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「英ちゃん、随分上手になったね。この写真なんか被写体が生き生きしていて…すごくよく撮れているよ」
数枚の写真を手に取ったまま伊部が笑った。
「そうですか? ありがとうございます」
英二は照れくさそうにはにかんだ。
「このカップルの写真、すごく幸せそうだね」
「そうですね、僕も気に入っています」
英二と同い年ぐらいの若いカップルが映った写真を伊部はじっと見ていた。
(英ちゃんも年頃なんだし、女の子とデートしたいと思わないのかな。いやでもこの子はピュアだしな……)
「なぁ、英ちゃん」
「はい、なんですか?伊部さん」
「英ちゃんはこんな風にデートしたいと思わないの?」
「デート? まぁ…その…はぁ…」
英二は困ったように目を泳がせている。伊部は純な英二の反応に微笑んだ。
(今はまだ早いか)
「いや、君はすることがあるもんな。アッシュのことがあるし…今は女の子のことを考えている暇はないか」
「えーっと、その、あの…」
何と答えてよいのか分からなかった。否定することも肯定することも違う気がした。
「いいんだよ、英ちゃん」
「伊部さん……」
「さ、アッシュたちを待たせているね。リビングへ行こうか」
伊部は英二の肩を抱いて書斎を出た。
***
マックスは伊部と共に自分のアパートへ戻ってきた。彼は水割りを作りながらアッシュと英二のことを考えていたが、思い切って気になることを伊部に聞くことにした。
「シュンイチ、アッシュと英二たちはガールフレンドがいなくて平気なのかな?」
「さぁ、どうだろう……今のあの子たちにそんな余裕があるようにはみえないけど」
タバコをふかしながら伊部は答えた。彼は英二が撮影した写真を眺めていた。
「あいつらの年齢だと女にしか興味がないはずだ」
マックスは写真の中からカップルが映っている写真を手に取ってまじまじと見た。
「おいおい、決めつけるなよ。あの子たちは今それどころじゃないだろう」
「いいかシュンイチ。たまには気分転換が必要なのさ……あいつら絶対にストレスがたまっているはずだぜ?」
「ストレス?」
「あぁ、そりゃぁ女だろう? 」
「おいおい、アッシュはともかく…英ちゃんに妙なことをしないでくれよな。あの子は純情なんだから」
英二のことを心配する伊部の様子にマックスは笑った。
「へへっ、シュンイチは英二に甘いよな。時々お前が英二の父親に見えるぜ」
「やめてくれよ。俺はまだ27歳なんだぜ?しかも独身だ。それを言うならマックスだってアッシュの面倒をやたら見ているじゃないか」
「そうか? あいつには散々好き勝手に言われているがな…反抗期の息子ってあんな感じなのかな?」
息子のマイケルもアッシュと同じくらいになるとああなるのだろうかと思い、眉間に皺を寄せた。
「ははは。どうだろう、とにかく……あの子たちはそうっと今日見た感じだと落ち着いていたけどなぁ」
「どうしてそんなこと言いいれるんだよ?」
「そりゃ、俺は英ちゃんの『保護者』だからね―ははは」
そういって伊部は数枚の写真をマックスに渡した。それはリビングでアッシュと英二が一緒に映っている写真だった。セルフタイマーを使い、連射で撮影してあった。
二人とも小さな子供がはしゃぐように大笑いしているもの、お互いに肩を抱いているもの、ふざけてお互いの髪と頬をつねりあっているもの…
マックスが初めて見る感情豊かなアッシュだ。そこには冷笑もなく、いつも何か怒りや寂しさ、悲しみを噛みしめているような彼はいなかった。
「これが…あいつ?別人みたいだな」
驚いて写真のアッシュをまじまじと見つめた。
「あぁ、そうだな。きっとこれが本当のアッシュなんだよ。それに英ちゃんも…日本でスランプに苦しんでいた時とはくらべものにならないほど明るくなったよ、本当に……。アッシュと会って、英ちゃんも変わった」
「シュンイチ、俺…分かったよ。あいつらにとって何が幸せなのか……俺が決めることじゃないんだな」
「まぁまぁ、君はよくやっているよ。アッシュも分かっているはずだ」
「『父さん』はつらいな。シュンイチ、今夜は飲むぞ」
「あぁ、その前にマイケルに電話してやれ。もうプレゼントは届いただろう?」
「――そうだな」
マックスは受話器を取った。
「パパ? プレゼント届いたよ! ありがとう――」
可愛い息子の顔を思い出して、マックスは微笑んだ。
<終>
あっという間に終わってしまいましたが、お楽しみいただけましたでしょうか? 幸せの定義なんて人によって全然違いますよね。周りがどうこういう事ではないのです…。この話ではおせっかいな父親(←笑)マックスでしたが、原作のマックスは絶対に理解していると思います^^