8月12日の朝、英二はアパート内のスーパーにいた。
ここは唯一ひとりでも外出を許された場所だ。
結局プレゼントを買う事はできず、彼は少し落ち込んでいた。
(せめて美味しいものでも作ってやるか。。。)
普段よりも豪勢な食材を探していると、普段は立ち寄らない手芸コーナーにいつの間にか来ていた。
ここは僕には関係ないと、通り過ぎようとしたその時、見覚えのある顔が見えた。
ご近所の主婦だった。
「あらエイジ、お買い物?」
「ミセス、コールドマン、こんにちは」
「こんにちは。あなたも手芸に興味があるの? 私は最近パッチワークを始めたのよ」
手芸関係の書籍を何冊か手に取り、英二に見せてきた。
「器用で羨ましいです」
「簡単よ。良かったら教えてあげる」
「えっと、、、でも、、、」
正直全く興味の無い英二はどう断るべきか困った。
その時、英二の視界にあるものが入ってきた。
「あ、あの!これって何ですか?」
英二はそれを指差した。
***
誕生日だと言うのにアッシュの帰りは遅かった。午後から出かけたまま、アッシュからは何の連絡もない。そもそも今日は帰ってくるのかも分からない。
(早く帰って来ないと、13日になっちゃうよ。。。)
先ほどから英二は時計ばかりを見ていたが、立ち上がって窓からの夜景を眺めていた。
11時を過ぎた頃、ようやくアッシュが帰ってきた。
(きっと女の子たちに囲まれて大変だったんだろうな)
英二は色々と嫌味をいってやろうかと思ったが、結局はいつものように笑顔で彼を迎え入れた。
「ーーおかえり!」
「ただいま」
若干アッシュは疲れているように見えた。アルコールの匂いもした。
いつもなら、英二は『腹減っただろう?メシ食うか?』と聞くのだが、何となく断られるのが怖くて聞く事ができなかった。
無言のまま立っている彼に、アッシュは怪訝な顔をした。
「シャワー浴びてくる。。。」
「うん。。。」
シャツを脱ぎながら、英二に背を向けてアッシュは言った。
「それと、何か食うもんあるか? 腹が減った」
英二の顔がパァッと明るくなり、大きく頷いた。
「あぁ!」
***
シャワーを浴び、アッシュがリビングに戻ると
テーブルの上には小さな丸いケーキとグリルチキン、海老とアボカドのサラダに日本の寿司が並んでいた。
「すげー。美味そう」
「はは、ひょっとして外で食べてきたんじゃないかってヒヤヒヤしていたんだ」
「飲んではいたが、食っちゃいない」
「どうして? ダイエットでもしてるのか?」
「はは、痩せた方がいいか?」
タンクトップをめくり、引き締まった腹を自慢するように見せた。
「もっと早く帰ってくればよかったな。お前も腹減ってるんだろ?」
「う。。。確かに」
「これ、どうしたの?」
アッシュはケーキを指差した。
”Happy Birthday, Ash!!”
イチゴがたくさん盛られた美味しそうな丸いショートケーキ。
その中央にはチョコプレートが乗っている。
「日本で食べる誕生日ケーキだよ。甘さ控えめにしてあるから安心しろ」
お世辞にも綺麗とは言えないその文字は英二が頑張って書いたものだ。
黒のプレートに白のチョコペンで書かれた自分の名前のチョコプレートにアッシュはかじりついた。
「あ!まだロウソクに火もつけていないし、写真も撮っていないのに。。。!」
非難めいた目で自分を睨みつける英二の口に、残りのチョコプレートを突っ込んだ。
「!!」
「美味しそうだったからつい食べちまった。残りはやるよ」
「。。。。。んまい」
***
ソファに腰掛け、食後のコーヒーを飲みながら、二人は何気ないおしゃべりをしていた。
「今日は、色々な人にお祝いしてもらったの?」
「まぁな。付き合いがあるのさ」
「ふぅん、大変だね。ボスって」
「面倒なだけだ。俺は。。。」
ちらっと英二の顔を見るアッシュ。
英二はハッとプレゼントのことを思い出した。
「あのさ、君へのプレゼントなんだけど。。。」
申し訳なさそうな顔をする英二を見て、苦笑いをしながらアッシュは言う。
「いらないって言ってるだろ?もう貰ってるし。。。」
「この間からわけが分からないよ。。。でもまぁいいか、ほら」
英二はアッシュの手のひらに紐のようなものを2本置いた。
「ほんの気持ちだけど。よかったら受け取ってよ」
「これって、、、ミサンガ?」
青やグリーン、黄色など数色の色を組み合わせて編み混まれていた。
所々、編み目がゆるくなっているので、恐らく手作りだと思われる。
「うん、僕の手作りなんだ」
「おまえ、すげーな。こんなもの作れるのか」
「ミセス コールドマンに教えてもらったのさ。。。自分の分も作っちゃった」
そう言って、ポケットから色違いのミサンガを取り出した。
「これ、作るのにどれくらいかかったんだ?」
「え、どうだろう。。。必死だったから覚えてないや。なかなか納得できるものが作れなくてい何度かやり直したから。。。はは」
「サーンキュ!」
アッシュはミサンガにキスをした。安っぽい糸で編んだものなのに、宝物のように大切に見ているアッシュを見て、英二の心がじんわりと温かくなった。
「喜んでくれて、僕も嬉しいよ。アッシュ、誕生日おめでとう」
「ほら」
アッシュはミサンガを英二に渡した。
「?」
「付けてくれよ。。。俺も、お前の分を付けてやるから」
「そうだね! なんだかお揃いで恥ずかしいなぁ」
「。。。わざとお揃いにしたんじゃないのか?」
「はぁ?な、何言ってるんだよ!材料があまったからついでに作っただけだって。。。」
真っ赤になって否定する英二を見て、アッシュはクスクスと笑い出した。
「俺は構わないぜ。お前とお揃いで。。。」
「。。。。。うん」
「大事にするよ」
「あぁ。。。」
「俺は嬉しいよ。。。最高のプレゼントだ」
「そんなもので良ければいつでも作ってやるよ」
”いつでも”という言葉が心地よく響く。
「ありがとう、英二」
「僕も楽しかった。君が欲しいと言った”僕の魂”がどういうものかはまだ分からないし、これが合っているのかも自信がないけど。。。」
「俺はとっくに貰っているっていっただろう?」
アッシュは微笑んだ。こんなに優しく穏やかに微笑む彼を見るのは久しぶりだった。
自分のことを気にかけ、一喜一憂し、大切に想ってくれる存在がすぐ近くにいる。それだけで充分だった。いつ離ればなれになるか、最悪死ぬか分からない環境だからこそ、一日一日、この瞬間がアッシュにとっては大切なものだった。
「お前は、お前らしくいてくれればいい。」
「何もしないのは嫌だ、僕は、、、その、、強くはないけどさ、、君のことを支えたいっていうか守りたいっていうか、、、」
気持ちだけが空回りしていることを理解している英二は恥ずかしくてアッシュの顔を直視できなかった。
「とにかく、何でも自分で背負い込もうとせずに 僕の事を頼ってくれよって言いたかったのさ!」
「。。。。頼っていいのか?」
「もちろん!どんな危険なことでも。。。」
その時、英二は肩に重みを感じた。
すぐ近くにアッシュの頭がある。彼は英二の肩に寄りかかっていた。
「アッシュ?」
「満腹で眠い。。。このままでいさせてくれ。。。」
こんな風に素直に甘えてくるアッシュを見るのは久しぶりだ。彼の好きなようにさせておいた。
「仕方ないなぁ。。。ちょっとだけだぞ」
「あぁ、ベッドにまで運んでくれ。。。」
「は? 君を運ぶ? 」
(すっげー大変じゃないか。。。。)
体格差を考えると英二にとってはかなりの重労働だ。
「なぁ、アッシュ。。。」
ふとアッシュを見ると、彼は瞳を閉じて眠っていた。柔らかいブロンドの髪が首にあたってくすぐったい。英二も何だか眠気を感じて欠伸をした。
「おやすみ、アッシュ。僕も楽しかったよ。来年もまたお祝いさせてくれ。。。」
そっと英二はアッシュの頭を優しく撫でると、夢でもみているのだろうか、アッシュの口元は緩んでいた。
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お読み頂きありがとうございます!
長くなってしまいましたが、楽しんで頂けたら幸いです。
ちなみに、英二がプレゼントしたミサンガは、Angel eyes―吉田秋生イラストブックBANANA FISH
の最後の載っている、アッシュと英二が一緒に過ごしたある一日を描いた漫画で、二人が手につけいたミサンガらしきものを思い出して使わせて頂きました。
コメントはこちらのweb拍手ボタンにどうぞ(非表示です)四つのSSに拍手、コメントくださった皆様ありがとうございます。明日まとめてお返事予定です。