宮崎智彦著「ガラパゴス化する日本の製造業」
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この本、2008年秋に発売された時から気になっていたのですが、若干「ガラパゴス化」という表現をネガティブに感じてしまっていたので、読むのを控えていました。が、最近ブックオフで見つけて、やっぱり読んでみる事にしました。
●日本製品が特殊なマーケットになっているわかりやすい具体例として携帯電話が挙げられる。~(中略)~携帯電話の世界シェア上位5強といわれるのはフィンランドのノキア(シェア38%)、韓国サムスン電子(同14%)、米国モトローラ(同14%)、ソニー・エリクソン(同9%)、韓国LGエレクトロニクス(同7%)であり、この5強でシェア82%をも占める。~(中略)~ソニー・エリクソンを除く国内携帯電話メーカー9社は、その他の中に入っている。その他の中の日本企業の出荷台数を合計しても7000万台程度で、うち70%以上は国内市場向けであり、世界シェア6%程度である。~(中略)~これらの企業群が低シェアながら事業存続が可能なのは「国内携帯電話市場」という特殊なハイエンド市場があり、高い通話料とデータ通信料を払ってくれる日本人がいるためである。(p.14)
●携帯電話以外にも国内では当たり前と思われている品質の製品が世界ではそうでない例は多々ある。~(中略)~液晶テレビ、民生向けDVDレコーダー(世界ではあまり普及していない)、最近ではカーナビ、ETC(Electronic Toll Collection System、自動車のノンストップ自動料金収受システム)などもこの範疇に入りはじめている。(p.18)
●ターンキーソリューション(Turnkey Solution)は台湾企業などで頻繁に耳にする言葉である。アスキーデジタル用語辞典によれば、「独自のプログラミングやインストレーションを伴うことなく、すぐに利用できる特定用途向けシステム。ユーザーはスイッチをオンにするだけで(turn the key)そのシステムを利用できることから、このように呼ばれている」とある。(p.27)
●このようなダブルスタンダードは、以下のような問題を日本のエレクトロニクス企業に与えることとなった。
1 変化を変化と感じないリスク
2 世界市場への対応として日本を優先するか、世界を優先するかの問題
3 カスタム製品としてコテコテの技術、匠の技を活かしきれないこと(エンジニアの処遇問題)(p.30)
●世界で最もエレクトロニクス関連の情報を持っているのは台湾企業というのは90年代後半からいわれてきたことであるが、今日もなお情報量の差が開きつつある。(p.32)
●日本のエレクトロニクス産業にかかわる人々とアジア企業(台湾、韓国企業)との競合について議論する際に出てくる典型的な話を以下に示す。
1 台湾企業は工場稼働率70-80%なのに10%以上の高い営業利益率、日本は稼働率100%で営業赤字かトントン
2 アジア企業は売上高研究開発比率1-2%なのに日本よりはるかに高い営業利益率を出せている
~以降、省略。(p.35)
●一方で、韓国、台湾は自国市場のみではエレクトロニクス事業を手がけにくく、必然的にグローバルな市場を意識せざるを得ない。トップクラスの企業はグローバル対応ができており、世界中の顧客を相手にビジネスしている。(p.43)
●税制の優遇措置は実効税率(法人税を税前利益で除した率)をみると実態を把握しやすい(図表12)。日本企業は30-50%程度と高い。~(中略)~韓国も代表的なサムスン電子やLGエレクトロニクスで実効税率は15-20%程度であり、日本の電機企業と比較すると低い。減税効果は絶大で、設備投資型企業の拡大発展に極めて大きな役割を果たしている。日本企業はアジア勢と比較して、FCF(フリーキャッシュフロー)上、不利な状況下で競争を強いられており、公正な競争原理の下で勝負ができていない。(p.45)
●日本に徴兵制はないが、韓国、台湾には男性に対して徴兵制があり、理系優秀学生に対する兵役免除(正確には代役服務)が認められている。~(中略)~現在の日本では考えられないが、戦前の日本にはあった制度で、こうした国家的な意思で、理系の優秀な学生を作り出しエレクトロニクス産業を支えているのも特徴である。~(中略)~台湾での理系就職へのモチベーションは高い。メリットとして「高額報酬」と「兵役免除」がある。(p.48)
●台湾は人口が約2300万人、九州とほぼ同じ面積である。エレクトロニクス産業でメシを食う場合、自国市場だけでビジネスができない点は日本とは大きく異なる。必然的にグローバル市場を対象にビジネスモデルが構築される。米国、中国などの大市場を前提に世界標準となるべくものづくりをすることを心がける。シリコンバレーとのパイプも太く、多くの事業家は英語を使いこなす。英語が話せる従業員が多いのも特徴である。(p.68)
●EMSの代表的な企業として台湾ホンハイ、シンガポールFlextronics、米Jabil Circuitなどが挙げられる。ODMの代表的な企業は台湾Asustek、台湾Quanta Computer、台湾Compal Electronicsなどで台湾企業が独占している。(p.90)
●こうした中でも特に引き合いに出されることが多く、近年飛躍的成長を遂げている企業として、ホンハイ(鴻海精密工業、通称Foxconnグループ)を簡単に紹介する。~(中略)~製造受託専業で顧客の生産を一手に引き受けていることから、ホンハイという会社名もあまり表に出てこない。中国でもフォックスコーン(Foxconn、富士康)というブランド名しか知らない消費者も多い。~(中略)~ホンハイが製造した製品は日本の多くの人々が使用している可能性がある。有名どころでは任天堂のゲーム機WiiやDS、ソニーのプレイステーション、PSP、アップルのiPodなどの受託製造を行っている。~(中略)~ホンハイではは(注:誤植だと思うが、原文のまま転記)デジカメ生産受託も強化しており、06年には台湾Premier Image Technologyを買収、M&Aにも積極的である。背景にはEMSビジネスの用途拡大がある。また図表にはないが、米国ビジオへの出資なども行っており、液晶テレビへの受託生産拡大に向け着々と守備範囲を広めている。(p.91)
●もともとホンハイは1974年に樹脂部品の製造を手がける企業として会社が設立されている。こうした経緯もあり、金型技術を内部の付加価値として取り込んでいる。とりわけ量産金型を極めて短期間に製造する能力に長けている。金型の設計・製造技術者は推定で3万人程度といわれる(なお、組み立て関連の従業員は20万人以上である)。(p.96)
●日系企業などと比較して決定的に異なるのは、売上高に対する販売管理比率である。第1章の図表9で直感的なイメージを出しておいたが、ホンハイの場合、販売管理費の売上高比率は4%しかない。ポイントとなるのは事業規模拡大に伴い、販売管理費比率が急減しているという点である。~(中略)~日本の販売管理費比率は大手電機メーカーの平均になると22%程度になってしまう。工場単位ではなく、企業単位でムダを極限までなくしている。(p.97)
●売上高の伸びも大切だが、TSMCをみる上でより注目すべき点は営業利益率が極めて高く、工場稼働率50%でも利益が出るという点である。「産業のコスト構造を破壊した」とはまさにTSMCのためにあるような言葉だろう。~(中略)~損益分岐の工場稼働率は40%程度と推察される。日本の製造業の常識から考えれば、信じられない水準である。(p.105)
●日本でおなじみのものといえば、ブランド名auとして広く知られるKDDIのCDMA携帯電話の心臓部の半導体は米国Qualcommが設計し、台湾TSMCが製造している。(p.111)
●世界の最先端半導体の開発はグローバル顧客という視点でみるとIBMとTSMCが牽引している。TSMCのライバルはもはやUMCなどのファウンドリではなく、IBMという見方すらある。(p.114)
●サムスン電子の垂直統合モデルの特質は以下の点に集約できるとみる。
1 果敢な設備投資でボリュームゾーンを徹底的に狙う
2 半導体、液晶パネル工場などの徹底した集中投資
3 サムスン系列も駆使したシナジーある垂直統合モデル
~(中略)~生産数量が少ないニッチ市場には参入しない。例えば、サムスン電子では半導体のシステムLSIビジネスも行っているが、液晶ドライバー、アップル社のiPod向け半導体、携帯電話のSIMカードなど数量が出る製品に集中しており、大規模生産した製品を売り切るだけの顧客を持つ必要がある。(p.146)
●エルピーダメモリは日立製作所とNECのDRAM事業部が99年に合併してできた企業で03年には三菱電機のDRAM開発エンジニアも合流した。日本に残っている唯一のDRAM企業である。世界シェアは03年の時点で4%程度にまで低下したが、同年の坂本社長就任後、積極的な投資を断行し、苦難の時期を乗り越えて07年にはシェア12%程度まで回復、08年に入るとシェア3位となり、中期的にサムスン電子のシェアを抜き世界一になる目標を立てている。(p.151)
●第一にサムスン電子のグローバル市場への意識の高さが挙げられる。入社試験の前にTOEICの足切り(800点台後半のスコア)がある。また英語の面接試験があるのは韓国の大手エレクトロニクス企業では当然のことである。~(中略)~こうした過程を経て、英語を理解するばかりでなく、さまざまな国の人たちの意見を理解した上で自分の意見をいえるようになり、グローバル感覚を磨いて、さまざまな考え方を咀嚼した上で自国に帰ってくる。(p.163)
●日本ではサムスン電子のブランドイメージは高くないが、これは日本市場に限った特殊なケースと考えたほうがいい。~(中略)~米国の『ビジネス・ウィーク』誌がブランド・コンサルタントのInterbrand社と共同でブランドの価値を金額換算して発表しているランキングでも「サムスン」というブランドは比較的高い評価を受けている。~(中略)~サムスンは07年で21位であり、ソニーの25位、DELLの31位、アップルの33位などを上回っている。(p.163)
●筆者は世界中のホテルのテレビをチェックしているが、薄型テレビならたいていの場合、サムスン電子かLGエレクトロニクス製である。(p.165)
●仕事に対する皮膚感覚も大きく異なる。例えば「年収2000万円の人が年収500万円の人ができる仕事をしてはいけない。それだけの高い給料をもらっているのだから、その人にしかできない仕事をこなすのがプロであり、500万円の人の仕事をするのは、プロ意識がない証拠」という発想がある。日本のように「忙しければお互いが助け合って仕事をするのが当たり前で年収1000万円クラスの能力がある人でも、部署が忙しければ、夜遅くまで業務を拡大して、仕事を手伝う」といった発想は全くない。~(中略)~人的ネットワークについても、社内での出世のための社内派閥や人脈の構築ではなく、キャリアアップ転職を意識した社外を含めた業界での人脈構築を行い、いざというときのための準備をしておく。(p.188)
●太陽電池に関しても水平分業化が進んでいる。日本ではシャープ、京セラ、三洋電機、三菱電機と垂直統合的な太陽電池が多いが、世界、とりわけドイツなどのエネルギー政策に熱心な国や台湾、中国などでは水平分業モデルを採用した太陽電池関連企業が急成長している。~(中略)~米国AMAT(アプライドマテリアルズ)を代表とする半導体製造装置メーカーはポスト液晶製造装置の需要開拓として太陽電池向け製造装置に力を注いでいる。(p.204)
●自動車は電装化(メカニカルな制御から電子制御への変化)が続いており、将来的にはガソリンのない電気自動車への完全変態も期待されている。例えば日産自動車では2010年に電気自動車を米国で発売するとしている。(p.246)
●日本ではまったくといっていいほど知られていないが、既に06年においてPNDタイプのカーナビ出荷台数(1180万台)は日本の伝統的なカーナビ出荷台数(740万台)を逆転した。今後はPNDが世界市場において圧倒的なペースで拡大する見通しである。こうしてカーナビも日本市場がハイエンドに特殊化している状況になった。欧米人の典型的な意見では「日本のカーナビは画面内の情報量が多すぎてわかりにくく、指示系統が連続的でないので使いにくい」という。ユーザーインターフェースそのものの考え方まで異なるということである。(p.253)
●PNDでは水平分業型のモデルが浸透しつつある。PNDの3大メーカーは米国Garmin International、オランダTomTom、台湾Mio Technology(親会社はMiTAC)であり、こうしたPNDブランド企業向けに台湾や韓国のODMメーカーが100社近く乱立している。(p.254)
●例えば電卓は1960年代には50万円以上したが、現在では100円ショップでも購入できる。30年間で5000分の1以下の価格になった。コンピュータにしても同様で1960年代は数億円したものが、現在では廉価版パソコンでは5万円を切る製品も購入でき、100ドルPCの世界的な普及がうたわれている。程度の差こそあれ、これと同じことが自動車でも起ころうとしている。(p.257)
●孫子の兵法において「敵を知り己を知れば百戦危うからず」という有名な格言がある。日本のエレクトロニクス企業は似たようなビジネスモデルを採用する日本企業同士の横比較に意識が終始し、アジア企業などの敵を知ることに対して、極端に感度が低くなっているといえる。「アジア企業の製品など品質が悪くダメに決まっている」といったあまり根拠のない無意識の先入観が強くある。こうした感覚が世界で起こっている大きな変化への感覚を鈍らせ、アジア企業にとっては格好の敵失になっているのは事実だろう。(p.266)