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2009年03月26日

最後に。

テーマ:戦友の旅立ち

「戦友の旅立ち」は、第15回を持ちまして

終了とさせていただきます。


乱文乱筆に

最後までお付き合いいただきまして、本当に

ありがとうございました。


最後に。

自分の思いを書かせてください。


8年前、彼と出逢い

そして共に歩んできた時間があるから

今の、自分がある。

ブレインという会社があるのもそう。


あいつとの出逢いなくして

今の、自分はない。

まさに自分にとっては「運命の出逢い」だった。

これは、彼にとってもそうだったと思う。


人と人との出逢いには必ず別れがある。

人間誰しも

必ず死ぬるものだから。


そういう儚いものだからこそ

今日1日

今、この瞬間を大切に過ごして行こうな。

って、いつも話してた。


そして。

この想いを込めて、2人で「blayn」という

社名を名付けた。

brilliant legends are yours now」

の頭文字5つをとって。


この言葉には

「今、この瞬間を大切に生きていく。」

という2人の人生観、価値観が込められています。


あいつ。

まさに、この言葉の通りに生きてた。

最後の瞬間まで。


そしてこの8年間

いつも、道に迷った時


てんもうさんの信じる道を歩んでください。

僕は、それが好きだし

それが、ブレインだと思います。


こう言い続けてくれた。

いつも、心から信用し、想ってくれてた。

これ以上ないというぐらい。


旅立った今

もう、この言葉を聞くことは出来ない。


けど、これまでも、この先も

今までと変わらず

自分の

「信念」を貫きとおして生きていこうと思う。


あいつに、恥じるような生き方はしない。

blaynという会社もそう

ひとりの男、人間としてもそう。

まっすぐ、ど真ん中を、生きていく。


てんもうさん。

息子が命を捧げた会社、よろしくお願いします。

 

これは、彼のお父さんの言葉。

まさにその通りだと思う。

ブレインという組織、そして自分に対して

命を懸けて尽くしてくれた。


この想いに値する存在であり続けます。

ブレインもそう。

ひとりの男としてもそう。

それが、あいつの生きてた証。

そして、自分が背負っている責任の重さ。

そう思っています。


最後に。


人と人との出逢いには別れがつきものと書いた。

けど、こうとも言える。

心のなかで想い続け、忘れない限り

俺達に別れなんてない。


そうよな、礼。



>> 第一回へ



2009年03月25日

戦友の旅立ち 第15回

テーマ:戦友の旅立ち

(第1回はこちら

http://ameblo.jp/blayn/entry-10211243090.html


この日は

今まで一緒に過ごしてきた日々について

自分の思い、彼の思い

そして、ブレインの未来について

いろんな話しをした。


もう、これ以上ないっていうぐらい。


この日、あいつと交わした会話は、一生

忘れることはない。

 

そして、これ以降

お互い病気のことについては何も話さない

いつもの日常に戻っていった。


わずかな時間しか残されてなかった。


けれど

今までと同じように出社し、仕事してた。

ブレイン初の社員旅行

そして、忘年会は本当に楽しそうだった。


2008年12月27日。


緊急入院したのは、忘年会翌日の朝。

激しい頭痛と、嘔吐に襲われて。

この時、主治医から


持って年内いっぱい。

長くても年明けそうそう。


と宣告された。

けど、これは

奇跡的に乗り越えることが出来た。


とは言っても、状況が良くなったわけではない。

前向きな治療はない。

ただ、その時を待つというだけで。。


容態は

徐々に悪化していった。


入院後、しばらくは普通に会話できたけど

次第に意識が途切れるようになり

話しかけても

反応がどんどんと小さくなっていった。


最後に会ったのは

あいつが

旅立つ3日前の日曜日。


翌日からマニラ出張だったので

お見舞いに行くと

声もでない、意識も朦朧とした状態だった。


自分の問い掛けに、うなずくことは出来るけど

言葉はでない。

本当に苦しそうだった。


帰り際。


また来るからな。


と声を掛けて、歩み出したとき

彼の、おかぁさんに呼び止められた。


振り返ると

あいつが、苦しそうに手を差し出していた。

今までこんなの一度もなかった。

力いっぱい手を握ってきた。言葉はない。


今思うと、これが最後の別れになるって

悟っていたんだと思う。


後々、お父さんから

こう聞かされた。


意識が朦朧としだした頃

看護士さんの呼びかけには反応しないのに

てんもうさんの

声だけには反応するんです。


あと、もうひとつ。


てんもうさんが

お見舞いに来てくださった3時間後

意識がなくなったんです。

そこからは、もう二度と意識が戻らなかったです。

たぶん、最後に

てんもうさんに会えて安心したんだと思います。


って。


2009年2月18日 20時43分。

28年間の人生を

全力で生き抜いて、旅立っていった。


>>最後に。

    

2009年03月24日

戦友の旅立ち 第14回

テーマ:戦友の旅立ち

(第1回はこちら

http://ameblo.jp/blayn/entry-10211243090.html


2008年11月12日。

いつも通り、オフィスで仕事をしていると

彼から


てんもうさん。

これを預かっていただけますか。


と、一枚の紙切れを渡された。

そこには主治医、そして

彼の両親の電話番号が記載されていた。

すっごく嫌な予感がした。


理由はこうだった。

 

あらたな箇所に

癌が転移してしまい

しかも、急激に大きくなっていると。

いつ、何があるか分からない状況なので

これを持っておいて欲しいと。


あと、こうも言ってた。


手術はしない、というか出来ないです。

危険な場所すぎて、手術すると

それで終わってしまうかもしれないです。


つまり、打つ手がないってこと。

薬も効かない、手術もできない。

ただ祈るしかないと。


この話しを聞いて

どれだけの時間、言葉を失っていたのか

覚えていない。

とにかく何も言えなかった。

なにひとつ。

 

すると、そんな姿を見かねてか

あいつが笑いながら、こう言ってきた。

 

てんもうさん、話変わるんですけど・・・

6年前、ぼくがなんで

東京に来ようと決めたか分かりますか?


って。

はぁぁ?こんなときに何ゆっとんねん?

って思っていると

構わずこう続けてきた。


てんもうさんは

覚えてないかもしれないんですけどね・・・

こう言ってくれたんですよ。

 

「 ごめんな。

 正直、東京に来てくれてもな

 成功するかどうかの保証はできへん。

 けどな、ひとつだけ言える。


 何があろうと

 お前が、裏切らないかぎり

 俺から、お前を裏切ることは絶対ない。

 これだけは約束する。命を賭けてな。」


って。

あと、こうも言ってましたよ。

これは、うちの親父から学んだことやから

絶対やって。


ぼく、これを聞いた瞬間に

決めたんですよ。

この人についていこうって。

自分から、裏切らない自信があったので。。


てんもうさん。

今日まで守ってくれたじゃないですか・・・

この言葉を。


だから、ぼくも守ります。

最後まで。


こう言い終えて、涙を浮かべてた。。。


>>第15回へ



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