京都の偶然 | 神戸加納町「BAR志賀」と昼の顔(中毒性日記Blog版)

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3連休ってのは厄介で、ウチのような店は静かになる。

まぁそれも、こちらも休めと言われてるようで楽しめる。

 

9日の日曜日にMY-BAR片山さん30周年の先輩を祝ったわけだが、なぜかそこから自分の京都の繋がりを知ることになる。周年の先輩はその昔、山科(私の実家です)に住んでいて、七条のホテルに通ってたと初めて聞いた。それが13日のことである。

 

で、そのパーティーに来ていたという女性からFacebookのメッセージが届く。何でも5月に店を始めたそうで、その場にもいらっしゃった方らしい。基本的にSNSは、御多分に洩れず「お会いしてお話をした方のみ」というスタンスを取っているが、たまたま友人しょう太くんのページにコメントされてたのもあって、メッセージの主のページを覗いてみる。こういう時は便利だ。そうしたら、その方は京都の方で、僕が体育講師をやってた山科の高校のご出身だった。年齢差も考えると、もしかしたら僕の教え子かも知れないなと、その偶然に驚いた。

 

そう言えば、きっしゅや近藤亭の近藤さんが店に来ていた時、Facebookにウチをアップしたタイムラインに色々な方がコメントされていた。その中で「ずっと気になってる行ってみたい店」だとコメントされた方がいて、近藤さんも「いつかご一緒に」と書かれていた。おそらくは微妙なさじ加減で、僕の店や僕のことを知る人は上手くかわしてくれるが、そう書かれたということは安心できるご関係なのだろう。ふとその方のページを見ると、どこかに「ビリヤード」が好きそうなことが書いていあった。僕も京都時代相当好きだった。ゴルフの100倍上手かったはず。

 

さて、話が逸れたが「京都繋がりの偶然」について。

 

同じく13日の夜。以前、大学ラグビーの後輩、井戸が連れて来てくれた方がお知り合いと来店。今は東京にいるハウスメーカーの方だった。お話を聞いてると関西弁で、よく聞けば京都に実家があると言う。歳も僕より一つ上で、僕が大学時代河原町でバイトしまくったと話したら、BAR「アルペジオ」の話になった。オーナー恒岡さんが病気で亡くなったこと、今は違う男性がちゃんと継いでることなど共有できて、さらに妹さんが僕がいたバイト先のディスコに来ていたという話や、今もビリヤードをされてて、昔やってた頃の僕を知っている(それは翌日のメールで発覚)などと、偶然にしては恐ろしい僕の過去を神戸で知った。

 

14日金曜日。

 

三宮で和食の店をやってる女性が来て、その子が高校と大学が京都だと初めて知った。話を聞いてると、僕がいたディスコやカフェバー(懐かしい)なんかに出入りしてたみたいで、極め付けが彼女がもっぱら通ってたのが、テリーさんとこの「UP's」だと聞いた。これには本当に驚きで、そのソウルファンクBARにはもちろん僕も行ってたが、弟が学生時代にバイトしていた店で、もしかしたら彼女も会ってたかも知れないとわかった。(ちなみに、テリーさんには双子の兄〔弟?〕がいて、その人はドリーさん、テリーファンク、ドリーファンクから取った名前です^^)

 

記憶が曖昧だが、三宮の「銕心」カーコさんと話した時、今から30年以上前、三条木屋町にある安藤忠雄建築のファッションビルにあった「yoshie inaba」で働いてたそうで、僕はそのすぐ北側のビルの1階奥にあったカフェバー「リッツ」でもバイトしてたから、もしかしたらすれ違ってたかもって話をした。ちなみにその頃、休憩で来る「Y's」店長のコーヒーの飲み方(正確にはカップの置き方)が格好良くて、今でも真似する僕である。

 

神戸には、京都の繋がりも密かに多い。僕が25年前に初めて神戸に来て住んだマチは、兵庫区平野の上三条町、祇園神社や雪御所町なんて場所が、京都を感じさせて即決したマチだ。今週は京都祇園祭の前祭宵山(宵々山)でもある。

 

タイムトリップ京都を懐かしみながら、

16、17日(海の日)しっかりお休みします。