【三橋貴明】TPPで雇用が奪われる?【TPA採決】 | 独立直観 BJ24649のブログ

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 保守系メディアは、TPPについて、反対論に傾斜している。
 その論拠の1つが「アメリカに雇用を奪われる」というものだ。


三橋貴明 「「震災大不況」にダマされるな!」 危機を煽る「経済のウソ」が日本を潰す」 (徳間書店、2011年) 82~85ページ

◎アメリカの狙いは「自国の雇用改善」だけ

 繰り返そう。アメリカにとってのTPPは「自国の雇用改善」計画の一部である。正直、オバマ大統領はそれしか考えていないといってもいい。その証拠に、2011年1月、オバマ大統領は一般教書演説を行ったが、話題は国内の雇用改善に終始した。

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 「過去2年間、我々は21世紀の再建作業を開始した。本事業は、衰退した建設産業に数千もの仕事を与えることを意味する。今夜、私はこうした努力をさらに倍増することを提案する。
 壊れかけた道路や橋を修復する仕事に、さらに多くのアメリカ人を充てるようにする。そのための給付が支払われるのを確実化し、民間投資を誘致し、政治家のためではなく、経済にとって最適な事業を選択するようにしたい」(ウォール・ストリート・ジャーナル日本版『オバマ米大統領の2011年一般教書演説原稿(英文)』を筆者が翻訳)

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 そして同一般教書演説において、オバマ大統領は「輸出倍増計画」についても発言している。ちなみに、この発言を取り上げた日本のメディアは皆無だった。

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 「輸出事業を支援するために、我々は2014年までに輸出を倍増する目標を掲げた。なぜならば、輸出を増強すれば、我が国において雇用を創出できるためである。すでに我が国の輸出は増えている。最近、我々はインドと中国との間で、米国内において25万人の雇用創出につながる協定に署名した。先月は、韓国との間で7万人の米国人の雇用を支える自由貿易協定について最終的な合意に至った。この協定は、産業界と労働者、民主党と共和党から空前の支持を受けている。私は、上院に対し、本合意を可能な限り速やかに承認するよう求める。
 私は大統領に就任する以前から、貿易協定を強化するべきとの考えを明確にしていた。そして、私が署名する貿易協定は、米国人労働者を守り、米国人の雇用創出につながるものに限るだろう」(前掲に同じ)

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 貿易協定は、米国人労働者を守り、米国人の雇用創出につながるものに限る。オバマ大統領はここまで言い切っているのだ。ちなみに、「貿易」で自国の雇用を改善するには、相手国の雇用を奪い取るしかない。相手国に生産させず、自国のモノ(及びサービス)を買わせることで、自国の雇用を改善するわけである。良い悪いの話ではなく、現実的にそれ以外の手段はない。
 アメリカにとってのTPPとは、輸出倍増計画の一環であり、雇用改善以外の目的はないのである。そして、そのためならば、アメリカは日本の雇用を奪うことなど歯牙にもかけないわけだ。
 2007年には5%を下回っていたアメリカの失業率は、リーマンショック後の2009年10月に10%を上回った。
 そこでアメリカは、雇用創出のために各国と貿易協定を結び、国内では減税を延長し、公共投資の拡大を検討すると同時に、2010年11月から量的緩和の第2弾(連邦準備制度理事会が8カ月かけて6000億ドルの米国債を買いあげ、市中にドルをばら撒く政策。QE2とも呼ばれる)を実施した。
 QE2によりジャブジャブと放出されたドルが、株式市場や先物市場に流れこみ、結果的に世界の食料価格や資源価格が高騰してしまった(右ページグラフ)。だが、そんな他国の迷惑など、アメリカにとっては知ったことではない。アメリカが考えているのは、自国の雇用改善のことのみだ。
 そして、「自国の雇用改善」のための対日戦略が、TPPというだけの話だ。そもそも、オバマ大統領自身が「自分がサインする貿易協定は、アメリカの雇用改善に有効なものだけだ」と明言しているのだから、陰謀でも何でもない。
 日本はTPPに参加するべきか否か、それを議論するならば、まずはこうしたアメリカの思惑を理解することから始めるべきだろう。」

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 ところで、アメリカ連邦議会がTPA採決で揉めている。
 オバマ大統領が所属する民主党自身が難色を示しているのである。
 なぜだろうか。


「TPP法案 上院焦点の動議採決へ」 NHKニュースウェブ2015年6月23日
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150623/k10010124631000.html

「TPP=環太平洋パートナーシップ協定を巡り、アメリカ政府に強力な交渉権限を与える法案は、先週議会下院で可決されたのに続いて、採決に進むために必要な動議が議会上院で23日、採決されることになり、法案の行方を左右する山場を迎えます。
TPPの交渉の加速に欠かせないとされる、アメリカ政府に強力な交渉権限を与える法案は、先週議会下院の本会議で賛成多数で可決されました。
法案は上院でも可決する必要があり、23日、まず採決に進むために必要な動議が上院の本会議で採決されます。
TPPを推進する立場の野党・共和党のトップマコネル院内総務は「23日に採決に臨み、今週中にはオバマ大統領が署名できるようにする」と述べ意欲を示しました。
動議の可決には上院の定数100のうち60以上の賛成が必要で、共和党の多数の賛成に加え与党・民主党の一部が賛成に回らなければなりません。しかし民主党内には、TPPで国内の雇用がおびやかされるとして慎重な議員が多く、採決ぎりぎりまでオバマ大統領らが一部の議員への働きかけを続けるものとみられます。
動議が可決されれば、法案そのものの採決に進み成立への道筋が見えてくるため、上院では法案の行方を左右する山場を迎えることになりTPP交渉に参加している各国も注視しています。」


 TPPでアメリカの雇用がおびやかされる?
 TPPでアメリカは雇用を奪うんじゃないの?

 オバマ大統領は4年前の一般教書演説で「私が署名する貿易協定は、米国人労働者を守り、米国人の雇用創出につながるものに限るだろう」と言ったわけだが、民主党はTPPは雇用創出につながらないと懸念を示し、慎重な態度をとっているということになる。
 そういえば、オバマ大統領が「韓国との間で7万人の米国人の雇用を支える自由貿易協定について最終的な合意に至った」と言う米韓FTAで、アメリカはどれほどの雇用改善を達成できたのだろうか。
 こんな記事を見つけた。


「コラム:自由貿易協定で膨らむ米赤字、TPPは本当に必要か」 ロイター2015年2月18日
http://jp.reuters.com/article/jp_column/idJPKBN0LM0JT20150218

「Leo Hindery Jr.

[17日 ロイター] - オバマ米大統領は環太平洋連携協定(TPP)妥結に向け、大統領に貿易促進権限(TPA、いわゆるファストトラック権限)を付与するよう議会に要請している。この権限が大統領に付与されれば、議会は大統領がまとめた通商協定について「賛成票」か「反対票」を投じるのみで、協定に修正を加えることはできない。

オバマ大統領は、TPP交渉で米国に最も有利な条件を引き出す上で、権限は不可欠だと主張する。

オバマ大統領は2008年の大統領選の際、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉を行い、改善を図ると約束した。しかし大統領は今、この欠点の多い貿易モデルを他国にも広げようとしているようだ。

NAFTAから21年、2011年の米韓自由貿易協定(FTA)から4年が経つが、この貿易モデルが大半の米国の企業、農業、労働者にとってマイナスの影響をもたらしていることを示すデータは数多い。

自由貿易協定の導入以来、協定相手国に対する米貿易赤字は430%超増加。同じ時期、協定を結んでいない国との米貿易赤字は11%減少した。ファストトラック権限がNAFTA締結や、米国の世界貿易機関(WTO)加盟に活用されて以来、全体の米貿易赤字(モノの貿易)は年間2180億ドルから9120億ドルへと4倍超に膨らんだ。

米国は今では、自由貿易の相手国20カ国とのモノの貿易赤字が、年間1770億ドルに達している。ただし、過去10年間の米国の輸出の伸びを見ると、自由貿易協定を結んでいない国に対する輸出の伸びのほうが、協定相手国に対する輸出の伸びよりも24%高い。

NAFTAの下、カナダとメキシコへの輸出における米中小企業のシェアは低下した。もしシェアを失わなかったとすれば、米中小企業のメキシコとカナダへの輸出は、今よりも年間135億ドル多いはずだ。」

http://jp.reuters.com/article/jp_column/idJPKBN0LM0JT20150218?pageNumber=2

NAFTAやそれ以降の自由貿易協定がファストトラック権限を通じて可決されて以来、米国では500万人分(4人に1人)の製造業の職が失われた。自由貿易協定の影響で、大学の学位を持たない米労働者の63%にとって、就くことのできる職種や賃金が根本的に変化した。

米労働統計局によると、一度職を失って2014年に再就職した製造業の労働者のうち、5人に3人は賃金が減少。3分の1は、賃金が20%以上も減少した。職を失った製造業の労働者が、接客や小売りなどのサービス業に進出し始めた結果、サービス業の実質賃金も減少した。

ファストトラック権限が誕生した1974年以来、米労働者の生産性が倍になる半面、実質ベースの賃金はほとんど増加していない。

米労働者がどうやって、最低時給が平均58セントに過ぎないベトナムに対抗するのか、という点については、ワシントンの通商担当者は、TPPの労働に関する条項を隠れ蓑にしている。しかしこの労働条項とは、ブッシュ大統領(当時)がコロンビア、パナマ、ペルーとの自由貿易協定に盛り込んだ労働基準の単なる焼き直しに過ぎない。さらに、会計検査院(GAO)が公表した新たな報告書によれば、労働規定があっても、コロンビアなどの国々の労働条件に改善は見られない。

自由貿易協定により消費財は値下がりしたが、中間層の賃金減少分を補うには不十分。輸入品の価格下落を考慮したとしても、大学の学位を持たない米労働者の賃金はおよそ12.2%減少した。つまり、米国の製造業、サービス業への消費者の需要が減退したということになる。

オバマ政権の通商担当者は、直近の自由貿易協定ではこうした弊害は起こらないとして、過去の話だと一蹴するかもしれない。

しかし、TPPのたたき台になっている、2011年の韓国との自由貿易協定では、韓国に対する米国の貿易赤字は最初の2年に50%急増した。これは米国で5万人分の職が失われたことを意味する。中小企業による韓国への輸出も14%減少した。米国の対韓貿易赤字(モノの貿易)は2014年10月に30億ドルに達し、過去最大を記録した。

最近の通商の状況が、米国の所得格差拡大につながっていることについては、エコノミストもほぼ一致している。見解が分かれているのは、どの程度が通商の責任なのかという点だけだ。ピーターソン国際経済研究所は、格差拡大のうち39%が通商に起因する部分としている。」


 米韓FTAはアメリカ有利の条件だったはずなのに、どうやらアメリカは雇用の改善につなげられなかったようだ。
 7万人の雇用を増やすどころか、5万人の雇用が減ったらしい。
 こういうこともあって、民主党はTPPに難色を示しているのだろう。

 それにしても、オバマ大統領は「我々は2014年までに輸出を倍増する目標を掲げた」わけだが、果たして実現されたのだろうか。
 今や2015年の半ばだが。
 少なくとも、アメリカの中小企業の対韓輸出は減っている。
 アメリカの大統領が「輸出を倍増する」と決意を述べてみたところで、その通りになるとは限らないのではないか。

 ところで、三橋氏は、TPPと米韓FTAについて論じるブログ記事で、こんなことを言っている。


「TPPと米韓FTAとコメ問題」 三橋貴明ブログ2011年10月16日
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-11049519345.html

「わたくしは主に「TPP、自由貿易などはデフレ促進策」という路線で批判を展開してきました。何しろ、TPPや自由貿易は未だにリカードの比較優位論を根拠にしており、そして比較優位論は以下の三つが成り立たないと巧くいかないためです。

◆セイの法則:供給が需要を産み出す(逆じゃないです)
◆完全雇用
◆資本移動の自由がない

 最後の資本移動の部分ですが、工場などの資本移動が自由自在になってしまうと、リカードの比較優位論も何もあったものではないという話です。実際、アメリカは日独などの製造業の猛攻を受けた時期('70~'80)に、本来であれば「技術開発投資」にお金をつぎ込むべきだったのですが、資本を外国に移すという道を選び、製造業の一部が「産業ごと」消えてしまいました。

 残った製造業(自動車ーメーカーなど)も、やはり技術開発投資を軽視し、自国や各国の制度システムを変えることで生き残りを図ります。すなわち、市場にあわせた製品開発をするのではなく、市場を自分に合わせようとしたのです。

 制度システムを変更するのは政府にしかできませんので、アメリカの自動車メーカーなどはロビイストや献金を通じて政府に影響力を発揮し始めます。しかも、アメリカの自動車メーカーは自国のシステムならともかく、外国(日本など)の制度システムも目の敵にし、「非関税障壁だ!」と叫び、政治力を使い、「市場を自分に合わせようと」したわけです。結果、現在のTPPに繋がる日米構造協議が始まりました。

 世界経済はいま、上記リカードの比較優位論の前提条件を三つとも満たしていません。こんな状況でTPPを推進したら、日本は物価がますます下落し、失業率が上昇することになります。恐ろしいことに、アメリカの方もそうなる可能性があります。


 以前はなんとなくそうかなと思っていたが、あらためて見てみると、おかしいのではないか。
 三橋氏は、一方で「TPPでアメリカは雇用を改善して、日本は雇用を奪われる」と言い、もう一方で「TPPでアメリカは失業率が上昇する可能性がある」と言っている。
 矛盾している。
 TPPでアメリカは雇用を改善できるのか、できないのか、どっちなのか。

 私としては気になるのが、比較優位説批判の出典が付されていないところだが、三橋氏の見解は経済学上広く承認されているのだろうか。
 私は経済学のことはわからないし、比較優位説は飯田泰之「世界一わかりやすい経済の教室」(中経出版、2013年)を読んでもなかなか飲み込めなかった。ややこしい。
 比較優位説は、自由貿易においては、当事国間で比較して、機会費用が低い商品の生産に特化していくという見解だと理解している(ちなみに、三橋ブログで「機会費用」で検索しても一件もヒットしない。)。
 三橋氏が言うように、たとえば当事国が全て完全雇用でないと、かかる特化がおきないものなのだろうか。
 失業率に関係なく、特化は起きるのではないか。
 素朴に疑問だ。

 「TPPによって日本はアメリカに雇用を奪われる。」
 TPP反対論のこの論拠は、疑った方がいいと思う。
 「危機を煽る「経済のウソ」」かもしれない。