「SaaSはXaaSへ」 ソフトウェアに限らないサービスに進化――IDC Japanの赤城知子氏
2008年01月01日 00時00分更新
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文● アスキービジネス編集部

2007年の企業向け情報システムをめぐる動きとして最も注目を集めたキーワード「SaaS」(Software as a Service)。セールスフォース・ドットコムに代表される外資系専業ベンダーの躍進や、オラクルやSAPなどのパッケージベンダーの参入、さらにはKDDI・マイクロソフト連合による新たな取り組みも始まった。話題先行からいよいよ実用段階への移行が期待されるSaaS市場。2008年の展望をIDC Japan ソフトウェアグループマネージャーの赤城知子氏に聞く。


大手企業に導入によって、高まったSaaSの存在感
IDCジャパン アナリスト 赤城知子氏


――2007年はSaaSにとってどのような1年だったと捉えていますか?

赤城氏:SaaSに対する世間の見方が確実に変わった年と言えるでしょう。特に日本市場では、日本郵政公社(現・郵便局株式会社)がSaaS型のCRMアプリケーション「セールスフォース・ドットコム」を導入したことが大きなポイントになりましたね。郵政公社以外にも、みずほグループや三菱UFJ信託銀行などのメガバンク系列企業もセールスフォース・ドットコムを導入しました。「中小企業向けのサービス」「割安のレンタルソフトウェア」といった小粒なイメージが払拭され、ソリューションとしての市場での存在感が大いに増したと思います。

――日本を代表するような企業がユーザーになったことで、SaaS導入企業は増えているのでしょうか?

赤城氏:カスタマイズをあまり必要としない「グループウェア」や「コラボレーションツール」などをSaaSで使うユーザー企業は徐々に増えています。また、認知度が向上した結果、ユーザー企業だけでなくSaaSでアプリケーションを提供するベンダーの数も増えています。ユーザーとベンダーが共に拡大したことで、SaaSに関する課題がいくつか見えてきました。


中堅・中小企業を狙うならユーザーにあった価格帯が重要


――2008年以降、SaaSの市場を拡大させるための課題とは何でしょうか?

赤城氏:課題は中小企業と大企業の2つで変わってきます。まず、中小企業におけるSaaS導入の問題となっているのは、SaaSベンダーが中小企業にとって適正と感じる製品価格を実現していないことです。一般的にSaaS導入に意欲的なのは大企業より中小企業で、その理由は「SaaSが低価格」だからと考えられています。

 しかし、実際に調査すると必ずしもそうとは言い切れません。特に従業員100人未満の企業ではSaaSよりもパッケージソフトのほうが安くなるケースが多いようです。実際にある中小企業が、CRMシステムのリプレイスに際して、SaaSとパッケージソフトのコストを比較したそうです。その結果、月額単位の使用料金を支払うSaaSでは2年以上利用すると、パッケージソフトの導入コストを上回りました。その企業としては、3年目で超えるなら許容できたとのことでした。


 一方、従業員数が100~500人未満まで従業員数が増えれば、「パッケージを導入するよりもSaaSのほうが安くなる」と考えているケースが多いようです。現在のSaaSの価格は、システムに年間200万~300万円を投資できる企業でなければコストメリットを充分に感じる価格設定にならない、私どもは考えています。


――現状のSaaSは必ずしも中小企業に適しているとは言えないというわけですね。


赤城氏:SaaSベンダーにとっては、企業数が多く、高額な初期投資ができない中小企業は狙いたいでしょうが、そのためにはさらに価格を下げる必要があるでしょう。

 また、販売チャネルの問題もあります。現時点では、SaaSベンダーはWebを活用した直販を中心に展開しており、国内では充分な販売力があるとはいえません。その結果、「ユーザーによるバージョンアップが不要」「システム導入が早い」「ハードウェアの投資がほとんど必要ない」といったSaaSのメリットが中小のユーザー企業に浸透していません。SIerを活用した営業戦略をとるSaaSベンダーもありますが、大企業には効果的でも、企業数の多い中小企業には従来の訪問販売型の営業スタイルは向きません。

 大手のSaaSベンダーなら自社でセミナーを開催してユーザー企業を集め、認知度向上を図れます。しかし、そこまでの力が無い中小のSaaSベンダーはユーザー企業を集めることができません。生き残るために、セールスフォース・ドットコムのような有力ベンダーと提携し、そこが提供するSaaSプラットフォーム上でサービスを展開するベンダーが増えてくるでしょう。

――低価格化やアプリケーションの増加などで、大企業のSaaS導入も拡大していくのでしょうか?

赤城氏:中堅や大手企業に関して言えば、それぞれの会社で稼働中の既存システムとSaaSとの統合が難しいという問題があります。ユーザーが業務の一部にSaaSのアプリケーションを使うためには、データをSaaSベンダーに渡す必要が出てきます。しかし、企業の販売管理や財務会計などの高い機密性を求められるデータを扱う基幹系システムを他社に委ねるほど、SaaSのセキュリティは信用を得ていません。安全性が保障されるようになるまで、大企業はSaaSを全面的に採用するリスクを冒さないでしょう。

 もっとも、基幹システムに影響のない範囲で、部分的にSaaSを導入する企業は増えています。たとえば旅費・交通費の精算アプリケーションをSaaSで使い、基幹システムと連携するといった動きが実際に起きているのです。

――社内の既存システムとSaaSうまく共存させていく方向で普及が進んでいくということですね。


赤城氏:そうです。これは必ずしも大企業のユーザーだけに限ったことではありませんが、今後はSaaSに「SOA(サービス指向アーキテクチャ)」の発想を取り入れてシステムを構築することが重要だと考えています。今後、SaaSは単なる「ソフトウェア」ではなく、「あるビジネスプロセスのアウトソーシング」と理解されるようになり、「SaaS」(Software as a Service)から「XaaS」(X as a Service)とでも呼ぶべき存在へと発展する可能性があります。XaaSで提供されるオンデマンド型のサービスはソフトウェアに限る必要はなく、「配送業務」や「在庫管理」などの物理的なサービスも含んだものになります。ビジネスプロセス上必要とされているものなら「何でも(X:未知数の意)」含まれるようになるでしょう。

 将来的には企業はよりコアコンピタンスに経営資源を集中し、それ以外のビジネスプロセスに必要なものは、その都度XaaSで外部から自由に調達できるビジネス環境が生まれてくるのではないかと考えています。


赤城 知子(Tomoko Akagi)

IDC Japan ソフトウェアグループマネージャー。国内調査会社の事業部長兼シニアITアナリストを経て現職。現在、ソフトウェアグループ統括するほか、エンタープライズアプリケーション分野全般を担当し、特にERPとSCMを専門とした調査に携わる。