本日は『嫌気性菌感染症(anaerobic infection)』についてです。



嫌気性菌(anaerobe)は破傷風やガス壊疽のように土などの環境から感染するものもありますが、実際に多いのは自己の保有する常在菌からの内因性感染です。


皮膚、消化管、泌尿生殖器の粘膜面に存在する常在菌であり、大腸では好気性菌の1000倍、口腔内には10倍の菌量があると言われています。


一般に二相性感染のパターンをとり、まず好気性菌が感染し嫌気状態を作り、その後発育してきた嫌気性菌により膿瘍が形成されます→膿瘍の起炎菌として想定。


例外としてClostridium属は外因性感染により単独で感染を拡大していきます。


グラム染色でみるとpolymicrobial patternとなることが多いです。培養には時間を要するため48時間(2日間)で打ち切らないようにして菌陰性の判定は4-5日目で行うことが大切です。



・・・起炎菌にはどんなものがあるのでしょうか?


呼吸器系感染ではPrevotellaが多く消化器系感染ではBacteroides属が多いです。口腔内ではPrevotella属、Fusobacterium属(Lemierre 症候群で有名ですねhttp://ameblo.jp/bfgkh628/entry-10974190056.html )、Peptostreptococcus属(グラム陽性球菌)、non Bacteroides fragilisのBacteroides属、Porphyromonasが多いです。



・・・どんな時に嫌気性菌のカバーを考慮した抗生剤を選択すべきでしょうか?


非常に高い(70%以上):ガス壊疽、毛巣囊胞、糖尿病性壊疽、足潰瘍、虫垂切除後感染症、大腸術後感染症、肛門周囲膿瘍、肺膿瘍、nonclostridial crepitant cellulites


かなり高い(50%以上):誤嚥性肺炎・肺化膿症、脳膿瘍、腹腔内/骨盤膿瘍、軟部組織・皮下膿瘍、歯科口腔領域感染症・慢性副鼻腔炎、乳腺膿瘍


低い(10~40%):骨髄炎、菌血症


(≦1%):尿路感染症


代表的な大腸由来の嫌気性菌であるBacteroides fragilisはβ-ラクタマーゼを産生しますが、βラクタマーゼを産生しない嫌気性菌はペニシリン系が有効です


横隔膜より上はβ-ラクタマーゼ非産生のPeptostreptococcusがメイン
横隔膜より下はβ-ラクタマーゼ産生のBacteroides fragilisがメイン



こんな風に記憶していましたが、口腔内の嫌気性菌であるPrevotellaのβラクタマーゼ産生菌種が増加傾向でペニシリン系、セフェム系の抗菌活性が低下(MICが上昇)しているので要注意です。

http://www.chemotherapy.or.jp/journal/jjc/05505/055050378.pdf


歯科口腔内感染症で内服抗菌薬が適応となる軽症から中等症ではセフェム系やペニシリン系を選択して不適切という訳ではありません感染巣の病原細菌数を減らす処置を行えば十分に効果は期待できます。


では、こうした口腔内の嫌気性菌の誤嚥による肺炎になった場合はどうでしょうか? ペニシリン大量投与で問題ないケースが多いと思いますが、abscessを形成したり、敗血症の状態では難しいかもしれません。。。


『感染症診療マニュアル』では標準的な治療としてペニシリンの大量投与は勧めていません。


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ここで、少し『誤嚥性肺炎』についてのお話です。


呼吸器感染症では、人口の高齢化に伴い『誤嚥性肺炎』を日常臨床でみる機会が非常に多いですが、それは下記のようなメカニズムで発症するのではと考えられています。



①口腔内、上気道での嫌気性の増加(歯牙、歯周疾患)

②下気道への侵入(大酒家、誤嚥)

③気道局所の防御機能の低下(重喫煙、慢性呼吸器疾患)

④全身性の防御機構の低下(糖尿病)

⑤嫌気性呼吸器感染症の発症



誤嚥性肺炎の起炎菌』は、嫌気性菌の他にも院内感染発症例や施設入所歴、抗生剤の長期投与歴がある方などでは、グラム陰性桿菌である大腸菌、クレブシエラの他にもS.P.A.C.E.(Serratia, Pseudomonas, Acinetobacter, Citrobacter, Enterobacter)と呼ばれる高度耐性菌が気道粘膜に定着しているのを誤嚥する可能性を考慮する必要があります。



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救急室で働いていると温泉などで湯水の吸引をした患者が運ばれてくることがあります。


救急室でレントゲンを撮影してみると肺炎像があって『誤嚥性肺炎』と診断に至ることがありますが、ここで考えて欲しいことがあります。


普通の細菌性(感染症)による誤嚥性肺炎であれば臨床的な肺炎像を作るまでは早くても2日程かかると考えられています(菌量や免疫状態にもよりますが)


来院時すでに肺炎像を作っているのであれば胃酸による化学性肺炎(chemical pneumonia)を疑います。この点が感染症とは異なります。化学性肺炎であれば誤嚥の直後から肺炎を作るのです。


化学性肺炎では抗菌薬は不要です。しかしながら、胃酸とともに口腔内の菌を誤嚥していると後で感染症による肺炎像を作ることがあります。抗菌薬の予防投与に関してはcontroversialですが、リスクが高い場合には投与しても良いでしょう。



嫌気性菌の関与することの多い『壊死性軟部組織感染症』に関してはこちら
http://ameblo.jp/bfgkh628/entry-11445731500.html



 以上です。