屋敷には客人をもてなす為に季節の花が飾られているが、その日はいつも以上に華やかに飾られていた。
「まぁ……とっても綺麗な薔薇の花束ですわね、ムッシュウ!」
屋敷中に飾られた美しい薔薇を見た婦人は思わず声をあげた。
「私はこの鮮やかな赤が好きでね」
ゴルツィネは花瓶の中の薔薇を一輪取り出した。
「美しい……」
それは薔薇に対してではなく、この美しく高貴な薔薇の象徴のような”彼”を思い出して思わず口から出たものだった。
「本当ですわね。これで棘さえなければ、と私は思いますの」
婦人の言葉を聞き、ゴルツィネはふっと笑った。薔薇が彼の容姿に例えるとするなら、棘は自分に懐こうとせず、背いてばかりの”彼”の内面なのかもしれない。
「棘があるからこそいいのですよ。危険であればあるほどその美しさが映えるのです」
「ふふ、ムッシュウ。まるで片思いをしているようですわ。恋に傷みはつきものですもの」
かつての恋を思い出したのか、婦人は懐かしそうにクスクスと笑った。
「ははは、そうですか……こちらの薔薇の棘は全て取っていますので安全ですよ。怪我をすることはありません」
そう言ってゴルツィネは薔薇の茎を指でなぞり、花瓶に戻した。
***
客人が帰った後、ゴルツィネは自分の書斎に”彼”を呼んだ。
愛想笑いなど一切しない彼は、いつものように無表情なまま立っていた。
「やぁアッシュ……今日はおまえの誕生日だな。屋敷中薔薇で飾っておいたよ」
「……ふぅん」
「気に入らないのかい?おまえの白い肌に赤い薔薇はよく似合うと思うのだが」
「俺には分からねぇよ」
「おまえはまさに”薔薇”だよ。その美しさも棘も……」
「気味の悪い事言うなよ、それに俺は女じゃない!」
嫌悪感まるだしで、アッシュはギリッとゴルツィネを睨みつけた。
「ははは、そうだな。それではお前に何かプレゼントしよう。何がよいのか言いなさい」
「……」
アッシュは答えなかった。本当に欲しいものは貰えないことを分かっているからだ。
『ロールスロイスはどうだ?おまえにぴったりだと思うのだが……」
ゴルツィネはアッシュに聞こうとしているのではなく、自分自身の考えを押しつけているだけだった。
(俺に聞いているんじゃない、お前の考えじゃないか)
この屋敷に出入りして以来、こういった事にすっかり慣れてしまった。だからといって、この環境から抜け出すこともえきず、アッシュは多くの事を諦めていた。
<続>
おはようございます。アッシュお誕生日のお話を連載しようと思います!