待望の金曜日。
時刻は午後三時になる。
隣のデスクに座るタエコに声をかけた。
「どうかな、今晩あたりに8丁目の角に出来たイタリアンにでも?」
結構、これでも朝の会議中にもこのセリフを何度か頭のなかでチョイスしたつもりだった。
タエコはクスクスと笑いながら、
「あら?食事だけ?」
心臓が止まりそうそうになった。
「ごめんなさい。今晩は先約済み。昨日のうちに誘ってくれたらよかったのに。」
何だか朝からの気持ちの高ぶりが急降下していく。
血の気も下がった。
「ああ、そうなんだ。じゃ、また。」
その一言が言えるまで、20秒。
帰宅途中で観たくもないDVDをレンタルし、
コンビニでビールを一缶とチリ風味のスナックをつまみに買った。
シャワーを浴びTシャツに着替える。
借りたDVDは、「ノッティングヒルの恋人」。
ビールを呑んでいるうちに半日じゅう張り詰めた気持ちが弾けたせいか、
電灯を消した暗い部屋のソファーでウトウトしていた。
そして、気がつけば、DVDは既に終わっていた。
「寝るかな・・・。」
カーテンを閉めようとすると、
窓からは、尖った冷たい三日月が見えた。
街路樹からは犬の遠吠え。
隣の部屋からはすすり泣く女の声。
決して静かな夜ではなかったが、ただ心の底から疲れた。
窓を閉めようとすると、
いきなり一匹の黒猫が窓の隙間から飛び込んできた!
「お休みを言いにきた。」
呆気にとられてる僕。
喋り続ける猫。
「だからさ。お休みを言いにきたって。」
「ひと月前ぐらいの晴れたこんな月夜の晩に僕のことを助けてくれた。」
「おまえ、あの時の猫か?」
「そう。」 と猫がケラケラと笑った。
「あの時、僕は着地に失敗して左手の手首をビール瓶の欠片で切った。」
「猫のクセに情けないなあ。着地に失敗か!!」
「悪いけど、僕は普通の猫じゃないんでね。前世は人間さ。」
「へへ。それもキミの奥さんだったしな。」
「キミがすぐに病院に連れて行ってくれたから、化膿しなかったよ。ありがと!」
「その時、すぐにキミのことに気がついてさ。過去のね。」
「今晩はキミの隣で寝てあげるよ。」
黒猫は有無も言わさずに僕のベッドに入っていった。
「あのさ。明日の朝食は、ベーコンと卵はサニー・サイド・アップ。」
「クロワッサンにカフェオレにしよ!」
隣で横になる黒猫が勝手に喋っている。
「どうぞ、ご勝手に。」
「今晩みたいな食事の仕方はよくないな。洗濯物も溜めちゃダメだよ。」
「もっとさ。生活に潤いが必要だと思うよ。」
「じゃあ、ついでに掃除やアイロンもがけも頼むよ。」
「おまえ、名前は?」
「昔はダイアナ。今はない。キミがつけてもいいよ。」
「できるなら、シュガーとかハニーがいいな。」
「キミは以前、そうよく呼んでいたぜ。」
そういうと、黒猫は再度ケラケラと笑った。