ギター職人とは誰か? ”リチャード・トンプソン”を聴く | Music and others

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あなたがこの「ギター職人」と言うワードを聞いた時に、誰を思い浮かべますか? 私の場合、即座にリチャード・トンプソン(Richard Thompson)のひげ面が現れます。



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彼は輝かしい経歴の持ち主ではなく、イギリスのフォーク&トラッド畑の出身です。 英国エレクトリック・フォーク界のギター職人ではないかと思います。 私は、英国フォーク界の中では、ペンタングル(Pentangle)派でしたので、フェアポート・コンヴェンション(Fairport Convention)出身のリチャードのことは殆どまともに聴いておりませんでした。 きっかけは、またしてもピーター・バラカン氏の番組でした。

何と言ってもたかだか18歳で、ブリティッシュ・フォーク・ロックの最高峰と言われることになる、"フェアポート・コンヴェンション"のリード・ギタリスト兼コンポーザーとして活躍したのですから。 ニック・ドレイク(Nick Drake)やジョン・ケイル(John Cale)、ボニー・レイット(Bonnie Raitt)やスザンヌ・ヴェガ(Suzanne Vega)、最近では、ルーファス・ウェインライト(Lufas Weignlight)のアルバムにも参加していたと思います。




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因みに、Rolling Stone誌の企画「100 Greatest Guitarists」の中では、69 位と言う位置付けです。 ですから、どちらかと云えば、「知る人ぞ知る」と言うタイプのミュージシャンでしょうか?

ただ最も残念だったのは、2011年に予定していたビルボード・ライブ東京/大阪の公演が、”地震の影響”により、彼自身の判断なのか、来日中止となったことです。 翌年には来日して、アコギ1本での弾き語りスタイルで、職人ぶりを思う存分発揮したそうです。 観に行った私の友人から聞きましたが、ピーター・バラカン氏とムーン・ライダースの鈴木慶一先生が客席にいらしたそうです。
ギターは音もピッキングも圧巻だったし、本人も背が高く190cm以上あったと感動しておりました。


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彼はエレクトリック・トラッドというジャンルの先駆者であり、そのギター奏法はとってもユニークです。 彼にしかできない、「トラッド+カントリー」のトリッキーなベンドを多用したソロはまさしく職人技と言えるでしょう。

あのフェアポート・コンヴェンションでの名作、69年に発表された2作品、「 Unhalf Bricking」「Liege & Lief」、は本当に微妙なバランスで成り立ったブリティッシュ・フォークのマスターピースだと思います。 この後、よりトラッドな方向に向かった為に、イアン・マシューズ(Iain Matthew)を筆頭に、リチャード、サンディー・デニー(Sandy Denny)が脱退して行きました。 ただ、驚くべきは彼らのサウンドの変遷に少なからず影響を与えたのが、ザ・バンド(The Band)のファースト「Music From Big Pink」だと云われている点です。

脱退以降ソロ活動に移行していったのですが、ある時期にイスラム教の一派である密教(スフィ教)に改宗し、音楽活動を止めているようです。 結婚したリンダ・ピータース(Linda Peters)と共にその宗派のコミューンに入り、”隠遁生活”のような謎の空白期間が約2年間あります。 おそらくは、初ソロ・アルバム「Henry the Human Fly」の評価(酷評?)と結果(売り上げ)とが思わしくなかったことが影響しているようですが.......。 我々、日本人には殆ど想像出来ない、”改宗”と言う大きな岐路が彼の生活を大きく変えていったように思います。 かつて、ボブ・ディランやモハメド・アリにも同じようなターニング・ポイントが訪れたことを思い出しました。 真実は分かりませんが.........。
個人的にも、特定の宗教に帰依したことがないので、生活の上で必要不可欠なものと考えたことがありませんので。 更には、あの9.11テロの影響を受けて、イスラム教徒の方達は色々と誹謗中傷を受けた筈です。
ただ、この日々がリンダとの間のリレーションシップに様々な意味で影響を与えて行ったことは想像に難くありません。

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さて、彼の作品の中で最も好きなアルバムと言えば、「ミラー・ブルー(Mirror Blue)」になります。 1994年に発表されたのですが、かなりロック寄りに振れています。 サウンド・プロダクションに関しても、このアルバムはミッチェル・フルーム(Mitchell Froom)とチャド・ブレイク(Tchad Blake)のコンビが担当しています。
いわゆる、1986年リリースの「Daring Adventures」 から連なるミッチェル・フルーム5部作、その4作目にあたります。 リチャードに好意的であったレーベル、キャピトル・レコード(Capital Records)のトップ・マネージメントの一人、CEOが交替したことを受けて、1年近くリリースが保留となり、あげくに余り注力されなくなり、売り上げは内容とは比例せず厳しい結果となりました。


***** Track listing *****
All songs written by Richard Thompson.

1. For The Sake Of Mary
2. I Can’t Wake Up To Save My Life
3. MGB-GT
4. The Way That It Shows
5. Easy There, Steady Now
6. King Of Bohemia
7. Shane And Dixie
8. Mingus Eyes
9. I Ride In Your Slipstream
10.Beeswing
11.Fast Food
12.Mascara Tears
13.Taking My Business Elsewhere

□ Personnel

  Richard Thompson – guitar, vocals, mandolin
  Mitchell Froom – keyboards
  Jerry Scheff – bass guitar, double bass
  Pete Thomas – drums, percussion
  Christine Collister – backing vocals
  Michael Parker – backing vocals
  John Kirkpatrick - accordion, concertinas
  Danny Thompson - double bass on "Easy There, Steady Now"
  Alistair Anderson - concertina, Northumbrian pipes
  Tom McConville - fiddle
  Martin Dunn - flute
  Philip Pickett - shawms

Produced by Mitchell Froom
Engineered by Tchad Blake



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ミッチェル・フルームとチャド・ブレイクのコンビによるサウンド・メイキングと、リチャード自身の指向とがバランスが取れているように思います。 トラッド風味と先鋭的な味付けのロック&ポップ・ミュージックとが、絶妙な融合を示していると思います。 

最初に耳に残る曲は、”MGB-GT”をが挙げられます。 歌詞ですが、イギリス・メイドの車、”MGB-GT”の素晴らしさを自慢するような内容ですが、それよりもギター・ソロが素晴らしい出来です。


そして、このアルバムが多くの人から指示される最大の理由が、10曲目の”Beeswing”が収録されているからです。 この曲は、友人やファンが選ぶベスト30曲の中で、見事に1位にランクされています。 実は、リチャードの音楽出版会社の名前は”Beeswing Music”、それから、公式のウェブサイトも”Beesweb”と言います。 これは、いかにリチャード本人がこの”Beeswing”という曲を気に入っているかが分かると思います。 曲が出来たのは、1991年リリースの 「Rumor & Sigh」の頃で、その後に歌詞はかなり書き直しされたらしいです。「Mirror Blue」は、この1曲のためだけでも、ぜひ買うべきだと思います。
この”Beeswing”とは、文字通り”ハチの羽根”という意味で、ピーター・バラカン氏に因ると、”ミツバチの羽のように繊細な”と言うようなニュアンスのようです。 本来は、古いワインの表面に出来る膜状の酒石のことです。さて、歌詞はストーリー仕立てで3番まである長いものです。 自身の経験という訳ではないんでしょうが、多分にそういう要素も入っているかもと本人は語っています。 ミツバチの羽のように繊細な彼女との出会いから、自由奔放で気ままな生活を望んで消えてしまった彼女に想いを寄せるところで幕を閉じます。 歌詞の一部を載せてみますが、むさ苦しい”オッサン”が書いた詩とはとても思えません(ごめんなさい)。

まずは、サビの部分が、

She was a rare thing
Fine as a Beeswing
So fine a breath of wind might blow her away
She was a lost child
She was running wild, she said
As long as there's no price on love, I'll stay
And you wouldn't want me any other way


『彼女はめったにいない存在
Beeswingのように繊細でとても素晴らしい
だから一陣の風が今にも彼女をさらって行きそう
彼女は捨てられた子供だった
やりたい放題やってきたわと彼女は言う
愛がお金で取引されない限り、私はどこにも行かないわ
あなたが私を求めるのもそうだからでしょう』



それから、3番目の後半には、

And they say she even married once
A man named Romany Brown
But even a gypsy caravan
Was too much settling down
And they say her flower is faded now
Hard weather and hard booze
But maybe that's just the price you pay for the chains you refuse

She was a rare thing
Fine as a Beeswing
And I miss her more than ever words could say
If I could just taste
All of her wildness now
If I could hold her in my arms today
Then I wouldn't want her any other way


『彼女が結婚したということを聴いた
ロマニー・ブラウンと言う男と
でもジプシーのキャラバンの中にいても
彼女には何だか落ち着き過ぎてしまったように思えたはず
今では彼女の美しさも色褪せてしまったという噂
深酒と厳しい気候のせいで
でも、それは束縛されることを拒む者への代償かもしれない


彼女はめったにいない存在
Beeswingのように繊細でとても素晴らしい
だから一陣の風が今にも彼女をさらって行きそう
彼女は捨てられた子供だった
やりたい放題やってきたわと彼女は言う
愛がお金で取引されない限り、私はどこにも行かないわ
あなたが私を求めるのもそうだからでしょう』



演奏シーンをYOUTUBEで探してみましたが、ビジュアル的にはちょっとキツい.....かもしれませんが。




あと、彼の個性でもある英国人固有のシニカル(cynical)な部分について触れておきたいと思います。 本アルバムにも奇妙なタイトルの曲がありますよね、11曲目の”Fast Food”です。 何たって、出だしから『Big Mac, small Mac, burger and fries』です。 彼はアルバム・デザインを観ても分かるように、とてもシニカルでユーモアを忘れず、時折時事ネタを歌にする得意技があります。 
2006年にリリースされた"RT: The Life and Music of Richard Thompson"と言う、5枚組のBox Setには様々な曲が収録されております。 例を挙げると、”Madonna's Wedding”(2000年にスコットランドのお城で結婚式をあげたマドンナをキツい皮肉で笑わせてくれます)、”Dear Janet Jackson”(2004年のスーパーボウルのハーフタイム・ショーで起きた例のオxxイ・ポロリ事件、痛烈に皮肉っています、激笑モノです)があります。 あとは、他人の曲のカヴァー、驚くべきはザ・フーの初期ナンバーのメドレーです。 
次の機会に、このボックスセットの全容を取り上げたいと思います。 それから、元妻であり優れたシンガーであるリンダとのことも、彼も完全無欠な人間ではなかったということですネ......。


イギリス人としての根っこの部分は変わらない、ギター職人どうでしょうか? もっと多くの人に知って欲しい一人です。