サンクスギビングが終わり、人々はアメリカ最大のお祝いであるクリスマスの準備に忙しい。街はイルミネーションで光り輝いている。
アッシュは外出先からアパートに戻ってきた。そして英二にあるものを手渡した。
「英二、これやるよ」
「なにこれ? ポスター? どうしたの?」
受け取ったものはクリスマスのイラストが描かれたもので、薄い箱のようなものだった。
「カレンダーだよ。クリスマスまで飾っておけば?」
「これがカレンダー…?」
よく見ると、数字が書かれている。しかし12月のカレンダーだが1から24日までの数字しか書かれていない。そして特徴的なのは一日ごとに小さな窓がついていた。
「カレンダーにしては大きよな」
アメリカで売っているものはなんでもビッグサイズなので、カレンダーですらこうも大きいのかと英二は思った。
アッシュはニヤッと笑って静かに答えた。
「これはアドベントカレンダーさ」
「アドベント……? どういう意味?」
「キリストの降臨……キリストの誕生を待ち望んでカウントする期間だ」
「へぇ、そんなものがあるんだ。でもこのカレンダー、ちょっと重いよ?」
英二は窓の部分を指差した。飛び出す絵本のようなものだろうかと思いながら。
「その小窓の中にはチョコレートが入っているのさ」
「へぇ、子供が喜びそうなカレンダーだな、でもどうしたの?これ?」
「お前にぴったりだと思って」
「えっ? 僕のために買ったの? でも子供用じゃないか」
「ははは……もらったのさ」
「誰に?」
「あー、ご近所さんかな」
「へぇ……」
ご近所づきあいなんてするのかと疑問に感じながらも英二はアドベントカレンダーをリビングに飾った。1日の小窓を開くと中には小さなチョコレートが入っていた。
「わぁ…なんだか嬉しいな。毎日窓を開けるのが楽しみだ」
「おまえ、ガキみたいだな」
「なんだよ、素直だって言えよな……ほら」
「え?俺に?」
「君がもらってきたんだから今日は君にあげる。明日は僕だ。交代で食べよう。約束だぞ」
「……変なの……やっぱりおまえ、変わっているなぁ」
「ははは、もう変わり者扱いされるのは慣れたよ。何とでも言いなさい」
「……(やっぱり変わっている)」
開き直る英二を見て、アッシュはため息をつきながらも笑っていた。
***
数日後、コングとボーンズがクリスマスパーティーの下準備を手伝ってくれた。天井にまで届きそうなほど背の高いツリー用の木を買ってアパートにまで持ち込んできた。
「でっかいもんを持ってきやがったな」
アッシュは呆れていたものの、それほど嫌がる様子もなく、飾り付けをする様子を眺めていた。
「うーん、これじゃ背が届かないよ」
英二が手を伸ばしながらツリーの先端をめざしてオーナメントを飾ろうとする姿を見て、アッシュは英二の手からリンゴのオーナメントを奪った。
「あれ? アッシュ?」
「貸してみな…これでいいか?」
アッシュは手を伸ばしてツリーの上部にオーナメントを飾った。
「うん、ありがとう……」
飾り付けをするだけで半日がかかってしまった。背が届かないので梯子を用意してベルやリンゴのオーナメントを飾った。
「よーし、完成だ!」
「おぉーすげぇ!」
「いい感じだな」
大きなツリーのおかげでクリスマスの雰囲気がよく出ている。英二もリンクスたちも満足げにツリーを眺めていた。
***
翌朝――
「――な、ないっ!」
アッシュが脱衣所で顔を洗っていると、英二の慌てた声がリビングから聞こえてきた。
「なんだ?」
何事かと思いながらアッシュはリビングに入った。すると英二がカレンダーを指差した。
「ないんだよ、アドベントカレンダーのチョコが!」
「は? どういうことだ?」
「昨日は君にチョコを渡したから今日は僕の番だと思って窓を開けると何も入っていないんだ。おかしいと思って他の日の窓を開けたけど何もない…どういうことだ?」
「昨日まであった……まさか」
「――あ、昨日はツリーの飾り付けをした日だ……」
「たぶんコングあたりが怪しいな。ツリーの装飾で疲れたところに目の前にアドベントカレンダーがあった。それで美味しそうなチョコのみいただいた…ってところかな」
「ははは……たぶんそうだと思う。でも昨日はたくさん手伝ってもらったから文句は言えないよ」
「残念だったな。あと二週間はあるのに」
「チョコぐらいいつでも買ってやるよ」
「あぁ、君とのささやかな約束だったのにな」
ややうつむき加減に英二はポツリとつぶやいた。その残念そうな顔をアッシュはじっと見ていた。何か言おうと思ったが、よい言葉が浮かばなかった。 『約束』という言葉がなんだかとても大事なもののようにアッシュは感じた。
「……」
「あ、ごめん。くだらない事で大騒ぎして…。子どもみたいだね、ははは……コーヒーを入れるよ」
笑いながら英二はキッチンへと入っていった。
夕方――
アッシュは紙袋を抱えてアパートに戻ってきた。
「ほらよ」
ポイッと放り投げてきた紙袋を英二はキャッチした。
「なにこれ? チョコレート?」
袋の中にはクリスマス用のシールとチョコレートがたくさん入っていた。
「――?」
ひとつ取り出して不思議そうに見つめていると、アッシュは英二と目を合わせずジャケットを脱ぎながら答えた。
「あのカレンダーに詰めておけよ」
照れくさくて目を合わせられないことに気が付いた英二はハッとした。
「あ……、そういうことか!」
「これで『約束』の続きができるだろう」
「うん! ありがとう――」
アッシュの優しさと、『約束』を覚えていてくれていたことが嬉しくて英二はにっこりと笑った。
「さっそく詰めてくる。でも随分たくさんあるね」
それにしても大量のチョコレートの数だ。英二はなぜアッシュがこれほどの量のチョコを買ったのか気になった。じーっとチョコレートを見ている彼の様子に気付いたのか、アッシュはニヤッと笑った。
「残りはコングにでもやれよ。さすがにこれだけあれば、あいつもアドベントカレンダーに手をださないだろう」
「……」
コングが再びカレンダーに手をだすことにないようアッシュはたくさんのチョコを買ってきたのだ。その気遣いに英二は感心してしまった。
「了解!さすがボスだな!へへっ」
「何を笑っているんだよ」
「べつに……ねぇ、僕も少しこのチョコを食べてもいい?」
「いいけど……食べ過ぎたら虫歯になるぞ? 」
「気を付けるよ。クリスマスまであと一週間か……」
英二はなぜかクリスマスが来るのが惜しい気がした。もう少しアッシュとの『約束』が続いてほしいと思ったからだ。
チョコレートを詰めながら英二がアドベントカレンダーを見ていると、ソファーに腰かけたアッシュが声をかけてきた。
「おーい、英二。おまえ、たしかシークレット・サンタ用のくじを作るって言っていたよな?」
「あ、そうだった。今そっちに行くよ!」
英二は二人で食べる分のチョコレートをいくつか取って彼の元へと行った。
<終>
こんにちは♪ オムニバス小説第一弾です。
お読み頂きありがとうございます。
今回のタイトルのアドベントカレンダーですが、チョコレートなどお菓子の入った箱のようなカレンダーですね。イメージに合う画像がないのでわかりにくいかもしれませんが…。
私は知りませんでしたが、偶然見た英語のテキストに「アドベントカレンダー」という単語が出てきたのでこれって何?と思ったのです。小さな子供がチョコを食べちゃった…というお話だったのですが、そこから浮かんだのがコング(笑) 同レベルかい(笑)
輸入雑貨屋さんなんかでアドベントカレンダーをいくつか見ましたよ。
リンクスたちと一緒にほのぼのしてもらえたら嬉しいです。