そろそろインフルエンザのシーズンになりますので、今回は『インフルエンザ肺炎』についてです。皆さんの施設にどんな形で来院されるか分かりませんが、NEJMに掲載された症例をベースに考えてみます(N Engl J Med 2015; 373: 2456-2466)。
症例:季節は冬。生来健康な22歳男性。海外渡航歴なし。入院5日前から発熱、悪寒、咳嗽を認めていた。市販の解熱薬を内服するも改善しないため、入院前日に病院受診したが、レントゲンでも異常を認めず、気管支炎の診断で帰宅となった。しかしながら24時間後に呼吸困難のために患者は親戚に連れられて救急外来受診となった。
来院時のバイタルはBP51/33、HR165、RR55、Tem36.8で重症呼吸不全の状態。レントゲンは以下のとおり
NEJMのケースとは内容も多少、また画像も異なっていますが、だいたいこんな感じです。さて、ここからの議論の展開の仕方はいろいろありますが、ちなみに『急性発症で、両側びまん性浸潤影』を呈する疾患には以下のものがあります。
ARDS、心原性肺水腫、肺炎(細菌、ウイルス、真菌など)、急性間質性肺炎、急性好酸球性肺炎、びまん性肺胞出血、器質化肺炎、薬剤性肺障害など |
症例のように、若年者でおそらく免疫能正常であること、海外渡航歴がないこと、来院までに発熱や悪寒、咳嗽などの症状を認めたこと、急速に人工呼吸器が必要となるくらいの呼吸症状が出現していること、などなどを考慮すると、(私の)初期診断は以下のとおりです(すでに答えを知っているので、前向き推論でないですが)。
Leading hypothesis: 感染症+ARDS、肺炎(市中肺炎、インフルエンザ肺炎)
Active alternatives: 免疫不全(HIVなど)+肺炎(ニューモシスチス、真菌など)、中毒+ARDS、粟粒結核+ARDS
Must be ruled out: ウイルス性心筋炎
市中肺炎でこれほど、急速な経過をたどるのは、多くは肺炎球菌、レジオネラですが、稀に黄色ブドウ球菌(稀に壊死性肺炎を起こす)、重症マイコプラズマ肺炎などでしょうか。免疫能が(おそらく)正常であることや、海外渡航歴もないことを考えると、真菌の可能性は低くなりますが、HIV感染の可能性は考慮しておきたいですね。レジオネラを考慮する時には、温泉歴やガーデニングなども確認したいです。
ウイルスはどうでしょう?病歴は重症インフルエンザによるインフルエンザ肺炎でもよいですね。RSウイルスは小児や免疫不全の高齢者に呼吸不全を起こすウイルスですが、免疫能正常な若年者には稀です。以前に話題となったMERSコロナウイルスは海外渡航がないので否定的です。ちなみにインフルエンザのよく知られたリスク因子は以下のとおりで、当てはまるものはなさそうです。
5歳以下、50歳以上、慢性疾患(心、肺、腎臓、肝臓、神経、血液、代謝疾患)、免疫不全、病的肥満 |
薬剤性はどうでしょうか?若年者であり、マリファナなどの吸引歴は考慮してもよいかもしれないが、非常に稀です。健康食品や漢方薬なども服用するような年齢ではないですね。
次に検査ですが、インフルエンザ迅速検査陰性、HIV検査陰性、尿中肺炎球菌抗原・レジオネラ抗原陰性でした。他にこれといって検査で診断の確定に至る所見はなし。今回は症例検討を繰りひろげるのが目的ではないため、他の病歴や検査(インフルエンザワクチン接種は?喀痰グラム染色は?CTは?などなど)はどうなんだというつっこみは全て無視します。展開が急でかつ恣意的になって申し訳ないのですが、おそらくcaseの最も重要な部分の一つが次の事柄です。
全体像がインフルエンザ肺炎を示しているのにも関わらず、検査は陰性。この時にどのように考えたらよいのか?
これは検査前確率と検査の感度、特異度を考慮すれば結論がでます。インフルエンザ迅速検査の検査特性を理解して、検査はウイルス量に依存することから、検査のとるタイミングによっても感度や特異度は変わってきます(発症早期、それから発症から時間が経ちすぎても感度は下がっていきます)。検査前確率が高い時には、感度の非常に高い検査が陰性であっても完全に否定することはできません。ただし、だからと言って極論に走って、『結局検査陰性でも否定できないんだから』とやむくもに何でも治療する訳ではないことに注意てしてください。この際、最終的な治療方針を決定する因子には、疾患の重症度や見逃した時のリスク、他の診断の可能性などいろいろありますが、このような症例を疑似体験する、もしくは似た症例を過去に体験したことがあるというexperienceも大切な因子になってきます(だから紹介しました)。ちなみにある研究によるとインフルエンザ迅速検査の特異度は98.2%と高いですが、感度は62.3%と報告されています(Ann Intern Med. 2012;156(7):500-511)。
その後の経過はタイトルから周知のとおり、喀痰のインフルエンザAに対するPCR陽性となり、インフルエンザ肺炎からARDSに至ったケースなのですが、実はインフルエンザ肺炎だけでなく、黄色ブドウ球菌(MSSA)の重感染を起こしていました(血液培養陽性)。インフルエンザ肺炎では細菌感染(黄色ブドウ球菌、化膿性連鎖球菌、肺炎球菌、インフルエンザ桿菌など)の合併を考慮する必要があります。細菌感染の2次感染は、典型的には急性期のインフルエンザ症状が改善してきた後に発熱と呼吸器症状が増悪する経過をとることが多く、インフルエンザの死亡例の多くはこうした細菌の2次感染によるものと考えられています。
治療はバンコマイシン、セフェピム、レボフロキサシン、オセルタミビル(タミフル)を投与し、全身管理をするも残念な結果に終わっています。その後の剖検では肺に黄色ブドウ球菌感染を示唆する膿瘍を認め、肺組織のインフルエンザA(H3N2)のPCR陽性となりました。
我々も日常で遭遇しうる非常に教訓的な症例でしたね。
最後に今回の症例のポイントです。
<Take home message>
・これからのシーズン、重症肺炎の鑑別にインフルエンザ肺炎を考慮する
・インフルエンザ迅速検査の特性を理解する
・インフルエンザ肺炎では黄色ブドウ球菌などの細菌性肺炎を合併することがある
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