テーブルの上は空になった缶ビールが数本とスナック菓子の袋が散らかっていた。
新しいビールを取ってくる度に英二はアッシュが飲んだ缶ビールの本数を数えていたが、おしゃべりをしている間に何本だったか分からなくなって、途中から数えるのをやめた。
ふたりは本当に他愛無い話をしていた。
例えば 買い物途中の英二がご近所さんにつかまって井戸端会議に参加させられた話や 英二が図書館から借りてきた本をみて新しい料理に挑戦したが失敗した話など・・・・。
家にいることが多いせいか、ほとんど一方的に英二が話していた。少し悪いと思ったけれども、アッシュは興味深そうに聞き、時には突っ込みを入れていた。
今日の英二はおしゃべりだった。心地よく酔っているようで、二人が離れていた時間を埋めるように嬉しそうに話す英二の顔を見ていると、アッシュは「平和」や「静かな時間」を考えずにはいられなかった。
しばらくすると英二は鼻をひくつかせて大きなくしゃみをした。そして、半袖のTシャツの上からパーカーを羽織った。
「なんかちょっと寒いなぁ。僕、ビールを飲み過ぎて冷えたのかも。アッシュは寒くないか?」
ティッシュを取って鼻をかみながら英二が聞いてきた。
「俺はオニイチャンと違って若いから大丈夫。年寄りと一緒にするなよ」
「……あっそ!」
(うー、可愛くない!)
ふん、と少し拗ねた表情を浮かべる英二をみて、アッシュはニヤッと笑う。
「へへっ、図星だな」
「くそー」
(またバカにされた!)
悔しそうにしかめっ面をする英二に対してアッシュはゲラゲラと笑い始めた。
「ははは!その顔・・・!なんてひどい面してるんだよ!鏡を見てこいよ!」
「なんだよ、ひどいことを言うなぁ・・・」
大笑いするアッシュを不思議そうに見た英二は気が付いた。アッシュの顔がかなり赤くなってきていて、それで彼のテンションが高くなっていることに。
彼から視線をはずし、テーブルの上の空き缶を集めながら英二は落ち着いた声で言う。
「アッシュ、それでもう飲むのは終わりにしようぜ」
「どうして?もう眠いのか?」
「いや、そうじゃないけど・・・」
「じゃぁ、いいじゃないか。どうしてそんなことを言うんだ?」
今度はアッシュが拗ねる番だ。どうしようか迷ったが、英二は言った。
「えっと・・・君、顔が赤いよ」
英二の言葉に、アッシュは信じられないといった様子で自分の頬を指で触った。だが彼の指先も赤くなっていて、自分でも酔っていることに気が付いていないようだった。
「嘘つけ・・・・お前の方が酔っているんじゃねぇの?」
「そりゃー僕も少し酔っているけど、絶対に君の方が赤いよ。ペース早かったからな」
「いいや、そんなはずはない。お前・・・俺に『いちゃもん』つけているんだろう?」
そう言いながらアッシュは軽く英二を睨みつけた。
「はぁぁ? 何をワケわからないことを…」
呆れながら英二はどう彼を寝室へ連れて行こうか考えていた。はぐらかしたと勘違いしたアッシュは口先をつぼめながら自分の指を英二の顔へのばした。
「・・・うるせぇぞ」
アッシュは再び英二の片頬をギュッとつねった。酔っているので力加減ができず、英二の頬はビリビリっとした痛みが響いた。
「痛いって!何すんだよ・・・!くそー、思い切りつねったな! どれだけ痛いか、君にも分からせてやる!」
英二はアッシュの手をはじき、ムキになって自分はアッシュの両頬をギュッと思い切りひっぱった。 彼の赤くなった頬から熱が指先へ伝わった。
アッシュは初め気が付いていなかったが、次第に痛そうに顔をゆがめだした。
英二はアッシュの頬をひっぱったまま、満足げにアッシュの顔を覗き込んで笑った。
「うーん。ハンサムな君も、こうすると僕と変わらない・・・いや、僕の方がイケてるな!」
「ひゃひぃひゅんだ、ろまへ!(何するんだお前!)」
アッシュは何を言っているのか英二は聞き取れなかった。だが彼は負けまいと英二の両頬を指でつかんでひっぱった。
「ぐにににー」
「いででで!」
「「・・・・・」」
真夜中にお互いの頬をひっぱりあう姿がおかしくて思わず二人は無言のまま見つめあい、そして手を離して笑い始めた。
「あははは!」
「おまえ・・・へんな顔!」
「君こそ!」
二人は笑いながら床にゴロンと転がった。しばらく大声で腹を抱えて笑っていた。
アッシュは自分が酔っていることにようやく気が付いた。
(まさか俺が、こんなことをするなんて・・・)
他人と一緒に飲んでこれほど無邪気で無防備になったのは初めてだ。
不良のボスの彼は同年代の少年と比べて酒を飲む機会は多かったが、本当に美味しいと思って飲んでいたとは思えない。だが英二と飲む酒は他の誰かと飲む時と全然違った。
「へへっ、おっかしーの!」
どこか満足げに微笑みながら天井を見つめるアッシュに、英二はうつぶせになり、静かに聞いた。
「やっぱり君、酔っているだろう?」
アッシュは瞳を閉じて、静かに答えた。
「あぁ、そうさ。酔っているよ・・・すっげー気持ちいい」
英二の前なら素直に言えた。
「やっと認めた・・・あはは」
「なんだよ、その笑顔は。俺に酔わせたと言わせて嬉しいのか?」
片目だけパチッと開けて、アッシュは英二を見た。
「君が酔っているのなら僕は嬉しいよ」
「はぁ?俺が酔って嬉しい?・・・・変なヤツ。 俺だって、飲み続ければ・・・いずれ酔うさ。でもどうして? どうして俺が酔ったらお前は嬉しいんだよ? 俺を笑いたいのか?」
英二が何を考えているのか分からず、アッシュはたずねた。
「それは……」
言いづらそうな英二の表情をが気がかりだった。少し苛立ってアッシュはもういちど聞いた。
「言えよ」
英二はアッシュから視線をそらした。
「ボスの君は色々とみんなに頼られて大変だと思う――」
「まぁな、でもそんなのはとっに慣れたよ」
(それがどう関係あるんだよ?)
「せめてさ・・・」
英二は困ったような笑みを口元に浮かべた。
「―?」
「僕といる時ぐらい、自由に酔ってもいいんだぜ?」
「・・・・・・・」
(英二…!)
アッシュは何も答えられなかった。
無理をしている訳ではないが、ボスとしての立場、命を狙われている身を忘れることは普段できない。酔って隙を見せることなんてできなかった。
「おまえ・・・」
「僕が言いたいのはそれだけさ」
「・・・・・・」
英二はいつも心を許す場所を用意してくれている。 そこには戦いも欲望も孤独もなくて、あるのは温もりだった。
英二はニコリと笑った。その顔がグリフィンの顔と重なって見えた。人種の異なる二人は顔が似ているわけではないが、優しさや愛情は非常に似ているように感じられた。
自分が追い求めていたものが、すぐそばにあることが信じられなかった。アッシュはゴロリと英二の方へ転がって、彼の背中に自分の頭をのせてもたれかかった。
「うわっ・・・重いって・・・!何するんだよアッシュ!」
(また酔っているのか?)
突然背中に重みを感じた英二は後ろを向けて振り返った。
「なんだ? どうしたの、アッシュ?」
アッシュは答える代わりに大きな欠伸をした。英二の体温が心地よくて、急に眠気を感じたアッシュは瞳を閉じた。
「眠いのならベッドで寝ようぜ」
「いや、ここがいい。最高のベッドだ」
「はぁ?なんだよそれ・・・」
呆れる英二に対し、アッシュは目を閉じて口元微笑んだままの状態でつぶやいた。
「お前といると、つい安心して・・・・酔ってしまった」
「……アッシュ」
「俺はこのまま寝る・・・おやすみ・・・」
そう言うなり寝息を立てて、英二の背中の上でアッシュは眠り始めた。
「僕は枕じゃないんだぞ――ったく! あー、アッシュを運ぶのは大変だなぁ」
困ったように英二は自分の頭を掻いた。れから寝室のベッドまで彼を引っ張っていく重労働を考えると少し頭が痛いが、英二は自分の口元が緩んでいることに気が付いていなかった。
「ふふふーん、どうやって連れて行こうかな~♪」
口笛を吹きながら、自分の背中を枕にしている酔っ払いをどう運ぶか英二は考えはじめた。
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お読み頂きありがとうございます!
ちょっと飛び飛びの連載になってしまいましたが、「酔っ払い」アッシュを楽しんでいただけましたでしょうか?(←笑)
愛をこめて創作したつもりです(^^)
個人的には二人が遠慮なく思い切り頬をひっぱりあうところに萌えるのですが・・・それと「最高のベッド」発言(笑)
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