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E-Bookと印刷業 (5):デジタルプラットフォーム

2010年 4月 27日

中西秀彦氏から頂戴した前回の「軟 着陸戦略」 は含蓄に富んだものでとても刺激された。音楽や写真を例にした悲観論が世に蔓延しているが、もともと本を読まない人間は別として、印刷・製本された本は、リアルな体験としてこれからも必要不可欠な文化的要素だと思う。現に、欧米ではE-Bookの拡大と不況が重なったにもかかわらず印刷本市場は減っていない。怖れるべきはデジタル化ではなく国民の「文盲化」ではないか。そこで、E-Bookが活字市場を活性化させ、印刷需要を減退させないための条件を提案してみたい。さらに中西氏や読者諸賢のご批判をいただければ幸いである。(鎌田)

中西様

「軟着陸戦略」 とても味わい深く読ませていただきました。いちばん強く感じたのは「京都」の政治感覚です。なるほど、こういう戦略で千年も生き延びてきたのだなと感じ入りました。東京は海外から来る「変化」の発信源というよりはフィルターとなって人心を撹乱・動揺させ、「攘夷」や「開国」の号令を乱発し、そのじつ自分では動かずに、最終的に転がり込んでくる新しい権益をうまく確保しようとします。たしかに金と力のあるものが無定見に演出する「変化」や「改革」に踊らされていたのでは身が持たず、命すら危ない。守るべき「文」の価値を知る、知恵ある弱者としては、生存のためにのみ必要とされるDNAを総動員して対応する。抵抗しつつ、時間を味方にして巧妙に適応する、そうした感覚を感じました。武力、財力に対する「文」の都が、この国で生き延びたのは偶然ではないわけです。

製作・管理グループウェアと「印刷クラウド」

「紙に印刷」するコミュニケーションの形は、紙の供給がよほど逼迫しない限り、少なくとも数世代は変わらないと思います。しかし、読まれ(見られ)ては捨てられるだけの情報、読まれないまま廃棄される情報の印刷は確実に減るでしょう。印刷物の経済性は相対的に低下しており、付加価値の低い印刷物から消えていくことになりそうです。しかし「紙に印刷」するにしても「装置に出力」するにしても、元になるデジタルの「原版」へのコントロールを誰が握るかで、出版者と印刷会社の力関係はまるで変わることになると思います。「原版」製作は、コンテンツの管理と密接不可分で、どれに出版するとしても、そこを握っていれば、そう悪くない条件で仕事はとれるし、逆ならば印刷受注の可能性も低くなるでしょう。

私自身は、もともと出版社であれ企業であれ、パブリッシャーは自分で版を製作・管理すべきだ、という“欧米的”考え方で「電子出版」を考えていました。自分の会社で出していたニューズレター(写植/軽オフ)などは、版下の大部分を内製していました。20年前のことですが、そうしたやり方は、その後も思ったほど広がっていません。従来の業務プロセスになく、しかも技術も予算もやる気も持たない者が扱えるものではないのですね。日本語のページ(版下)というのは。誰もが、無用なやりとり、やり直しが多い版下づくりを嫌っています。しかし、いまデジタル出版、あるいはデジタルにコントロールする出版(紙/電子)を考えた場合に、版づくりは最も重要な工程といえると思います。

具体的には、執筆者/イラストレーター、編集者、デザイナー、製版技術者、出版責任者など、複数の関係者が利用する仮想的「グループウェア」と「デジタルコンテンツ管理」の主体が誰になるか。システムは高いものですし、使いこなすのは簡単ではないと思います。システムの管理も厄介です。それは、日本のユーザーの実体に合っていないからです。欧米のシステムは出版社での使用を想定していますから、あまり普及しないのも当然です。そこで日本に適した「印刷クラウド」のようなサービス環境があれば、中小印刷会社がデジタル対応する上で助けになると思います。その環境で、例えば、データ/フォーマット変換ツール、デザインテンプレート、フォントその他のユーティリティが提供されていけば、新しいエコシステムが発展するのではないでしょうか。印刷系のIT技術者やサービス企業は、そうしたプラットフォームを必要としていると思います。こうしたクラウドは、オープンソースやフリーウェアをベースに、いわゆるバザール的な互助型コミュニティとして地域単位で育てばベストだと思います。

デジタル技術というものは、放っておくとどんどん「雇用削減型」に進化しますが、最初からエコシステムを考え、そのために組込んでいけば「雇用創出型」にもなるのではないか、と私は考えています。失業は社会悪であり、テクノロジーがいかに有用でも、失業にだけ結びつくようでは消費者を減らす結果に終わるからです。欧米の政府にとって、技術が「雇用創出型」であるかどうかは最も重視される項目の一つですが、日本では関心がもたれていません。長いこと人手は不足するものだとばかり考えられていたせいでしょう。

オンデマンドによる印刷需要の掘り起こし

中西さんは、オンデマンド印刷を重視されていますが、私もそれに注目し、ユーザーとして期待しています。書籍印刷を考えた場合、ほぼ1冊以上300冊以下の範囲に最適化された、ダイレクト印刷・製本機が必要になると思われます。当てずっぽうで言えば、極少 (1~15冊クラス)、少 (10~50冊クラス)、中 (30~300冊)のようなカテゴリーになるでしょうか。米国では EBM (Espresso Book Machine) という印刷製本機が、Googleなどのオンラインサービスからコンテンツをダウンロードして印刷するために使われ始めています(大学・公共図書館、カフェなど)。少ロットでは、ゼロックスのDocutechというのも、かなり昔からありますが。日本の技術でこれらを品質・経済性で上回る製品を開発するのは難しくないと思います。

重要なことは、米国では書籍のオンラインライブラリが整備され、ダウンロード可能になっていることです。EBM はそれを前提として、EspressNet という管理ソフトウェアを開発して機械をまわしているのです。2009年の米国の出版タイトル数は、デジタルが印刷本を大きく上回りました。これらの大半は、著作権切れなどの図書館アイテムで、イメージスキャナでデジタル化しただけのものですが、年間数十万点が復刊され、少なからぬ数が製本されて読まれていることが重要です。出版のカタログに、新刊、再刊、既刊在庫、デジタル新刊のほかに膨大な数のデジタル復刊が並び、死蔵されていた本が読者のリクエストで、1冊数百円で本になるわけです。マイクロ印刷のネットワークができれば、少なくとも年間数百億円程度の印刷市場にはなると思います。

オンデマンド印刷は、オンラインライブラリの存在を前提として、(1) レイアウト、(2) 用紙・造本、(3) 編集(アンソロジーなど)などが読者のリクエストで製作されるところに魅力があると思います。造本工房のようなブティックができれば最高です。なぜなら、そこに人手が介在し、技術・文化が継承され、対話と雇用機会が生まれるからです。無人の製本ロボットや自動販売機のようなものは感心しません。

オンデマンド印刷へのニーズは、本だけに限ったものではありません。私は数10人、数百人を相手にしたセミナーや会議をよくやっていましたので、少ロットの資料印刷のコストに悩まされていました。100ページに満たないものが、1部千円単位になると重い。最近ではついに「PDFダウンロード」という形が広がってきました。たぶんあまり読まれないでしょう。大学や学校などでも同じではないでしょうか。世の中の少ロット印刷需要は、広い意味の出版文化の基盤だと思います。少ロット印刷が、低品質から高品質まで行われるようになれば、大半が返本・廃棄となって出版社や書店を苦しめることも減るのではないでしょうか。

印刷産業にとってのデジタルプラットフォーム

これまで述べてきたことは、いずれもデジタルなプラットフォーム、それも印刷産業が主導権を取れるものであることが重要な要素です。「印刷クラウド」もそうですし、「デジタルライブラリ」もそうです。後者は国会図書館に任せておいてよいとは思えません。著作権切れ本やコンテンツなどは、国民の共有財産ですから、たとえば古書店と印刷会社が協力して売れそうな本のデジタルライブラリを充実させていってもいいでしょう。また復刊を望む著作権者と印刷会社が直に交渉してもいいし、そうした窓口となる専門のサービスがあってもいい。それは原出版社がやるべきことですが、なくなったり、やる気のないところも多い。やらないのなら誰が「出版社」となってやってもいいし、やるべきだと思います。アマゾンやアップル、Googleは小売のチャンネルとして利用すればいい。

米国のScribd Docstoc などのファイル共有サービスは、学校、専門家、公共機関などに幅広く利用され始めていますが、いずれも少ロット印刷に適したPDFファイルを無料や有料で提供しています。公的機関の刊行物は、オンラインライブラリに登録させるようにすべきだと思います。オンデマンド印刷は、こうしたライブラリの出口として機能するでしょう。重要なことは、システムとして発想し、設計することだと思います。例えば、空港は滑走路と空港ビルだけでなく、最初から多数のサブシステムを含む全体として考えなければ成り立たないものですが、コミュニケーションがデジタルに再構成された時代には、印刷業においても個々の企業努力を超えたマスタープランが必要になっています。(図はサンディエゴ空港のマスタープラン)

大手の2社以外、そうしたプラットフォームが自力で出来る会社はないと思いますが、裾野が広い産業ですから、政治力は発揮できると思います。中小印刷業が最大限生き残れるエコシステムのデザインをビジョンとして提起し、衆知を集めて必要となる(使える)ITシステム、印刷・製本機器の要求仕様を策定し、設計を公募すること。それを公正・厳密に評価し、その上で開発・導入には政府の補助金を取りつけること。まあこんな程度が、部外者である私の考えられることですが、いかがでしょう。印刷業界の皆さんが、生存戦略を多様化させ、政治力を創造的に発揮されることを期待しています。昨今の「黒船騒動」で、日本の出版文化の将来を出版社だけに委ねておくには、あまりに頼りないと感じたからでもあります。 (鎌田、04/27/2010)