大学のサークル選びは死ぬほど考えるべきではないか?の考察~4日目~(携帯読者用)
※2008年・5月2日の記事を再々編集
「あれっ、神林は?」
部室がざわつき始めました。
山川さんも、脱走した平田の捜索をあきらめて戻ってきています。全員の意識が、今度は平田から神林のほうに向けられたのです。
そこで今回は、「大学のサークル選びは死ぬほど考えるべきではないか?」の考察~4日目~です。
10分、15分たっても、神林はきません。部員総出で校内中を探したものの見つからず、みんながシャワーを浴びている隙に逃げた、と判断されたのです。
結局、再び実家に戻ったと推測し、OBの富岡さんが運転する車で、山川さんと桜木さんが迎えに行くことになりました。
とはいえ、平田の脱走術を知ったことから、神林が実家に戻っている可能性は低いです。家に帰らずに逃げ切った平田と同じで見つからない可能性が高く、平田の班同様、僕らの班は3キロではなく、砂を5キロ増やされるのです。
最悪や……。マジでシャレにならん……。
ショックすぎて、自分が死んだような錯覚に陥りました。彼女に黒人と浮気されたなみにショックで、「俺、今、生きてる?」と訊きそうになるほどなのです。
シンポジウムも、まったく頭に入ってきません。
「聞いてんのか、バスコ?」
ボーッとする僕に、沢口さんが注意してきました。
注意された僕は、「すいませんね」と返すなど、妙にふてぶてしいです。「お前、誰に口聞いとんじゃ、ボケ!」と怒られる始末で、あまりのショックに何もする気が起きません。
シンポジウムが終わり、みんなはテントに戻りました。
時刻は9時をまわっています。僕の班と、ほかの班のリーダーだけが部室に残され、山川さんたちの帰りを待つことになりました。
空気は、異常なまでに重いです。連日の疲れもあって、言葉数も少ないです。そんな僕らを励まそうと、サポーターの女性が話しかけてくれるのですが、ことがことだけに、返す気力もありません。
もうマジで何なん、神林……。全部、神林のせいやんけ……。
神林のことを考えると、怒りで頭から煙が出そうになります。目の前にあるシンポジウム用の資料を、無意識のうちに手でくしゃくしゃに握りつぶしている自分がいるのです。
しばらくして、夜の部室に足音が聞こえてきました。
その足音から、山川さんたちが捜索をあきらめて帰ってきたと思ったのですが、神林も一緒にいるんですよ!平田のようにどこかに逃げ去ればいいのに、性懲りもなくまた実家に戻っていたのです!
しかも、ふてぶてしい顔をしてやがるんですよ!完全に開き直り、昨日とは打って変わって憎たらしい顔でこっちを見てやがるのです!
もう我慢できませんよ!こんな奴、許せませんよ!
僕は我慢の限界を超えました。テーブルを飛び越えて神林につかみかかったのですが、こいつが僕に柔道の袈裟固めを決めやがったんですよ!
なんでやねん、お前!なんでお前が反撃してくんねん!
「(神林が)落ち着け、バスコ!」
なんでお前にそんなこと言われないとあかんねん!ほかの奴が言うんやったらわかるけど、加害者のお前になんでそんなこと言われないとあかんねん!
こんなもん、僕はめちゃくちゃかっこ悪いですよ!「お前、コラ!」とつかみかかったのに、僕は負けたんですよ!?
しかも、こいつは元柔道部なので力が強いです。僕は「殺すぞコラって、痛い痛い痛い!」と叫んでいます。「俺が悪かったから許してくれ!」と謝りかねないレベルで痛いと叫びまくっているのです。
最悪やんけ、こんなもん!周囲も半笑いやんけ!「こいつ、めっちゃダサいやん……」みたいな顔してるやんけ!
「痛い痛い痛い!もう許してや!」
最低か、俺!誰かこの最低な俺を止めてくれ!
「腕の骨が折れてしまうじゃないですか!」
敬語使ってもうた!誰か俺を安楽死の処分にしてくれ!かっこ悪すぎて、この先もう生きていく自信がない!
結局、桜木さんがあいだに入って、袈裟固めをはずしてくれました。
ですが、袈裟固めを決められている最中に、僕は神林の背中をつねってましたからね。鬼の形相でつかみかかったのに、唯一できた仕返しが「体をつねる」という、史上最低の攻撃でしたから。
山川さんの指示で、ほかの班のリーダーは裏山に戻りました。興奮冷めやらぬまま、僕らの班で話し合いをもつことになったのです。
富岡さん、山川さん、沢口さん立会いのもと、冷静になった神林も、僕らに謝罪してきました。
ですが、こんな奴を僕は許せません。富岡さんに、「そんなこと言わずに許したれよ!」とお願いされたものの、簡単には許せないんですね。
「頭を丸めるんで許してください!」
こう言って、神林は頭を下げました。ですが、こいつはもともと短髪なのです。
意味ないねん、お前が坊主にしても!せめて、「他人の皮を縫い付けてわざと包茎にします!」ぐらい言えよ!
「自分のお金で頭を丸めるんで!」
……そりゃそうやろ!お前、何を「本来はあなたたちが代金を支払うところを」みたいな言い方してくれとんねん!こんな状況でどうやったらそんな発想出てくんねん!
話が噛み合わないのを見て、富岡さんが神林に提案しました。
「じゃあ許してほしかったら、バスコが増やされる分の砂をお前が担げ!」
「それはイヤです」
うんって言えや!お前、そこはうんって言うやろ、普通!
「それだけはイヤです!」
親を呼べ、もう!こんなん言う奴、もう親の責任や!親もろとも説教や!
このように、神林はすべてがおかしいです。納得いかないことが多すぎて、イライラが止まらないんですね。
それでも、いつまでも駄々をこねるわけにはいきません。
「今度逃げたらマジで許さんからな!」
僕はこう怒鳴りつけることで、自分を無理にでも納得させました。
時刻は夜の10時。話し合いを終えた僕らは、裏山に戻りました。
テントに入ると、案の定、神林の足が臭いです。神林はここ2日、シャワーを浴びていません。「近くにバタリアンいない?」というぐらい、神がかった悪臭なのです。
足だけ逮捕するぞ、お前!もう足に手錠はめるわ、これだけ臭かったら!
「神林さん、なんでそんなに足が臭いんですか?」
「男は誰だって臭いよ。さだまさしも臭いよ」
なんでさだまさし出すねん!「償い」って、そんな歌と違うぞ!
「南こうせつだって臭いよ」
なんで玄人受けのフォーク歌手ばっかり出すねん!ほかに誰かおるやろ!
はっきり言いますけど、神林の足が真横にあったら、将棋の羽生さんでも2歩しますよ。集中力もあったものではなく、角を真っ直ぐに移動させたり、ヘタしたら王将で王手をしますから。
「神林さん、申し訳ないですけど、足を外に出して寝てもらえませんかね?」
神林に貸しがあるのをいいことに、僕はお願いしました。神林も了承してくれたので、テントに匂いこそ残るものの、なんとか我慢できました。
とはいえ、簡単には寝つけません。なにしろ明日は49キロ。不安で何度も目が覚めてしまうのです。
途中でテントに神林が足を戻したこともあり、僕は寝ては覚め、寝ては覚めをくり返しました。
やがて、朝がやってきました。
「起きろ!起きんかい!」
耳をつんざく怒声がテント内に響き渡りました。
叫んだのは富岡さんです。
外に出て整列すると、山川さんが言いました。
「今日は俺に代わって、富岡さんが歩荷を仕切るから!」
体がブルブルと震えてきました。富岡さんは大阪から青森を踏破した、伝説の探検野郎だからです。
入部時に、富岡さんの伝説を散々聞かされています。ジャングルに1人で行くのはもちろん、1ヵ月に及ぶ雪山合宿において、1日もマスターベーションを欠かさなかったそうなのです。
頭おかしいんか、お前!雪山で「かけ氷」をすんなよ!どんなミゾレやねん、それ!
昨晩に食べたイノシシも、風呂上がりにタオルを肩にかけるぐらいのノリで担いできました。しかも猟銃ではなく手刀で仕留めたらしく、なのにいい歳して、いまだに童貞らしいのです。
お前、探検はええからとりあえず女の体を探検してこい!どっちのジャングルを先に制覇しとんねん!
こんな奴が歩荷をしきるなんぞ、今までにも増して地獄でしょう。
このあと朝ごはんを食べたときも、まったく味がしませんでした。そして気持ちの整理もつかぬまま、準備を整えた僕らに富岡さんが叫んだのです。
「よっしゃ担げ!担ぎたおせ!」
富岡さんの号令で、下級生たちがリュックを担ぎ始めました。
僕のリュックは今まで以上に重く、担げるはずもありません。従来どおり、片手を通しただけで落としてしまうのです。
ですが、さすがに歩荷3日目です。砂が重くなったこと、なにより誰しもの疲労がピークなので、部員の3分の1近くが担げなくなっています。51キロを背負わされる同期の林はもちろん、僕の班など、超マッチョの桜木さんを除いて全員担げないのです。
「山川、どうなってんねん、こいつら?お前、しっかり鍛えてんのか、コラ!」
富岡さんが声を張り上げました。
「申し訳ございません!」
あの鬼の山川さんが、富岡さんに謝りたおしています。こんな「縦の地獄絵図」を見せられると、怖くて仕方がないのです。
結局、この日もサポーターに助けられて、なんとか担ぎました。
「よっしゃ!じゃあ出発や!」
富岡さんの号令で、4日目の歩荷がスタートです。
時刻は5時になりました。
裏山を下り切っていない段階から、富岡さんにかけ声を要求されました。「そーれっ!れっ!れっ!」と順番に叫びながら、裏山を下りました。
わかっていたこととはいえ、49キロという砂の重さは尋常ではないです。初日が「デブの幽霊」、2日目が「小さい弟、5人を背負って授業に出る戦争孤児」なら、今日は「配送代をけちって、担いで持って帰ることにした特大冷蔵庫」といった感じで、肩に圧し掛かる重みが殺人的なのです。
なかでも、桜木さんのリュックだけは、常軌を逸してますよ。
桜木さんは2年生です。もともとの50キロに、5キロ×3のペナルティーを課せられ、都合65キロの砂を背負わされているのです。
なのに富岡さんは、遅れだした僕らの班を許しません。
「さっさと歩かんかい!」
「どっから声出しとんじゃ!」
「お前はオカマか、ボケ!」
このように、容赦のない怒声を浴びせてくるのです。
連日の歩荷で、全身は筋肉痛です。体を動かすと、刺すような痛みが体中を襲ってきます。
足の裏には血豆ができています。そこに体重がかかって痛く、背中の重みで股間にすら重圧がかかり、マラドーナにずっと金玉を蹴られているみたいなのです。
つらすぎて、生きてる心地がしません。「受験に失敗すればよかった」と本気で思いましたし、散歩中の犬に足元で吠えられても、何の気にもならないのです。
あー、お母さん……。お母さん、助けて……。
いい歳して、心の中で親を頼りにする自分がいました。
校内を歩き、大学を出ました。初日同様、緑地公園に向かうことになりました。
道すがら、初日と違うルートで向かっていることに気がつきました。
緑地公園に行くのにこの道でいいのかな……。
このように不思議に思っていたのですが、途中でこのルートを通る意味がわかりました。僕らが向かう先には幹線道路があり、その道沿いから緑地公園まで、すべてが上り坂なのです。
勘弁してくれよ、おい!屯田兵か、俺ら!
想像すると、恐ろしすぎて卒倒しそうになります。僕はなるべく考えないようにしました。
15分ほど歩いて、幹線道路の下にきました。
予想していたとおり、殺人的な上り坂です。40度近い傾斜が、1キロ以上も続いているのです。
富岡さんのイヤがらせなのか、上り坂の直前で、休憩を取ることになりました。
僕はリュックを下ろせません。リュックを背負ったまま壁にもたれかかっていたのですが、機嫌が悪すぎて、アメを配ってくれるサポーターの優しさが偽善に思えました。仲のいい友達に修学旅行で違う班に入られたときのように、目に入る人すべてが敵に見えました。
なのに神林が空気を読まず、僕の隣にきて話しかけてきたのです。
「すごい坂やな、バスコ」
「そうですね」
「まるで伊勢エビやな」
「……」
「伊勢エビみたいやわ」
「……」
「伊勢エビのように曲がっとるわ」
例えようわからんねん、お前!わかりやすくするために例えたのに混乱させるってどういうことやねん!
「バスコ、逃げたらあかんで。この合宿は自分との戦いやからな」
逃げまくりやろ、お前!福田和子なみに逃げまくりやろ!
「弱い自分を変えていけよ!」
何様やねん、お前!逃げまくってるお前がなんでそんな偉そうやねん!
「神林さん、悪いけど、話しかけんといてください」
「えっ?」
「しんどいんで、僕に話しかけないでください!」
「えっ?」
もうこれがしんどい!何回も訊き返される、これ自体がもうしんどい!
「休憩、終了!行くぞ!」
終わったやんけ、休憩!お前のせいで休めんかったやんけ!
神林のせいで、休憩になりませんでした。何の疲れも取れないままに、地獄の歩荷が始まったのです。
予想していたとはいえ、声を出しながらのこの上り坂は、まさに地獄坂です。
背負った冷蔵庫で背中が痛いのはもちろん、ヒザは常にカックンされてるみたいにフラフラ。腰に至っては、痛すぎて感覚が麻痺しているのです。
信号待ちでガードレールに手をかけようものなら、富岡さんに怒られます。
「触るな、そこ!自分の弱さをもっと潰していけ!」
このように、妙な正義を振りかざしてくるのです。
なんやねん、こいつ童貞のくせに!自分が触ったことないからって、触るなとか言うなよ!
僕を含めて、倒れ込む者が続出です。5分に1回は誰かが倒れ、失神に近い形で、バタンと倒れる奴までいます。
神林に至っては、完全に頭がおかしくなっています。自分に気合いを入れるためにかけ声をアレンジし、「れいれれれれれれ!れいれれれれれれ!」って言ったんですよ。
静かにせいや、お前!全員ドン引きやんけ!
「れいられいられいら!れいられいられいら!れいらられいらら、れいれれーい!!!」
脳に寄生虫入ってない!?現代科学では説明つかんわ、今のお前!
「富岡さん、ちょっと休ませてやりませんか?」
見かねた山川さんが、富岡さんに提案しました。
ですが、富岡さんは聞く耳を持ちません。僕の同期の奴が「あんた、俺らを殺す気か!」と怒鳴ってつかみかかろうとしたものの、一喝して強引に歩かせるのです。
もう自分と戦うしかないんや……。戦わずに済むんは死んだときだけなんや……。
僕は無理にでも、自分にこう言い聞かせました。自分を信じて死力を尽くし、なんとか緑地公園に到着したのです。
富岡さんの指示で、休憩を取ることになりました。
ムダ口を叩く奴など、誰ひとりとしていません。全員が満身創痍で、奪い合うかのように、ポカリスエットをガブ飲みしています。自分が生き残るのに精一杯で、仲間のことなど気にしてられないのです。
休憩が終わり、初日同様、園内の坂を駆け上がることを要求されました。
このときのことは、しんどすぎて覚えていません。唯一覚えているのが、途中で野グソをしたことです。
富岡さんに怒鳴られながらも、無理言ってトイレに行かせてもらいました。
トイレまで我慢できず、園内にある花壇の隅でしゃがみ込んだところ、散歩をしている人に見られました。
ですが、僕は疲れがピークに達しています。恥ずかしがる余力もなく、疲労が恥辱を凌駕して、まったく気にならなかったのです。
園内を30分ほど周回して、大学に戻ることになりました。
帰りは今までとは比にならないぐらい、フラフラでした。
例の坂を下るときなんて、ジジイのリハビリなみに足元はおぼつきません。サポーターに「がんばって歩きましょうね!」と言われて、なめられてるみたいなのです。
僕は、尽きた死力の残りかすをかき集めました。視線を宙にさまよわせながらもなんとか裏山に到着し、ようやく4日目の歩荷が終了したのです。
ハア、今日も生き残ったか……。親は元気にしてるかな……。
青い空を見て、まぶたの奥がじわりと潤みました。
時刻は9時をまわっています。歩荷時間が大幅に押したことから、テント設営は中止になりました。
僕は1限目に授業があります。同期で同学部の小林を連れ立って、授業に行くことにしました。
授業道具を取りに部室に寄った際、小林が僕に提案してきました。
「隠れて、ジュースを飲まへんか?」
当たり前ですが、勝手な飲食は禁止です。
今までも、この発想はありました。財布は部室のロッカーにあります。飲み食いは可能だったものの、見つかったときのことを考えて、できなかったのです。
ですが、今の僕に躊躇はありません。
「そうやな!」
2つ返事で了承し、周囲の目をこれ以上ないぐらいに気にしながらも、学部近くの自動販売機で500ミリリットルのチェリオを購入しました。
僕はこのジュースのうまさを、生涯忘れません。潤うとはまさにこのこと、ノドの肉のミクロに至るまで甘みが染み込んでくるのです。
この4日間で口にした糖分は、歩荷中のポカリとサポーターがくれるアメやチョコレートのみ。あまりのおいしさに、涙が出そうになりましたから。
小林の提案で、授業をさぼることにしました。クーラーが効いている図書館で寝ることにしたのです。
館内の休憩室に行くと、笑けるぐらい、探検部の部員が寝ていました。ここは秘密基地になっているらしく、同じ班の河井はもちろん、2回生の先輩方もグーグー寝ているのです。
仮眠を終えて、裏山に戻りました。
時刻は11時をまわっています。軽いジョギングを経て、昼ご飯を食べることになりました。
食事はもちろん、粗末なものです。朝に炊いた残りのご飯をおかゆにし、ちくわ1本とバナナ1本だけです。質素すぎて食べた気がしません。
僕と小林は、先ほどのジュースに味を占めています。このあとの3時限目の授業こそちゃんと受けたものの、4時限目の授業を抜け出して、校内の食堂で食べることにしました。
大学を出て食べに行きたかったのですが、各門には上級生が張りついています。離れたところにある、社会学部の食堂に行くことにしました。
3、4年生の部員に、社会学部の人がいないことはリサーチ済みです。富岡さんは帰りましたし、山川さんもジョギングのない時間はテントで寝ているので、慎重にやればバレません。
財布から抜いておいた1000円札を握り締めて、僕らは社会学部の食堂に入りました。念のため帽子を深くかぶり、僕はチキンカツ定食のご飯大盛りと、カレーうどんの大盛りを注文しました。
引くぐらい、おいしかったです。むしゃむしゃと口をついて出そうなほど食べ散らかし、おいしすぎて、呼吸をするのを忘れてしまうほどなのです。
ところがです。
カレーうどんをすする僕の視線の先に、探検部の「あいつ」の姿が飛び込んできたのです。
「私は見回りをしてますよ!」
こう叫ぶかのごとく、殺気だった視線を放ちながら、食堂に入ってきたのです。
やばい……。マジでシャレにならん……。
体が戦慄を覚えました。直下型の地震をくらったかのようにプルプルと震え、摂氏にも近い、恐ろしく冷たい汗が体中から噴き出してきたのです。
僕は帽子のつばを、テーブルにつくぐらいの勢いで下げました。
「カレーを顔に塗ってインド人のフリをしよう!」
こんなことを本気で考えましたし、小林に至っては、うどんのお椀をほとんど直角に立てて顔を隠しているのです。
何も食べないでいると、かえって怪しまれます。
「こ、このチキン、おいしいな!」
「そ、そうやな!」
会話をすることで自然な感じを装い、うつむきながらも食事を続行しました。
しばらくして、誰かが近づいてくるのがわかりました。
コツン、コツン、コツン。
死刑囚を迎えに行く看守のように、誰かがイヤな靴音を響かせて僕らに近づいてきました。
コツン、コツン、コツン。コツン、コツン、コツン。
靴音は次第に大きくなります。
そしてその靴音は僕の真横で止まり、同時に、音の主がこう呟いたのです。
「ちょっと、こっちにきてくれるか?」
恐る恐る箸を止めて見上げたところ、そこには顔を紅潮させた顔面凶器、そう、沢口さんがいたのです……。
怒涛の最終日へ……。