英二が気にかけているカフェを探そうとアッシュは颯爽とダウンタウンを歩いていた。
たまり場を通り過ぎた時、子分の一人が気づき、アッシュに声をかけてきた。
「あ、ボス!」
「…」
アッシュは立ち止まらず歩きつづけた。無視された子分はやや戸惑っていたが、聞こえていなかったのだと思い、ボスの背中を追いかけてアッシュの真横に来て声をかけた。
「みんな中にいますよ。今日は寄らないんですか?」
「野暮用がある。俺は急いでいるからもう行くぞ!」
「は、はぁ」
厳しい口調で答えたボスの迫力に子分は驚き、たちどまった。アッシュは彼を無視してすたすたと歩き出した。
(たしかこの辺だったよな?)
コングとボーンズがよく行くポップコーン屋の売店を見つけた。
(なんて名前だったっけ?チッ…聞いておけばよかった)
「あれの店は…」
(たしか壁の色は緑色だと言っていたな)
目の前に緑の壁の色をした喫茶店があった。壁はひび割れしていて、相当年月が経っていることが分かる。
日光で色褪せてしまった造花と古い人形、ぬいぐるみなどが窓際に並んでいる。
アッシュはガラス窓から店内を覗いてみた。
カウンターとテーブルが3つの小さな店だ。
マスターと常連客らしき年寄りが一人いるだけで、客は他にはいない。
とても繁盛しているようには見えない。
お世辞にもおしゃれとは言えず、古めかしく惹かれるものはなかった。
「なんか思っていたのとちがうけど……とりあえず入ってみるか」
アッシュはポケットから眼鏡をとりだし、かけてから店のドアを開けた。丸々と太った中年のマスターが声をかけた。
「やぁ元気かい?」
「どうも」
アッシュは店内を見渡した。外観同様、特になんの特徴もない喫茶店だ。
「どこでも座ってくれ」
「あぁ」アッシュはカウンターに腰掛けた。
「コーヒーをくれ」
(ん??)
アッシュは視線を感じた。
マスターが自分の顔をじろじろと見ている事に気づいた。
「なに?」
「いや、君のような...若くて綺麗な子が来るなんて珍しいと思って」
見られる事には慣れているので、アッシュは特に気にもとめずに聞いた。
「そう?ところで……ここに日本人はよく来るのかい?」
マスターは首を振った。
「日本人? いや……この当たりに東洋人はうろつかないからなぁ。見かけないな」
アッシュはフッと笑った。
「そうだな。このあたりをうろつくのは頭の悪い不良ばかりだからな」
「ははは、そうだね。最近は物騒になったよ。不良のたまり場ばっかり増えている。。。君みたいなお坊ちゃんが来るところじゃないよ」
その不良のトップが目の前にいることに気づかず、マスターは皿を拭きながらおかしそうに笑っている。
「どうも。マスター、この店ではウエイトレスはいないのかい? たとえば可愛い黒髪の女の子とか」
「女の子はいないな、男のウェイターならいるが...」
「おとこ?誰だいそれは?」
眉間に思い切りしわをよせてアッシュは尋ねた。
「中でいまおまえさんのコーヒーを作っているよ」
「父さん、おまたせ」
大学生くらいの男性がコーヒーを持って厨房から現れた。
赤茶色の髪に茶色の瞳、背はアッシュよりも高く、筋肉質な青年だ。
「こいつはうちの息子のマークだ。時々手伝ってもらっている」
そう言って、マスターはマークからコーヒーを受け取り、アッシュに差し出した。
「……」
「どうかしたの?父さん」
アッシュのただならぬ形相を見て、マークは不思議そうに父親を見た。
アッシュはマークに尋ねた。
「なぁ、あんたの友達に日本人はいるか?」
「日本人?いや、韓国人の友達ならいるけど日本人はいないよ」
「じゃ、韓国人の友達はこの店によく来るのか?」
「いいや、見ての通りこの店は古いし、あまりおしゃれじゃないからね。客も昔からの常連客ばかりだ」
「ははは、この店はマークが産まれる前から営業している。もう20年以上だ」
「父さんは本当、古いものが好きだよな。それにモノを捨てる事もできないし。俺が赤ん坊の時に使っていたおもちゃもまだ取ってあるぐらいだ」
マークはそういって笑った。仲の良さそうな親子だ。
「そうか…きっと俺の勘違いだな。すまなかった、変な事を聞いて」
「あんた、一体どうしたんだい?日本人がどうかしたのか?」
「俺の知人だが……彼はこの店の前で必ず立ち止まってじっと何かを見ているらしいんだ。俺は誰かを探しているのかと思ったから気になって……それで確かめにきたんだ」
「知り合いなら手っ取り早く、本人に聞けばいいんじゃないのかい?」
マスターの質問にアッシュはしばらく黙り込んだあと、ぼそっとつぶやいた。
「...色々と事情があるんだ」
最もなマスターの質問にうまく答えられなかった。自分でも答えになっていないことは理解していた。
単純に答えられるものではない。いつもなら何でも素早く計算したり分析できるアッシュだが、これは非常に難解な質問だった。
(続)