ラスムッセンの悲劇!第三部 【もう少しで完結編】
【ラスムッセンの悲劇~前回よりの続き】
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●シーン6 フランス・ピレネー山脈麓のあるホテル
2007年7月25日午後8時過ぎ、ツール・ド・フランス第16ステージの興奮も収まり、この地域では伝統を誇る中規模ホテルのまわりからも報道陣やファンが立ち去りはじめ、人口3,000人のこの街もいつもの静けさを取り戻しつつあった。
今やチーム「ラボバンク」のエースとなった山岳王ラスムッセンはまだ心地良い勝利の余韻の中にいた。
あの小生意気な奴、ディスカバリーチャンネルのコンタドールにはもはや決定的と言って良いほどの差を付けた。
後は問題なのは、3日後の第19ステージ、タイムトライアルだけだ。このタイム差があればあとは普通にさえ走れればいい。
タイムトライアルには苦手意識を持つラスムッセンだったが、今回は絶対大丈夫…と自分に言い聞かせてきた。2005年のツール・ド・フランス第20ステージのように、焦りのあまり落車を繰り返すようなことさえなければ、総合優勝は自分のものになる。あのときは惨めだった。もうあんな思いだけはしたくない…。
「やはり自分が一番強い!」
そんな確信を深めるのには充分な今日の勝利だった。
ラスムッセンはちょっとした不安を振り払うように大きく深呼吸すると、ふと時計を見やった。さて、マッサージはそろそろ自分の番のはずだが…、もう10分遅れだ。きっとチームメイト、メンショフのマッサージが長引いているのだろう…、彼も今日は良い仕事をしてくれたからな、まあ、ゆっくりするか…。
そんな時、ホテルの部屋の電話が鳴った。
「あ、ラスムッセン君か?」
監督だ。彼が直接選手の部屋に電話をしてくるのはとても珍しい。
「ちょ、ちょっと悪いんだが、私の部屋に来てくれないか。」
「今ですか?」
「そうだ。今すぐだ。」
ラスムッセンは戸惑った。背中に一瞬冷たいものが走った。一体なんだろう…。だが、今日のこの状況だ。それほど悪い話がある訳はない。おそらく明日の作戦やチームの方針の変更か何かだろう…。そう思いながら、監督の部屋へと向かう。
監督は厳しい表情をしていた。ラスムッセンは意味がわからなかった。
「ラスムッセン君、君にはショックかもしれないが、明日からチームを外れてもらうことになった。」
「えっ?マ、マジですか?下手な冗談はやめにしてくださいよ。」
「いや、冗談ではない。これはもう決まったことだ。残念だが決定に従うしかない。」
山岳王ラスムッセンはこの瞬間、ピレネーの山頂から滑り落ちた。それも深い深い奈落の底へ…。
ラスムッセンは何度もその理由を確認した。そしてその決定がいかに間違ったものであるかを何度も説いた。何分間話し続けたのかも覚えていない。今回ばかりは引き下がるわけにはいかなかった。
だが、監督にどんなことを言っても無駄だった。プロサイクルロードレースは厳格な鉄の掟の世界だ。一度チームのトップが決めたことが覆るはずもない。
「……」
彼は涙を必死にこらえた。あのことがそんなに問題になるなんて…。しかも総合優勝を確実にした今日というタイミングで…。それならツールに出る前になぜ言ってくれなかった…。子供のころからの夢だったのに…。それがもうすぐ手に入る…そこまで来ていたのに。すべてをこれに賭けていたのに…。
彼は今年の春、UCIにウソの報告をしていたのだ。そう自分の練習場所について。本当はイタリアにいたのに、メキシコと書いた。それだけだ。それがこれほどの問題になるとは思っていなかった…。昨今ドーピング問題に過敏になっているチームがスポンサー撤退などという大きな問題になる前に、自分をクビにすることで生き残りを計ったのだ。
彼、ついさっきまでのマイヨジョーヌ(=総合1位)、ラスムッセンは、荷物をまとめてその日のうちにホテルを去った。一旦自分のものとなったはずの黄色いジャージは、スルスルッとその手をすり抜けて行った。
チームメイトも皆打ちひしがれていた。特に必死の思いでラスムッセンを引っ張り続けた元エースのメンショフの落ち込みようは、誰もが同情するほどだった。他のメンバーは翌日のステージにも出走したが、メンショフは出走のサインをすることができなかった。もう気力が残っていなかったからである。
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あ、また終わらなかった。まだ「ラルプデュエズ峠」のバトルが続いてる。
次回は本当に完結編!電動ママチャリとマウンテンバイクの勝負はつくのか!?
つづく
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