので、


娘さんが小学生くらいの時期には
仕事中に必ず電話がかかってきていました。


「うん、うん、分かったよ。
 もう寝なさいね。そろそろ帰るからね。」


夜の仕事ではタブーとされるであろうこんな会話も、
ママの人柄に惚れた常連さんばかりのお店では
カウンター越しに聞いても、誰も怒ったりしません。


それどころか
「○○ちゃん、待っているからそろそろ帰ろうか」
とお客さんが気を使ってくれる程でした。


そんなある日、いつものように妻と
いつもの席に座り、ママと他愛もない話をしていると
ママの携帯に娘さんから着信がありました。


娘さんはもう中学生くらいになっていたので、
以前ほど頻繁には電話が掛かってくることはなかったのですが、


娘からの電話だということが分かると
一瞬ママの顔がこわばり、どこか緊張しているようでした。


そして、電話に出たママの表情はみるみる変わり、
即電話を切ると、「またやった…」と言いながら


「救急車一台お願いします。場所は…」と
電話を掛けなおし、そして青ざめた表情で


「ごめん、今日閉めていいかな?ついでで申し訳ないけど
 車で○○病院まで送っていって欲しい。」
と言いました。


たまたまお客は私達二人だけで、
妻はお酒を飲んでいなかったこともあり、
お店の看板を消し、急いで病院に向かいました。


○○病院と言えば、精神科で地元では有名な病院。
私達はようやく事情を察しました。


病院へ走る車の中で、ママは気丈にも
娘さんのことを話してくれました。


少し前から不登校が続いていたこと。
そして、○○障害や○○○カット、睡○薬…。
これが初めてではないことなど。


「ありがとう。また連絡する。」
ママの小さな肩が、真夜中の病院の暗くて広い
玄関ホールの奥へと消えていきました。


「あんなに明るかった○○ちゃんが…。」
ママはよく週末常連さん達を集めて、
家族ぐるみでバーベキューや旅行などをしていたので、
私達も娘さんのことは小さい頃からよく知っていました。


だから、まさか!と
信じられない思いでいっぱいでした。


「やっぱり寂しかったんだね…。」
私達はずっとずっと昔のことを思い返していました。


「寂しい」と何度も何度もお店に電話をかけて、
ママを困らせていたこと。


その場で飲んでいる私達にとっては、
電話の向うで、毎晩一人で母の帰りを待っている、
まだ小さい○○ちゃんの心の叫びに
気付いてあげることができませんでした。


そして、ふと、小さい頃の自分の思い出がよぎりました。
毎晩、両親の帰りが遅く、
暗くなるにつれ不安で寂しくて悲しかったこと。


それでも私には兄妹がいました。
どんなに遅くても一人で寝ることはありませんでした。


一人っきりのマンションの一室で、布団を被り、
唯一電話から聞こえる遠い母の声で毎晩眠りにつく
幼い娘さんのことを思うと、今更ながら
胸が張り裂けそうになりました。


この時、初めて私は確信しました。


「お金を稼ぐには、労働以外にもあるということを、
 できるだけたくさんの人に知ってもらいたい。」


○○ちゃんのような寂しい子供を、増やしてはいけない。
子供と一緒にいれる時間を少しでも多く作れる方法を
親は考えていく必要がある。


その為に、今自分が始めようとしているこのビジネスは、
その選択肢の一つになり得るはずだ。と。


毎日少しの時間をトレードに割き、少ない給料でも、
夕方子供が帰ってくるまでに仕事が終われば、

暖かい食事と笑顔で子供を迎えてあげることができる。


今自分が知っているノウハウで、
家族の笑顔を少しでも多く作れたら…。
そんな熱い思いで、心の中がいっぱいでした。


そして、今でもその熱い思いは続いています。


ギャンブル的な投資法ではなく、
きちんと資金管理をし、リスク分散を考えた
「システムトレード」という稼ぎ方で、


人はもっと豊かになれるし、
もっと自由な時間を持つことができる。


私はそう確信しています。


だから、もっともっとたくさんの本を書き、
できるだけ多くのセミナーを開催し、


たくさんのトレーナーを育て、
たくさんの人たちに「システムトレード」を
学んでもらいたい。


しかし、思いとはうらはらに
ビジネスの世界は厳しいものです。


古いアパートの一室で
トレードを教えることからスタートし、


広い会場にセミナー受講者が
たったの2名というはずかしい経験も
一度や二度ではありません。


それは、まだまだトレードに対する偏見や
誤解が多いことと、


「楽して簡単に儲けたい」
というのが個人投資家の本音であること。


実際、美味しそうな魚をちらつかせれば、
簡単にビジネスとして儲けることができる業界です。


しかし、私はあえて
「自分で稼げるようになってください。」
と訴え続けています。


それが、トレードで成功する為の
唯一の方法だからです。


そして今、
同じ志を持った会員の方がこれほどまでに増え、
私の思いに同調してくれた編集者の方ともめぐり合い、


出版という形で、
世の中の人々に私の思いを伝えることが
できるようにもなりました。


私は近い将来、
トレードのあり方、考え方が
変わっていくと信じています。


きっと、生活を支える手段の一つとして
誰もが学び、身に付ける社会へと進むはず。


私や、同じ志を持つ同志達の力で
社会が変わり、
できれば、あなたにもその一人になってくれたら
本当に嬉しく思います。


あなたがシステムトレードを学び
あなたの生活が豊かになり
あなたの周りの人も幸せになってくれたら、


私がこのビジネスにこだわり続けた意味が、
ほんの少しだけでもあると思えるのかなと
思っています。


そんな思いを伝えたくて、書き綴ったのが
『トレードの成功哲学』です。


乱高下が繰り広げられているこの時期、
ちょっと立ち止まり、本書を手に取り


トレードで成功する為には何が必要で
どう行動すればよいのかを
今一度考えていただけたら、うれしく思います。



                村居孝美


書籍『トレードの成功哲学』
http://www.reed-jp.com/book/


6/22 出版記念特別セミナー
http://www.reed-jp.com/book/event.html